第13話 風が止まれば…
久しぶりのドーム。タカと二人だけで登った。
今は誰も登ろうとしない。
異常気象が終わればいつもの見慣れた風景だから。
「なんか変な気持なんだ…」
僕は言った。
目の前には風に耐える木々、走るような雲、横殴りの砂が見えた。
「僕もだよ、不思議だね…」
タカが言った。
「おかしいんだ…風が吹いて、異常気象が終わってうれしいはずなのに、何か残念な気持ちなんだ…」
ドームのガラスをなでながら、僕はつぶやいた。
「うん…」
うなずくタカ。
異常気象のときはドキドキしていた。
暗闇でトランプをやったり、天然の照明で勉強したことだっていつもとちがって面白かった。滅亡の危険があったのに…
「今度、風が止まったらわかるかな…」
僕はタカのほうを向かずにそう言った。
目はドームのガラスの上を動く小さいものを追っていたから。もちろん外側だが、小さく動くものがいた。
「どうだろう…でも残念な気持ちは確かにあるんだ…なんだろう、その気持ちの理由って…」
タカも同じ動くものを見ながらつぶやいた。
「風…止まらないかな…」
僕はその動くものにガラスの内側から指をあてた。
その動きとともに指先をなぞらせた。
「そうだね…でもそんな変なこと思っているの、僕らぐらいじゃない…?」
僕の指とその動くもの…小さい虫とその歩みを眺めながらタカは言った。
確かに不謹慎だね、そんなこと思うのは…。
虫の歩みが止まり、僕の指も止まった。
虫は風に耐え、ガラスにしがみついている。
「こいつ、僕たちのこと見えるのかな…」
タカを見ながら僕は言った。首をかしげるタカ。
「どう思っているんだろうね…僕らのこと…」
タカは話しかけでもしそうな様子で、虫と僕の指に顔を近づけた。そして少し笑いながら、
「そうだね、きっと変なやつらだと思っているんじゃない…」
と応えた。そして続けた。
「きっとさ…どうして外に出て来ないんだろうって思っているんじゃないかな」
強い風が吹いたのか、目の前から一瞬にして虫は飛ばされていった。
僕の指だけがそこに残った。
「そうだね」
僕は残った指先を見つめながら言った。
「あいつ、不思議だと思っていたろうね…」
ようやく僕はガラスから指を離した。そして小さい、自分の体から見ればほんの小さい指先を見た。
「小さい虫が外で生きているのに、大きい人間たちが穴倉にこもっているなんて…って思っていただろうな…」
僕は虫が飛ばされていった方を見た。山と森が風に吹かれている。風車が狂ったように回っていた。
「飛ばされちゃったね…」
タカが少しさびしそうに言った。
「戻ってくるよ…」
本当にそう思った。
「風が止まれば…」
了
人類の叡智 風が止んだら(改訂版) @J2130
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます