第37話 悶着
「お前、ひどい格好してんな」
互いに目覚めてから、初めての対面。
開口一番に駿矢がそう言った。
よく見ると、僕たちの体は同等に負傷している。
ところどころに残る火傷の跡や、殴り合ったことで生じた青アザや腫れ跡。
本当に、馬鹿なことをしていたと思う。
「駿矢も変わらないだろ」
「……まぁ、そうだな」
駿矢が柄にもなく、おどおどとしている。
「何で緊張してるんだよ」
「……なんつーか、今更お前と向き合うのはクソ恥ずいな」
「いや、なんの話?」
「……俺自身の話だよ」
プツンッ
その喋り方にこれまで我慢してきた堪忍袋の尾がとうとう切れた。
「駿矢はさぁ、いつもそうやって言葉が足りなさすぎるんだよ!」
「そういうお前も、暴力で無理矢理に解決しようとしてきやがって」
「あのときは仕方がなかったし、ってか水野にはちゃんと謝ったか? もしまだ」
「謝ったし全部話したよ。大体、お前はいつもゆずのなんなんだよ! ただの先輩だろうが!」
「間違ってないけど水野の誠意に応えようとしてない駿矢にずっとムカついてたんだよ!」
「今は向き合おうとしてんだよ!」
「そうかよ!」
「分かったか脳筋バカ!」
「一言多いぞクズ!」
「お前もだろドアホ!」
高校生2人はその後も低レベルな口喧嘩を続けた。
長年に渡って募った不満を吐き出し、なんだか小学生のときに戻ったような、そんな懐かしさを感じた。
ある程度言いたいことをぶちまけたタイミングで、
僕も駿矢も、同じ視線を亜嘉都喜に送る。
「君たち、それは人を歓迎する目じゃないよ」
「歓迎するわけねぇだろうが爆発魔」
「早く牢屋に帰れ」
駿矢と僕がほぼ同時に返答する。
そして、亜嘉都喜の見た目の傷は、僕たちの比ではなかった。
特に火傷の跡がひどい。
左手、左頬が完全に変色している。
これはつまり、あの爆発が起きたとき、僕たちよりも近い場所にいた何よりの証拠である。
それでも亜嘉都喜はしらばっくれた顔をしている。
「もしかして私を西高爆破事件の犯人だと疑っているのかい? とんでもないね。私は被害者さ」
「はぁ? お前以外いないだろ」
「実はあの日、私は一人の人間に襲撃されそうになったのさ」
亜嘉都喜の弁明によると、サイエンス部の助っ人をしていた亜嘉都喜は文化祭終了後、四階の科学実験室で帰り支度をしていたらしい。
するとそこに僕たちの中学時代の学年主任、松木庄造が刃物を持って襲ってきたらしい。
2年前に人生を滅茶苦茶にされた復讐として、ひとけのないタイミングを狙われたそうだ。
「いや待てよ。じゃあなんで爆破すんだよ」
「私もそれなりにピンチだったからね。実験で余った火薬を使って護身用ダイナマイトを即席で作ってみたんだが、ちょっと火力調整をミスってしまったようだね」
「やっぱり犯人お前じゃねぇか」
「今すぐ自首しろ」
そもそも護身用ダイナマイトってなんだよ。
そして聞いたところによると、松木も大火傷を負ったが命に別状はなかったらしい。
しかし西高爆破事件に関与した疑いで、退院後は取り調べを受けるそうだ。
「じゃあ亜嘉都喜も、そろそろ年貢の納め時か」
「いやいや。この私がそう簡単に捕まるわけないだろう」
自信満々の笑みで亜嘉都喜は告げた。
仮に自己防衛のためとはいえ、学校爆破なんてどう考えても罪に問われないわけないが、亜嘉都喜なら本当に逃げ切れてしまいそうで恐ろしい。
「そ・れ・よ・り・も・だ!」
「うるせぇよ」
「ここ病室だぞ」
亜嘉都喜が突然大きな声を上げた。
「隠したって無駄だよ。君たち、本気で殴り合ったんだろ。八木駿矢と三島春人の本気のぶつかり合いを見逃すなんて、私は悔しくて堪らないよ」
そう言って、ポケットから札束を取り出す。
「頼む。金ならいくらでも出す。今からここで当時の再現をしてくれ。さぁ、今すぐ私の目の前で殴り合ってくれ!」
「キモすぎんだろ」
「さっさと帰れ」
このあともギャーギャー騒ぎ立てたことで、すっかり言い損ねてしまった。
亜嘉都喜に、感謝を伝え損ねた。
実はあのとき、気絶した駿矢を僕一人で運ぶことはできなかった。
僕は大声で助けを求めたが、まだ救急隊が来てるはずもないと分かっていた。
それでも叫び続けた結果、体の左側が焼けた亜嘉都喜が屋上に駆けつけた。
2人でなんとか駿矢を担ぎ、安全な場所へたどり着いたところで僕もついに力尽きた。
その経緯を駿矢に伝えたところ
「俺は死ぬ気でいたからいいけどさ。お前、亜嘉都喜に殺されかけたようなもんだろ。春人が死んでたかもしれないから、あんまり感謝する気にはなれねぇな」
いやでも俺のせいで春人は屋上にいたしな、うーん、と駿矢は答えを出せずに唸っていた。
ま、一声ぐらい掛けとくか、と結論を出したときには、もう時すでに遅し。
警察に捕まることもなく、痕跡を残すこともなく、亜嘉都喜は僕たちのいる町から姿を消した。
そういえば、A.S. = 鷺沼亜嘉都喜で合ってたんだよな。
あのとき払わなかった五千円、どうするんだよ。
亜嘉都喜に借金してるって、ものすごい嫌だな。
…………ちくしょう。
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