また、明日
清泪(せいな)
旧校舎にある噂のストーブ
これは、俺が中学を卒業する前の話だ。
この学校には、ひとつ妙な噂があった。
旧校舎のストーブの怪談。
十年以上前の冬、昼休みに旧校舎で友達とストーブを囲んで話していた生徒が、昼休みのチャイムとともに消えた――そんな話だ。
記録にも残っていないし、先生たちは決まって「そんなことはない」と否定する。
けれど、卒業生の間では有名な話だったらしい。
そいつの名前は、川本直樹。
行方不明になった日のことを知る者はいない。
けれど、今でも旧校舎のあの教室に行くと、彼の声が聞こえることがあるそうだ。
「また、明日」
まるで、消えたことにすら気づいていないように。
さて、こんな話を聞いたら、どうする?
普通なら「怖っ!」で終わるよな。
でも、俺の友達には普通じゃないやつがいた。
「なあ、確かめに行こうぜ」
そう言ったのは、高橋。
何でも卒業前に武勇伝を作りたいらしい。
言っとくけど、あいつは肝が据わってるわけじゃない。
ただ単に、目立つことが好きなだけだ。
対して、もう一人の小林は……これがまた、ややこしい。
こいつはオカルトマニアだ。
怖い話を語るのが好きなくせに、実際に怖い体験をするのは死ぬほど苦手という、矛盾した性質を持っている。
見てみたいけど、怖いから行きたくないという面倒なタイプ。
そして俺は?
俺はただの巻き込まれた人間だ。
だが、「本当に行方不明になった生徒がいるなら、それは大事件だ」と思った。
記録にも残っていないなら、なおさら妙だ。
そんな興味が、足を旧校舎へ向かわせた。
旧校舎の廊下は、しんと静まり返っていた。
今の校舎とは違う、古びた木の匂い。
壁の塗装は剥がれ、廊下の窓にはうっすらと埃が積もっている。
昼間なのに、やけに寒い。
まるで、そこだけ時間が止まっているみたいだった。
目的の教室に着くと、そこには確かにストーブがあった。
赤く錆びた鉄製のストーブ。
もう何年も使われていないはずなのに、近づくとほんのり温かい気がした。
「なあ、これ……おかしくね?」
高橋が呟く。
俺もそう思った。
触るとわずかに熱があるのに、薪も石炭も入っていない。
ただ、そこにあるだけなのに……まだ、誰かが使っているみたいだった。
そして、気づいた。
机の上に、手書きの紙が置かれていることに。
黄ばんだ紙。
かすれたインク。
そこに書かれていたのは――
「また、明日」
「……やめようぜ」
小林が震えた声を出す。
さすがの高橋も、さっきまでのノリはどこかへ消えていた。
カーン、カーン
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。
その瞬間。
「……また、明日」
背後から、小さな声がした。
俺たちは飛び上がるようにして教室を飛び出した。
振り返らない。
とにかく、全力で走った。
あのストーブの部屋には、二度と近づかなかった。
だが、俺はどうしても気になって、放課後に三浦先生に話を聞きに行った。
三浦先生は、この学校に長く勤めているベテラン教師だ。
五十代後半くらいで、教師歴は三十年を超えているらしい。
旧校舎が現役だった頃を知っている数少ない先生のひとりでもある。
「先生、この学校って……昔、誰か行方不明になったことってありますか?」
先生は、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
「どうしてそんなことを?」
「昼休みに旧校舎で消えた生徒がいるって聞いて……」
しばらく沈黙が続いた後、先生はぼそりと呟いた。
「……そんな昔のこと、まだ噂されてるのか」
「じゃあ、本当にいたんですか?」
「川本直樹。十数年前の生徒だよ」
俺の心臓が、どくんと鳴った。
「卒業間近の冬の日、昼休みに旧校舎のストーブを囲んで友達と話していた。でも、昼休みが終わるチャイムが鳴って……彼だけ、戻らなかった」
ぞくり、と背中に寒気が走る。
「結局、どうなったんですか?」
「……見つからなかったよ」
先生は書類をめくる手を止め、ゆっくりと続けた。
「ただ、ひとつだけ奇妙なことがあったんだ」
「奇妙なこと?」
先生は、遠い目をして窓の外を見た。
「彼が座っていた机の上にね、紙が置かれていたんだ。そこには、こう書かれていた」
「また、明日。再開しよう」
俺は、昼間に見たあの紙を思い出し、凍りついた。
……なあ、これ、考えてみてくれ。
もし、川本直樹が消えたのなら。
そもそも、誰がこの紙を置いたんだ?
冬のチャイムが鳴るたびに、あの声が聞こえる気がする。
「……また、明日」
また、明日 清泪(せいな) @seina35
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