第38話 それから僕たちは




 学校爆破の事件から、西高は2週間だけ閉鎖した。


 四階の科学実験室と両隣の教室は完全焼却してしまったらしいが、基本的にほとんどの教室は無事だった。


 ちなみに僕と駿矢は1ヶ月入院することになり、学校側からこっぴどく叱られた。


 病院に校長と担任の先生がやってきて、人生で過去一番怒られた。


 爆破の犯行には無関係だと証明されていたが、全校生徒が体育館に集う中、屋上で決闘していたことを問題視された。


 謹慎とかは無かったけど原稿用紙10枚の反省文を要求され「案外ぬるいな」と駿矢は反省してなさそうにしていた。




 学校も再開して、ある日のこと。


 駿矢と2人で下校しているときに、目の前に大柄な坊主の男性が立っていた。


 亜嘉都喜のマンションに訪れたとき部屋の入り口で鉢合った人だ、と古い記憶が掘り起こされる。


 彼は僕たちを前にして、怒りで血走った目をしている。



「おい、お前だろ」



 僕はその視界に映っておらず、彼は駿矢だけを見て言った。



「4月11日、百合恵の家の近くにある防犯カメラに、夜遅い時間、お前が百合恵と一緒にいたのが写ってたんだよ」



 彼が拳を握りしめる。



「それから一週間後に百合恵は死んだ。だから絶対に、絶対にお前が殺した」


「……そうだな、俺は救えなかった。俺が殺したって言われても間違いじゃねぇな」



 握りしめた拳を振り上げ、駿矢に襲いかかる。


 その攻撃を駿矢は一度食らいはしたものの、数秒後には背後を取って裸絞を決めていた。


 死に物狂いで体をうねらせ、駿矢に抗う彼が泣き叫ぶ。



「なんで世の中こんなにおかしいんだよ! 百合恵じゃなくてお前が死ねよ! 逃げた亜嘉都喜も一緒に死ねよ! あいつ、ふざけたことを言いやがって! 百合恵が自殺だって!? そんなわけないだろ! 百合恵は完璧だったんだ! 自殺なんてするような弱い人間じゃないんだ!」


「完璧って、お前の勝手な理想をユリ姉に押し付けんなよ」


「……だま、れ」


「それに、死を選んだ人間が弱いなんてこと、絶対にありえねぇから。生きてる人間が強すぎるだけなんだよ」



 そう言って、駿矢は彼の意識を落とした。






 週末、駿矢と一緒に百合恵さんの家に赴いた。


 仏壇の前で手を合わせて、二、三本の線香を添える。


 百合恵さんの遺影は、どこか梓桜の見せる作り笑顔に似ているところがあった。


 幼い頃はもっと無邪気に笑える人だったから、その写真を見ていると、無性に悲しくなる。


 帰り道、暗い雰囲気が立ち込めそうになり、それがなんだか嫌だった。


 僕は怒られるかもしれないと思いながら駿矢に聞いた。



「結局さ、駿矢は百合恵さんのこと、恋愛対象として好きだったのか?」



 駿矢は少し考える素振りを見せてから無表情で返答する。



「分からねぇな。けど、どういう対象で見たとしても好きなのに変わりなかったな」



 遠く先を見据えて、駿矢が続ける。



「俺さ、付き合うとか結婚とかって目的じゃなく、幸せにするための手段だと思ってるから」



 いきなり結婚なんてワードが聞こえて、僕はびっくりした。



「一番大事な目的はユリ姉の幸せだった。もし俺がユリ姉と付き合えたり結婚できたら俺は嬉しいし、ユリ姉を幸せにするための努力を最大限にしたと思う。だけど、所詮それは手段でしかないから、そうじゃなくても良かった。俺にとって重要なのは、どんな手段でもいいからユリ姉が幸せになることだったんだよ」


「……なんか本当に、愛だな」


「言い方キモ」



 ここで、大きく一つ、駿矢が伸びをする。



「俺がこんだけ話したんだから、春人も正直に答えろ」


「何をだよ」


「好きな奴いんの?」


「いるよ」


「誰?」


「梓桜」


「椎名?」


「そう」


「いいじゃん。お似合いだな」


「そうか?」



 僕は割と不釣り合いのように思っていたけど、駿矢はそれを否定した。



「お前ら二人とも、無駄にお人好しだから」



 駿矢なりのエールを僕は確かに受け取った。


 それから僕たちは目的を決めずに歩き続けた。


 河川敷に着いて、並ぶようにして寝そべり、子どもの頃の話をした。




 きっと僕たちは、百合恵さんを失った悲しみや百合恵さんとの記憶を、これから少しずつ忘れていく。


 忘れたくなくても、時間によって強制的に忘れていく。


 だからこそ、僕たちは語り尽くした。


 百合恵さんがこの世から消えても、百合恵さんが最初からいなかったことにはならない。


 僕と駿矢は百合恵さんから大きな影響を受けてきたから、僕たちの行動には百合恵さんの生きた残滓が存在している。


 ずっと胸に刻んで生きていくのは難しいかもしれないけど、日常の中でふと百合恵さんを思い出す、そんな瞬間があるのかもしれない。


 それを救いと呼べるかどうかは、決して僕たちが決めつけることではないけれど、そうであったらいいな、と僕は思う。


 日が沈んでからも、僕たちが話を止めることはなかった。


























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