混浴バスキューブ【なずみのホラー便 第160弾】

なずみ智子

混浴バスキューブ

 俺は同じ大学の友人・剣七(けんしち)から、1個のバスキューブを貰った。

 その名も「混浴バスキューブ」。

 直径約7センチの立方体。

 ちなみに色はバブルガムピンクだ。


 剣七の麻雀仲間に、魔王の城に仕えている浴室係がいるらしい。

 その浴室係が剣七に、この「混浴バスキューブ」をくれたとのことだった。


 ここは21世紀の日本なのに、突然に”魔王”とか、”魔王の城の浴室係と麻雀をしている悪友がいる”とか世界観がおかしくないか、とのツッコミは多々あるだろうけど、その点はバシャーッと聞き流してくれると有難い。


 なお、この「混浴バスキューブ」について、剣七は俺にこう説明してくれた。


「ちょっと年季が入っているバスキューブらしいけどよ、まあ、そこらへんは魔王の城にあったモンだし、賞味期限ならぬ使用期限は元々ないらしいから、気にせず使えよ」


 さらに、声を潜めた剣七は俺にこう言った。


「お前は一人暮らしだし、今は彼女とかいないみたいだから大丈夫だと思うけど……これは絶対に一人で風呂に入る時に使えよ。なんか聞いた話では……この『混浴バスキューブ』1個につき1人の妖精が中に入っているらしいぜ。3分待てば、その妖精が現れるってよ」



 ”1個につき1人の妖精が中に入っている”という魅惑のスパイスが俺の中で幾度も反芻される。

 期待で胸をバブルガムのように膨らませた俺は、浴槽のお湯の中にバブルガムピンクの立方体をポチャンと落とした。


 ただちに得も言われぬ芳香が立ち昇り、浴室内を満たしていく。

 蜂蜜のような、甘いミルクのような、エキゾチックでオリエンタルな香りだ。

 色からフローラル系の香りを想像していたので、ちょっと意外には感じたものの、あとは3分待てばいい。


 さあ、早く出ておいで。

 君はどんな姿をしているんだい?


 3分という時間であるも、カップラーメンが出来上がるのを待っている時も、これほど胸が高鳴ったことはなかった。

 食欲と性欲のどちらを満たすのかによって、同じ時間でも心臓は全く違った音を立てている。


 だが、しかし……その高鳴りは急に音を潜め始めた。

 この状況は少しおかしくないか? という疑問が不意に湧きあがってきたのだ。


 友達のことを悪く言いたくはないも、剣七は口が上手くて狡賢くて、なおかつ、がめついところがある。

 あいつの性格上、”可愛い妖精”と混浴できるバスキューブを貰ったのなら、自分一人で楽しもうとするだろう。

 摩訶不思議なバスキューブだけでなく、自分が貰ったものを他人に分け与えたり、ましてや他人に譲ったりなんてするような奴じゃない。


 そういや、剣七はこう言っていた。

「ちょっと年季が入っているバスキューブらしいけどよ、まあ、そこらへんは魔王の城にあったモンだし、賞味期限ならぬ使用期限は元々ないらしいから、気にせず使えよ」と。


 ”年季が入っている”という言葉に嫌な予感が膨らむ。

 そのままの意味で受け取るなら、バスキューブに入っている妖精も年季が入っている……すなわち、おばさん……いや、もっと年季の入った年代なのかもしれない。

 下品な考えだが、どれだけ年を取っていようとも女には変わりないのだから、”使用期限はない”というのは最もだ。

 でも、若い女がいい。

 今の時代、こんなことを声高に叫べばフルボッコにされるであろうが、やっぱり男は水をも弾くピチピチした肌を本能的に求めてしまうものなんだ。


 さらに俺の嫌な予感は膨らんでいく。

 バスキューブの色から推測するに、「混浴バスキューブ」のマーケティング対象は男ではなく女じゃないのだろうか、とも。

 現代は多様化の時代とはいえ、赤ちゃんや子どもを対象とした服や小物を例に挙げても、男の子はブルー系統、女の子はピンク系統が圧倒的多数派だ。

 「混浴バスキューブ」の色はバブルガムピンク……すなわち、女を対象にした物の可能性が高い。

 ということは、中にいる妖精は男かもしれない。

 初対面の妖精男と、この狭い浴槽内で一緒に湯につかる……。

 いやいや、”年季の入っている”と”女向け”という二大の嫌な予感が同時に当たったなら、俺は”初対面の妖精のじいさん”と一緒に風呂に入ることになる!


 いったい何を話せばいいんだ?

 体で語り合うことなんてできないだろうし、俺と妖精のじいさんの間に気まずい空気が流れるのは明白だ。


 俺は3分が経ってしまう前に、湯からあがろうとした。

 やはり、得体のしれない怪しいモノには手を出さない方がいい。

 災難を避けるために確実なのは、知りあわない、関わらない、深入りしないという三大鉄則を守ることだ。


 しかし、眼前の湯はグツグツという煮立つような動きを見せ始めた。

 一刻も早く逃げるべきであったのに、目が離せなかったし、体も動かなかった。


 数秒後の俺は……「混浴バスキューブ」は真実、「混浴バスキューブ」であったことを知ることとなった。

 現れた妖精は、綺麗な女の子であったのだから。 

 彼女のデコルテから下はピンク色の湯に浸かっているため、はっきりと見えないが、黒髪と小麦色の肌をした、やや南国風のエキゾチックな風貌をした美少女と俺は同じ湯に浸かっている!


