君の眠る館で

にのまえ(旧:八木沼アイ)

君が眠る館で

「現在、この町に滞在していると予想される連続殺人鬼は、今のところ行方は不明。犯人は今のところ五人を殺害。警察は総動員で捜査に当たっています」


 ラジオは、町に連続殺人鬼がいるという、この町の人間ならば誰もが知っている情報を吐き出した。この町は、警察への不信感が高まると、市民の目には警察が敵に見えているかのように、匿名の場で掲示板が盛んになる。それを見て時々思う。俺のやっていることは正しいのか。正義を信じ切れずに悪のレールに路線変更する人間もいる。この先に希望はあるのか。俺は疲れていた。この仕事を終えたら、退職金でゆっくりと過ごそうかな、そんな楽観的に未来を考える。



 外はしきりに細かい音の羅列を耳に届けた。黒い車が館に着く。


 車を降りるとき「ありがとう」と独りごちた。男は自分の数倍大きい扉の前に怖気ずく。一呼吸置き、意を決したように館に入った。歩みを進めようとしたとき、玄関で怪訝そうな表情を浮かべる。そこにはあるはずの死体がなかった。なぜだ。目線を部屋の奥へと進める。地面に引きずられた跡のような血。男はゆっくりとその血をたどった。館にはコツコツと、一人の男が歩く音が内から、降りわたる雨の音が外から、どちらともせめぎ合っていた。


 ブー、ブー、ブー。


 電話が鳴る。どうやら後輩からのようだ。

「先輩、進捗状況はどうですか」

「あぁ、順調だ...」

「...やっぱ、先輩ってクールっすね」

「お前はどうなんだよ」

「うーん、聞き込み調査しているんですけど、最後のそれらしき目撃情報はどうやら犯人は女と歩いた、だけですね。」

「ほう、その女、どんな女だ?」

「えーっと、質素で小綺麗な女、だそうです」

「...小綺麗か」

「え、はい。小綺麗です」

「そうか、引き続き頼むぞ」

「了解でーす」

 電話を切る。無性にニヤニヤしてしまった。

 歩みを進めている男は、道中の鏡を見る。

「この鏡は...」

 あのシーンがよみがえる。



 彼女が言った。

「あなたに、会わせたい人がいる。ちょっと怖いけど、とてもいい人なの。きっと気に入るわ」

 そんなことを告げられたのがこの鏡の前だった。つい先日の出来事だと言われてもおかしくないほど鮮明に、記憶が目の前に浮かぶ。心臓が脈打つ感覚がめまいを引き起したのを覚えている。あの感覚は慣れるものじゃない。



 男は鏡を数秒間見つめた後、血痕を再び追う。広いリビングに着いた。男は、辺りを見渡すと、タバコを吸いながら、いつも二人が座っている椅子を悲しそうに眺める。一つの椅子に腰を下ろす。対にある椅子、今では、もう安堵すら感じられない寂れた椅子だった。再度回想が流れる。


 館から出ていく時、男は彼女が背中を見せた瞬間に殺した。彼女は、状況を飲み込む間もなく、地面に倒れ込み、この目で一部始終を見届けていた。一面に、暗い血だまりが侵食していった。


「そろそろ行くか」

 重い腰を上げて向かう。


 地下室の階段を降りる。部屋には無骨な足音が響き渡る。赤い導火線のようにも見えてきた道しるべの最後には、目的のものがあった。そこは彼女の終着点ともいえる場所で、死体が眠りこけている。


 彼女の死体を見つめる男。ため息のように出した一声。

「なんでまだ見つかってないんだよ」


 俺は、それを聞くと、男を背中から刺した。


「お、お前は、だ、誰だ...」

「お前が殺した彼女の兄だ」

「あ、兄がいたのか...どうして、お、俺がここに、来ると、わかった...」


「最近、連続殺人鬼の件で、この町はそれ以外のニュースを大々的に取り上げていない。だから、自分の殺した女についてのニュースが出てこない。まだ見つかっていない可能性があると踏んだお前は確かめるため、再びこの館へと来た」


「...」

 粗悪な推理だが、どうやら図星だったようだ。


「玄関で殺したあるはずの死体がどこかに行ってしまった。焦ったお前は、探し始める。お前をおびき寄せるために、道中の監視カメラに沿って妹を引きずったんだよ。この地下室の隣に、監視室がある。そこでじっくりと待って、見てた。潜入捜査は得意なんだ、体力には自信があってね」


「ち、くしょう...」


 男は、膝から崩れ落ちると目を見開いたまま息を引き取った。俺は人を人であったものにするこの行為を、気に入っていたのかもしれない。不思議と高揚感に包まれ、口元を緩ませてしまう。ふと妹の死体を見つめる。


 「妹はな、お前が断頭台に登るレッドカーペットを用意してくれたんだ。会わせてくれてありがとう。君は死体でも美しいな」

 妹の頬を撫でた。とても冷たい。この造形を永遠に留めることができれば、と叶わぬ夢物語を願う。

 まさか、こんな形で会うなんて思いもしなかった。しかし、妹に近づく男は何が何でも許さない。ナイフを拭きながら、地下室の階段を登る。妹の血は日光に照らされ、美しい茜色の水玉へと昇華していた。眩しい黄色の漏れ日がはみ出したドアを開ける。外へ関心を向けてみると、もう空は晴れていた。外の車はガレージで解体するとして、地下の死体は五人と同じ庭に埋めるか。妹は俺のベッドに寝かせてあげよう。

 ふと、足元に無駄な雑草が目に入ったので、手に持っていたナイフで刈り取る。とてもいい気分だった。目をつぶって天を仰ぐ。想起した。妹の美しい横顔を。俺だけが見てられる。この、君が眠る館で。



「先輩~、まだあいつのしっぽ掴めないんですか?」

「そうみたいだな、引き続き捜査は進めるぞ」

「はーい、こういう連続殺人鬼って、もしかすると身近にいるかもしれなかったりするんですよね、ドラマとかでよく見ますよねそういうパターン」

「そうだな...じゃあお前が犯人か?」

「先輩かもですよ」


「なぁ...俺が犯人だったらどうする」


「え...」

「...おい冗談だよ、言ってみただけだ」

「で、ですよね、先輩のその目、冗談じゃ済まないほど怖いんでやめてください...」

「あはは、悪い悪い」


 今もなお、連続殺人鬼は捕まっていない。あの快楽に味を占めたのか、俺の手に握られたナイフは、若々しく、錆びるのを待っている。 

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