姿を見せてよ、神様

太刀川るい

第1話

「ねぇ、私達はなんだと思う?」


天国の風に吹かれながら、リントはそういった。


「またその疑問?」私は肩をすくめると、首を振った。

「そんなもの決まっているじゃない。ずっと前から。わたしたちは神に仕える身なのだから」

「そうだね。それはわかっている。でも、大事なことが分からない」

リントはそういうと、足を組み直して私を見上げた。

「……そもそも神様って何?」

「知らないよ。そんなことは。考えるものじゃないでしょう?」


私はそう言うと、じゃあ、またねと言い残し、羽を広げて外界に飛び込んだ。



『姿を見せてよ、神様』



始まりが何だったのかは思い出せない。私達天使は、気がついたら存在していて、そして人間の営みを見つめていた。

十人いた私達はお互いに話し合い、一つの結論に達した。我々は神に作られた神の使徒であり、神の意志を地上に伝えるために作られたのだと。


なぜかその説明は魂の奥底に最初から刻まれているようにしっくりきた。これしかないと素直に認識できた。


それからというもの、気の遠くなるような長い時間を私達は過ごしてきた。人間は栄え、そして滅び、また何世代もかけて文明を創りそしてまた滅びる。


「へぇ、また結構栄えてきたねぇ」


久々に地上の空を飛ぶと、時代が移り変わっていることに気がつく。人間たちはまた大きな塔を建てることにしたようだ。これでもう何回目になるのだろう。どれだけ高くしても天に届くことは永遠にないというのに。たまには忠告してあげたくなるけれども、今は私達は地上に干渉しないことにしている。


「人間たちの好きに任せると、あなたはそういうのですか? 私達が導いていくべきではないのですか?」

地上から私達が手を引くことになった日、私は仲間に向かってそういった。

私達のリーダー格であるトーラスは首を振りながら答えた。

「今まで、人間に手を貸してきたけれども、それでどうなった? 同じことの繰り返しだったでしょう」

「それは……」

「何度も何度も、人間は間違え、そして私達は何度も何度もそれを見てきた。きっと、これは神のご意思なのです。もう人間を助けるのはやめろと」

「神のご意思かどうかなんてどうやったら分かるんですか? 勝手にそう思っているだけなんじゃないですか? 奇跡の解釈だって一通りじゃないでしょう?」

「まさにそれが問題。私達はいままで、ずっと人間を手助けしてきた。それが神のご意思だと考えてきたから。でもね。それが正しいとどうして言えるの?それこそ、どう解釈するかだけれど……少なくとも今のままをずっと続ける気なの?」


私は反論できずに黙った。確かにそうかもしれない。世界には時々おかしなことが起こることがある。突然理不尽な災害が起こったり、死人が生き返ったり、わたしたちはそれを奇跡と呼び、神のご意思なのだと考えて解釈に努めてきた。


リントはそういった事例を山ほど知っていて、年単位に書き込んだカードという形でお手製の図書館に几帳面に並べている。


だが、結局どう解釈しても、神が私達に何をさせたいのかはわからなかった。


私達が人間を助けても、突然大きな災害が起こり、人間たちは死んでいった。かといって、ある年には空から食べ物が降り、飢饉にあえぐ人々を救った。そうして増えた人間を疫病が襲い、また人の数は減っていった。

まるで無限に繰り返されるサイコロ遊びのように、神の意志はわからなかった。


私達が地上に干渉するのをやめても、結局奇跡は変わらなかった。私達の存在などあってないかのように、人間は死に、祝福され、また死んでいく。


「私達はなんなのか」


ただ、ぼんやりと地上を眺めていると、リントの言うことも分かるような気がした。

もしかしたら、トーラスの言うように、これが正解なのかもしれない。私達は傍観者に徹するべきで、それをしなかったからこそ、神は何度も文明を滅ぼしたのかもしれない。


こうやって干渉をやめれば、人の塔も天に届く日が来るのだろうか。

私がそう思っているときだった。突然低い地鳴りとともに、大地が揺れ始めた。地震だ。


私は耳を澄ます。


幾千もの人間の悲鳴が地上からあがるのが分かった。家々は、振動で崩れ、瓦礫が人を押しつぶした。あの高い塔はひどくしなったあと、ついに耐えきれなくなり、一気に崩壊して、日干しレンガの雨を人々の頭上に振らせた。

