第4話 CHAPTER1 ③

 比嘉班以外の捜査員は、我先に会議室を飛び出し、それぞれに与えられた任務に就く。

 だが可南子は、彼女が最も頼りとする老刑事の横顔を凝視し、まったく動こうとはしない。

「藪さん、あの……」

「うん、何だお嬢」

 藪下は訝しげに可南子を見る。

「そんな怖い顔しないで、藪さん」

 顰め面の藪下に、可南子はウインクをして少し戯けて見せる。

「ミーティングよ、ミーティング。ショートミーティング」

「ショートミーティングねえ」

 薮下は訝しげに眉根を寄せた。

「さっきね、捜査会議の最中に、岡野君さぁ私に、『犯人は、被害者に精神的苦痛と肉体的苦痛両方を与えるために、指の骨全部折ったり、爪を剥いだりしたのでしょうか』って質問したでしょ。ちょっと気になっちゃって……」

「岡野の奴、また、お嬢を困らせやがって。ったくー仕様がねえ奴だな」

 藪下は半ば呆れたように笑った。

「済みません、藪さん」

 岡野は面目なさ気に頭を下げる。

「まあ、しかしすっね、岡野の言うことも一理あります」

 とフォローするのは、澄まし顔の古澤亮二巡査部長だ。

 H大法学部出のエリート。幹部候補の一人だ。

 古澤は女性上司の顔を一瞥すると、持論を語り始めた。

「指の骨を折る。爪を剥がす。という行為自体には、犯人が加虐趣味、つまりドSであることを物語っています」

「そんなこと、お前さんに言われなくてもわかってるよ」

 藪下が釘を刺す。

「藪さん、黙って聞いてあげて」

 と可南子が制す。

「ちぇっ」

 と軽く舌打ちし、藪下は不機嫌気味に唇を真一文字に閉じ、古澤を毛嫌いするかのように見た。

 バツ悪そうに視線を逸らし咳払いをしたあと、古澤は再び持論を展開し始めた。

「骨を折ったり、爪を剥いだりすると、どうなりますか」

 嫌味な奴だ。ちょっと小馬鹿にしたように、上目遣いで可南子の顔を見る。

「どうなるって、その……」

「いいスっか、班長。西岡誌織や園田真知子を殺害した犯人は、被害者に苦痛を与える一方で、指先を使えなくするために骨を折ったり、爪を剥いだりしたんですよ」

 古澤が口にした結論を聞いた途端、可南子は犯人に対する憎悪の念で顔を歪めた。

「そ、そうです、班長。自分が言いたかったことは、このことだったんです」

 岡野が、目を剥きながら口を挟んできた。

 鼻息が荒い。かなり興奮している。

「しかしよ、もし仮に、古澤が言った通りだとすれば、なぜ犯人は指を使えなくしたんだ……?」

 藪下は小首を傾げる。

「指を使えなくする目的は何」

 可南子は自分自身に問い掛けるように言った。

「指を使えなくして、ゆっくりと時間を掛け、首を絞めるため。あるいは自動的に首が締まる方法を考えた犯人が、被害者の踠き苦しむ姿を見て楽しむため」

 古澤は悪魔的な微笑を浮かべた。

 加虐的な趣味のある犯人による犯行時の被害者女性の姿を想像した瞬間、可南子の背筋に怖気が走った。

「……」

 思わず可南子は絶句する。

 刑事畑一筋に生きてきた藪下は、古澤の意見を受け、納得いったように頷きつつ、

「まあ、そう言うことだろうな」

 と呟いた。

「何か、凄くやばい話になってきましたね……」

 岡野は可南子の潤んだ眸を見る。

「う、うん」

 可南子は頭の中で犯人像を描き、今回の事件は一筋縄でいかないということを改めて認識した。

「どうするんですか、班長班? あんっ? もしもし、トウコしゃん……アレっ?」

 古澤が可南子の顔の前で手を振る。

 だが、当の可南子は、虚ろな表情で宙を見あげたままだ。

「あっ、ごめん。何か言った」

「何がごめんですか、班長。ぼうっとして」

 古澤の声で、はっと我に返った可南子は、

「藪さんと古澤君は、それぞれ所轄の応援と組んで、犯人が立ち回りそうな都内及び関東周辺の風俗店とSMグッズを販売する店の洗い出し」

 と慌てて指示を出した。

 捜査の基本は、二人一組と決まっている。一人が本庁の捜査員で、もう一人は土地勘がある所轄の人間だ。

「はあ、風俗店て……」

 と藪下は戸惑いつつ、鼻の頭を擦った。

「加虐趣味のある人物が利用しそうな店」

「つまり、SMクラブってことですか」

 古澤は可南子の目を見据えつつ訊ねる。

 可南子は無言で頷く。同時に、少しM気のある可南子は身体の芯が疼き出した。

 古澤は私物のスマートフォンを取り出すと、Googleに接続し、SM専門の風俗店とSMグッズ販売店の検索をはじめた。

「うひゃー、ざっと数えただけでも東京周辺で五十店舗以上か……」

 古澤はスマホのパネルに表示されたSM専門店のヒット件数を見て、露骨に嫌な顔をした。

 そんな古澤を横目に、可南子は口許を緩め含み笑いを浮かべた。そして視線を岡野に移した。

「私と岡野君は、そうね……凶器の特定と殺害方法の検証、明日午後一時よりK大医学部で執り行われる司法解剖の立ち会い」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ、班長。司法解剖の立ち会いって」

 岡野はどうしたものかと戸惑いつつ、可南子の顔色を窺う。

「凶器の特定と殺害方法の検証するのには、司法解剖の立ち会わなくっちゃ、話になんないでしょうがぁ」

 可南子は、拳を丸めて部下の頭を軽く叩く。

「お気の毒だね、真人ちゃん」

 古澤は警察学校同期の岡野を揶揄った。

 岡野は、刑事には不似合いな古澤の茶髪頭を睨みつけ、

「五月蠅せー、放っておいてくれ!」

 と捨て台詞を吐く。

「岡野よ。今晩はたらふく肉喰とけや。解剖に立ち会ったあとは、当分、喉通らなくなるからな」

 藪下が如何にも気の毒そうに、岡野の背中を叩いた。

「……」

 岡野は無言のまま唇を尖らせ、恨めしそうに藪下とその隣に立つ女性上司を睨みつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

捜査一課殺人犯捜査第四係 異常犯罪捜査班 比嘉可南子 繁村錦 @diavolo-666666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