両想いなのに運命とかいって最終決戦しようとする魔王と勇者を王も民も魔族も全力でくっつけようとするやつ。
壱単位
両想いなのになんとかの本編
腰までの紅色の髪が夜風に揺れて、勇者ゼオンの右腕に触れたのだ。
その感触に振り向いた彼と、魔王ルビナの瞳が正面から向き合う。
わずかな間、動かない。
が、すぐに互いに顔を逸らす。
「……っ、すまん。纏めてくるべきであったな」
魔族らしい純白に近い肌色。それが魔王ルビナ、彼女の特徴だ。
が、いまは首から上が朱に染まっている。
勇者ゼオンも同様だ。浅黒く日焼けした彫りの深い横顔であり、月夜とはいえ明かりもないこの辺境の岩山だというのに、彼の耳の色までが変わっていることが容易に見て取れた。
「……いや……そのままでいい。はじめて戦場で正面から相対した折、君のその髪が魔力を帯びてふわりと広がった。その美しさに、俺は動くことができなかった。その日から、その夜から、紅色の髪が離れなかったのだ」
ゼオンの言葉に、ルビナは顔を逸らしたまま、はっと目を見開いた。迷うように視線を彷徨わせる。俯きながら、小さく声を返す。
「……わたしの、魔王軍の圧倒的な軍勢に、先陣を切って向かってきたのが、あなただった。なんと愚かな、と、はじめ思った。だけど……その前に立った時、本当に、圧倒された。これが命なんだな、と。これが人間の強さなんだと。その時から、あなたのその……深い蒼の瞳が離れない」
ゼオンは驚いたような息の吸い方をして、そのまま唇を引き結んだ。いま、ルビナも同様である。
岩山の影、月の当たらない場所に隠れるように並んで立つ二人の手の甲が、互いに近づけられ、躊躇うように戻り、また動く。微かに触れて、電流が走ったように戻る。
りり、と、虫のなく声が聴こえる。
「……あああもう、じれってえな! ちょっとぶん殴ってきます!」
聴こえる声はまた、別にもあった。
強い語気だが囁くような声だ。ただ、隠蔽魔法によりその姿も声も、魔王と勇者に届かない。それでも大きな声を出せば、せっかく作った雰囲気が壊れてしまうように、隣の岩山の影から顔を出している者たちは考えている。
「ぶん殴ってどうすんだよばか! あたしら出てったら終わりだろうが!」
「だってもう、なんか、なんか、あああばくはつしろ!」
「人間、甘いぞ。魔王城で魔王さまのお部屋の掃除させられてる我らの身にもなれ。もう床いちめん、花びらだぞ。どれも魔力で好きとか嫌いとか書いてあるのがうずたかく積もっているのだぞ。それを我ら、毎日、毎日……」
「泣くな。わかるぞ。俺ら騎士団、勇者さまに同行して街の巡回に出るんだがな、勇者さま、宝石店の前で止まるんだよ。ずうっと、止まってな。飾ってある指輪の前で誰かの指の太さ、作って見比べてるんだよ。んで、ふうってため息つくんだよ。首振るんだよ。遠くの夕陽を見遣っちゃったりするんだよ。なに見せられてるんだってなるぞ」
魔族、人間、男女さまざま。いずれも十五人ほど。
その全員が精鋭である。
魔王と勇者をくっつけ隊。
高位魔族に、あるいは王によって任命された彼らを、人々はそう呼んだ。
◇◇◇
長いあいだ続いた魔族と人間のいくさ。互いに消耗し、疲弊し、誰もが未来に光を見出すことができずにいた。
が、それぞれに運命の子が生まれたことで状況が一変する。
魔族にも王家にも同じ伝承が伝わっていた。運命の書と呼ばれるその書物に記載されていたのは、とある紋章を持って生まれた子が、同じ紋章を持つ相手を倒せば、世界に安寧が訪れるという内容だった。
そうして二十余年前、王国にひとりの男子が生まれた。
その子は胸に、魔王と同じ紋章を持っていた。
女神の祝福の力を持って生まれたその子は、やがて勇者と呼ばれるようになった。騎士団を率い、その先頭に立って剣を振るった。
伝承を知る魔王軍も彼を倒すため、魔王みずからが先陣に立った。