崩壊した建物が津波のように人々を飲み込んでいく。


一分にも満たない時間で、地上は壊滅的な被害を受けた。


火災が発生し、街を燃やし尽くす。家々に閉じ込められた人々が生きながら焼かれる絶叫が私の耳に飛び込んでくる。


私は胸を押さえた。なんという残酷な仕打ちだろう。


なぜこんなことが起こるのかわからなかった。これでも人々を助けてはいけないというのか。結局トーラスは間違っていたのか。


だが、私に何ができるというのだろう。せいぜい人々に話ができるぐらいだ。奇跡なんて起こせやしない。もし、私に力があれば、この惨状が起こらなかったことにもできるのだろうか。


私はしばらく拳を握りしめると、地上に背を向けて天国に向かった。皆にこのことを伝えなければならない。


結局私達が集まって再び相談しても、神が何を考えているのかはわからなかった。私達は悲しみを共有すると、また地上の観察を始めた。



「ちょっといいかな」

あの地震から一世紀近くの時が流れたある日、リントが私に声をかけた。


「この間ね、また地上に行ってきたんだ。そしたらね人間が興味深いことを見つけていたんだ」

リントはいつもとおなじダウナーな調子で続ける。


「人間は頭の中に腫瘍ができると、突然神のことを信じるようになるんだって」

「それはどういうこと?」

「つまり、人間の脳には神を認識するものがもともと入っているらしいの。そこが刺激されると、人間ははっきりと神を認識する」

「へぇ、そんな機能があるの。それは、神のご意思であることは間違いないでしょうね。きっと人間の前に現れたときに、はっきりとそうだと分かるように作っているんでしょう」

「私もそう考えたのだけれど、もしかしたら、これは逆かもしれないなって思い始めてさ」


「逆……?」


「そう、逆。神様がいるから人間の脳に神様を認識できる機能がついたのではなくて、人間のもつ様々な機能が重なり合った結果を神という概念にしたのだと」

「ちょっと、それはないでしょう。忘れたの? 私達は天使なんだ。神に作られたに決まっている。それはこの魂が知っていることでしょう」


私は笑いながらそういった。でもリントは真剣な顔を崩さない。


「それも、人間の脳と同じだとしたら?」


「それってどういう……?」


「私達は最初から存在していて、神様に作られたわけじゃなくて、たまたま私達の持つ偉大なものや素晴らしいものを認識する機能が神を生み出したとしたら……」

「なにそれ。私達の妄想だっていうの?」

「あなた、神様を見たことがある? なぜ神様は私達に連絡をよこさないの? なぜ神様の意思は私達にわからないの? 奇跡はこの世界に起こるただのランダム事象で、そこに意思などは無くて、それを私達が勝手に見出しているだけなんじゃないの?」

「それは仮説に過ぎないでしょう」


「ええ、神様もね」

そういうとリントは私から視線を外した。




夜の街を空から眺める。人間はまた大分増えて、家々から漏れる明かりは地上にも夜空があるみたいだ。


夜の肌寒い空気を切り裂いて私は飛ぶ。リントの言う事は本当なんだろうか。私達はただ、たまたま何かの原因でこの世界に生み出された存在で、それがたまたま神という概念を習得してしまったのだろか。神の意志はただの現象に過ぎず、私達はただのサイコロの値に解釈を与えているだけなのだろうか。


人間が増えたことは、素直に嬉しいことだ。そう感じるということは、なにか私達の存在に関わることだったりするんだろうか。考えれば考えるほどわからなくなってくる。


ああ神様、どうか私たちの前に現れてください。命令して下さい。答えを教えて下さい。


お願いですから、あなたのことを信じさせてください。

それだけが私の願いです。

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姿を見せてよ、神様 太刀川るい @R_tachigawa

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