 けれども、俺はこの混浴状態を早くも打ち切りたくもなった。

 彼女のことを「女の子」ならびに「美少女」と表現した通り、大人の女だと判断できる風貌はしておらず、未成年の域を出ているか出ていないのかギリギリのラインといったところだ……。


 こいつはまずい。

 犯罪っぽい香りを漂わせているなんてモンじゃない。

 いくら相手は妖精とはいえ、実年齢は定かではないとはいえ、未成年にも見える女の子とアブないことはしたくない。

 俺の中に浸み込んでいるモラルが、猛烈な危険信号を発している。


 「混浴バスキューブ」から綺麗な妖精が出てきてくれたこと自体はうれしいが、欲を言えば明らかに成人していると分かる見た目の美女が入っていれば良かった。

 さらに欲を言えば、美女は美女でも、何も言わずとも積極的に情欲の海で語り合ってくれるようなディープにエロティックなタイプの美女が良かった。

 さっきまで”妖精のじいさん”が入っているのではとビクついていたというのに、ひとたび違っていたとなると、あれもこれもと欲をかいてしまうのが人間というものなんだ。


 とにかく、俺はこの状況から脱したかった。

 俺が股間を隠したまま、湯からあがろうとした時、彼女は顔を覆ってシクシクと泣き出した。


「……えっ? ちょ、ちょっと何で泣くの?! 君が勝手にバスキューブの中に入っていたんだろ? 第一、俺は君に何もしちゃいないし、する気もないんだから!」


「とうとう、こン時が来ちまった。オラはずっと、中に閉じ込められたままでいたかっただ……」


 なぜ盛大に訛っている?

 そのうえに、凄い濁声だ。

 南国で咲き誇るハイビスカスというより、泥だらけの野太い大根をイメージさせる声は、エキゾチックでオリエンタルな南国系美少女のものとは思えない。

 見た目とのギャップが有り過ぎるだろ。


「……オラと同じ湯に浸かっちまった以上、お前さんももう逃げられねえべ。オラたちは混じりあって、混じりあって……湯あみ好きの魔王のバスキューブになっちまうンだ」


 彼女が何を言っているのかすぐには分からなかったが、ただ一つ、確かのはこの「混浴バスキューブ」は別の意味での「混浴バスキューブ」だったということだ。


 俺も彼女も湯からあがることはできなかった。

 逃げられなかった。

 俺の体も、彼女の体も、湯の中でペーストのように柔らかくなって、混じりあった。

 混じりあって、混じりあって、混じりあって……1個のバスキューブになった。



 幸か不幸か、バスキューブになってしまっても俺の意識ははっきりとしていた。

 浴室のドアが外から開けられた。

 聞き覚えのある声が……俺をこんな目に遭わせた剣七の声が聞こえてきた。


「あ~まさか、こんなに早くバスキューブになってくれるとは思わなかったぜ。でもこれで俺の麻雀の負けはチャラってことでいいよな」


「ああ、構わぬよ。魔王様にこのバスキューブを献上すれば、褒美を頂ける。それぐらい、『混浴バスキューブ』は希少だからな。しかも、出来上がりが一つ一つ違うのも醍醐味だ。人生において同じ日が二度来ることがないように、このバスキューブと同じものは二度と作ることはできないのだ」


 知らない男の声も聞こえたが、おそらくこいつが剣七の麻雀仲間の”魔王の城に仕えている浴室係”だろう。

 というか、いったいお前ら、どこから俺の家に入った?

 不法侵入に賭け麻雀とはモラルの欠片もない……というよりも、どっちも犯罪だ。

 妖精を捕まえて、「混浴バスキューブ」を作るために中へと監禁していたことだって、絶対に許されることじゃない。


 そして、何より……俺は剣七のことを信用し過ぎていたんだ。

 口が上手くて狡賢くて、なおかつ、がめついところがあるとは感じていたが、そんな生温い奴じゃなかった。

 悪友どころか、悪魔だ。

 人を利用することしか考えていないし、自分のせいで利用した相手がどうなろうが、人生を終わらせようがお構いなし。

 深入りしてはならない、関わってはならない、そもそも知り合ってはならない種類の男だったんだ。


 喉をクッと鳴らし、剣七という名の悪魔は俺に言う。


「悪く思うなよ。やっぱり”人間の性(さが)か”あれもこれもと欲をかいちまってよ、気づいたら、俺の麻雀の負けは風船ガムのように膨らんでしまっていたってオチだ。でも、こうしてお前がその負けをチャラにしてくれたことには感謝してるぜ。やっぱり、持つべきものは友だちだな」



(完)


【後書き】

 おバカ&エロ&ギャグのようでありながら、結末はそうではなかった本作が誕生したきっかけは、私、なずみ智子(40歳)が通勤途中、大阪メトロ内にて、とある広告を目にしたことでありました。

 その広告内の「温浴」という文字が一瞬、「混浴」に見えてしまったのです。

 他人にバレると恥ずかしい見間違いではありましたが、インスピレーションを授けてくれたことには感謝したいです。

 ちなみに、登場人物の剣七(けんしち)の名前は、タロットカードで「ソードの7」を引いたことに由来します。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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