そしてある日、ついに戦場で互いを視野に捉えた。が、決着がつかず、戦闘は終了した。
魔王と勇者の様子がおかしくなったのはその時からである。
恋ですね、と、両者の訳知りの女がそれぞれ言った。どんな高位魔族が、あるいは学者が調査しようとも解決できなかったことを、それぞれの台所で立ち働いていた娘が解き明かした。
ほぼ時を同じくして、恐るべき事実が明らかになる。
失われていた運命の書の後半が出土したのだ。
王国でのみ得られたそれを、学者たちは迅速に解析し、結論を得た。
紋章を持って生まれた運命の子。
互いを滅ぼすだけが世界の安寧の道ではない。
愛し合い、結ばれることにより、さらに強く世界は光輝に包まれるであろう。
長いいくさに倦んでいた王国は歓喜し、魔族に使いを出した。魔族も即座に返答を寄越した。互いにひとつの感想を持っていた。はやく言ってよ、と。いくさの終結の祝祭の準備が始まった。
が、それを真っ向から否定した者がある。二名だった。
それぞれ幼いころより相手を倒すことがすべてだと教えらえてきた魔王と勇者は、いくさの継続を強く主張したのだ。自分の存在意義が失せるものと考えたのだろう。あるいは、そんなにうまい話があるか、という気持ちでもあったろう。
ともに頑固者であった。
周囲はおおいに困惑し、だが結束した。
絶対に二人をくっつける。
世界のために、二人のために。
まずは二人だけで会わせてやることはできぬものか。
この命題のため、秘密裏に会合が持たれた。魔族と王国側の合同会議だ。国王も出席した。学者はあらゆる角度から検討し、軍師はふたりの行動を予測したうえで戦略を立案した。
数か月に及ぶその過程は魔族たち、ならびに王国の国民にひろく知らされた。関連する書物は空前の売り上げとなった。ただ、表紙には大きく記されている。絶対に魔王と勇者には見せぬこと、と。
万難を排し、偶然を装い、すべてが緻密な計算のもとに運ばれて、いま、ようやく二人は平原の岩山で並んだのだ。
◇◇◇
手の甲が、ついに触れた。
ゆっくりと接して、わずかに擦るように動き、そうして魔王の手のひらが、勇者の方へ返された。指が勇者の手のひらに潜り込む。指と指の間に、差し込まれる。勇者はほんのわずかに震えてから、ゆっくりと彼女の手を包み込んでいった。
と、その時。
「へっくちん!」
隠蔽の術を実行していた魔族のくしゃみ。同時に術が解け、音が響く。
こちらを見る魔王、そして勇者。
二人を見る、くっつけ隊。
「あ」
互いに静止し、声が出る。
魔王と勇者の顔色は、朱を超えて炎となった。
「……あ、ゆ、勇者め! なぜ貴様、こんなところにいる!」
「……まままま魔王! さては俺をつけてきたな! ちょうどよい、ここで決着をつけてやろう!」
「の、望むところだ! 恋……いや来い!」
互いに飛び退り、凄まじい炎なり剣技を繰り出しはじめる。
くっつけ隊員は全員、魔族の術者を呪うような視線で見やったあと、走り出した。それぞれ加勢するように見せかけて引き離し、なんとか連れ帰り、作戦はそこで終了となった。
翌朝の報告を受け、魔王城と王都全域で発せられたため息により、局地的に気象状況の変化が見られたと、のちの歴史家が語っている。
「……ゼオン」
「……ルビナ」
互いの名を呼びながら、遠く離れたそれぞれの住まいで、山嶺に落ちる同じ夕陽を見つめている。その橙を映して瞳が潤んでいる。
と、遠くで雷鳴が小さく轟いた。
女神も苛立っているのであろう。
<次回予告(カクヨムネクスト):え、最終決戦とかするんです? マジで?>
両想いなのに運命とかいって最終決戦しようとする魔王と勇者を王も民も魔族も全力でくっつけようとするやつ。 壱単位 @ichitan
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