第39話 エピローグ
哲学だとか、心理学の観点で語るつもりはない。
もっと単純な話として、受け止めてほしい。
『人と人は真に理解しあえない。わかりあえない。故に人を真に救うことなんてできない』
実際に、僕はその通りだと思う。
喜怒哀楽を表す言葉は無数に溢れているけれど、感じた気持ちを誤差なく正確に伝えた上で、その感情を同じ形で共有してもらうのは極めて困難なことである。
そう、極めて困難だと、分かってはいるんだ。
それでも、僕は挑みたい。
心が通うその瞬間まで、日々を積み重ねたい。
11月の第一土曜日。
この日は水野ゆず16歳の誕生日である。
水野は、てっきり夏生まれかと思っていた。
アーティストの影響なのか、ゆずという名前に夏のイメージを強く抱いていたのかもしれない。
どうやら柚には7〜8月と10〜12月の2回旬があることを知った。
午前中、僕は梓桜と一緒に誕生日パーティーの準備をしていた。
今頃、水野は駿矢と一緒に水族館に行ってイルカショーでも観ている頃だろう。
まずは二人きりの時間を過ごし、夕方あたりから4人で楽しもう、という企画内容を発案したのは、まさかの駿矢だった。
「この形が、一番ゆずを喜ばせられると思った」
駿矢のめざましい変化にびっくり仰天。
言葉が出ない僕の隣りで、梓桜が沸々とみなぎっていた。
「じゃあ、私たちで最高の誕生日パーティーを準備しよう!」
駿矢はそこまでしなくていいと言ったけど、水野を驚かせるためにパーティー設営を二人で行うことが決定した。
駅からすぐ近くのパーティールームを貸し切り、二人で飾り付けやケーキ作りに奔走する。
ボウルに入れた生クリームを泡立てながら、梓桜に聞いた。
「そういや、最近は息抜きの誘いがないな」
「あれ、もしかして恋しくなっちゃった?」
「そうかも」
「素直に言われると、それはそれで困るなぁ」
梓桜は包丁を握り、小刻みなリズムでフルーツを切り分ける。
「最近は断ることも覚えたし、期待も『最低限なら応えてあげようかな』くらいな感じで思えるようになれたからね」
「そっか、それで良いと思うよ。最高」
「お陰様です」
本人の言う通り、梓桜は縛られないようになった。
無理な頼みは断るし、かけられた期待とも上手な付き合い方ができている。
また、駿矢も変わった。
クラスメイトたちに取り繕うことはせず、また素の態度でいても、人との接し方がこれまでとは大きく違う。
決して人を見下さず、自分と相手を対等に見ている。
そんな梓桜と駿矢の変わりゆく姿を、教室の隅から尊敬して見ていた。
そして2人が頑張っているのに僕だけ何もしないのは、さすがに気が引けた。
だから僕も少しずつ、勇気を出してクラスメイトへ声をかけるように行動し始めた。
取り繕うことができない自分を受け入れてもらえるかは分からないけど、とにかく色んな人に話しかけることを心がけた。
これっぽっち、と思われるかもしれない。
自分でも、たったそれだけ、と思わなくもない。
だけど、この一歩を踏み出すことで将来見える景色が変わるのなら、やっぱり継続していきたい。
ボウルの中の生クリームがようやく固まりかけた頃、梓桜が僕に声をかけた。
「あのね、春人くん」
「なに?」
「好きだよ」
カコーーーーーンッ
「あぁぁぁ生クリームがぁ! ちょっと春人くん、ダメじゃん!」
「いまのは梓桜のせいだろ! それはさぁ、ズルだろ!」
「私のことわかりたいって言ってたから、私がいま思ってることを教えてあげただけなのにぃ」
「にしてもタイミングがあるだろ。それなら僕だって、梓桜のことが」
「待って待って! こっちいま包丁持ってるんだよ! 危ないからやめて!」
「先に言ったのは梓桜だろ!」
そんなこんなありつつも、なんとか準備は整った。
部屋の飾り付けは完璧。
クラッカーの数も問題ない。
ケーキは冷蔵庫の中で順調に冷えている。
午後4時過ぎ、駿矢が水野を連れてやってきた。
自身のパーティー会場が用意されていたことも、僕と梓桜がいたことも、何も知らなかった水野は目を丸くして驚き、それから弾ける笑顔で喜びと感謝を伝えてくれた。
水族館の話を聞いたり、みんなでボードゲームを嗜んだりしていると、時間はあっという間に過ぎていく。
気付けばお腹も空いてきた。
ピザのデリバリーを頼み、お菓子の袋も片っ端から開けていく。
そして食後には待ってましたと言わんばかりにホールケーキの登場。
僕と梓桜が2人で作りあげた自信作。
丁寧に刺した16本のろうそくに火をつけて、部屋の明かりを消してから、水野はフゥーッと息を吹きかける。
ホールケーキは贅沢に4人で分けた。
イチョウ型になった明らかに大きすぎる1人分のケーキをそれぞれの皿に取り分ける。
最初の一口はもちろん、本日の主役である水野に譲った。
水野は目を輝かせながらケーキにフォークを刺し込む。
掲げられたのは、どう見ても三口分くらいある大きさだった。
それを一気に、パクリッと頬張る。
「私、いま世界で一番幸せです!」
水野がとびきりの笑顔で笑った。
駿矢も、梓桜も、僕も、水野につられて笑ってしまう。
このとき、4人全員が同じ表情をしているような気がした。
それに気付いてから、ようやく僕は分かった。
僕が求めていたものは、思った以上にすぐ近くに転がっていた。
それはありふれていて、でも奇跡みたいで、心から大切にしたいと思えるものだった。
わかりあえずとも、繋がっている。
その事実だけで、充分だ。
僕たちはいま
同じ瞬間に
同じ場所で
同じ大きさの
同じ幸せという名の感情を
ただ一心に、噛み締めた。
わかりあえないし救えない 雨卜快晴 @umi2002
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