ノックスの十戒を打ち破れ
石田空
古城ホテルの惨劇 その真相
「皆さんにお越しいただいたのは、他でもありません。どうして我々は三日間もここに閉じ込められ、連続殺人事件が発生したのか。その真相を明かそうと思います」
インパネスコートにキャスケット。どこからどう見ても探偵に違いない奴が、自分たちをロビーに集めて語り出したことに、内心俺はキレていた。
いや。三日間。三日間だぞ。
外は嵐で船は出せない、ヘリは飛ばない。第一の殺人で死んだのがよりによってこのホテルのシェフ長だったがために、残りの日の食事は最悪だった。
そもそもシェフ長が死んだおかげで残りのシェフも毒を盛っているんじゃないかという疑いが浮上し、まともな食事を摂れていなかったのだ。おまけに一日目夜、二日目昼も人が死ぬ。怖くて眠れなくってコンディション最悪で、もうさっさと救助ヘリに乗って寝たかった。でも、ここで「寝たいからパス」と言って欠席裁判で犯人をなすりつけられても困るから、こうしてホールに行くしかなかったのだ。本当に推理小説と刑事ドラマ見過ぎた馬鹿は勘弁してほしい。
探偵が淡々と状況説明をする中、「アイヤー」と声を上げるのを見た。
うっかりと日本旅行に来ていた中国人カップルは、中国語ができるスタッフが次々犯人の刃にかかったがために、遂に言葉が通じる相手がいなくなり、無茶苦茶困っている。仕方がないからスマホの翻訳機能を駆使して意思疎通をしているが、それでも現在進行形で、いきなりの推理ショーに困っているようだった。
【すみません、この人がどうしてここまで皆の体調無視して推理はじめてるのか、こっちもわかりません】
【お腹空いた。食事食べるの怖いけど、保存食もらえないのか?】
【それはスタッフの意思によりませんかね】
翻訳機能万歳。なんとかガッタガタな言葉でも意図は通じているみたいだった。
この中で殺されたのは全部で四人。今生き残っているメンバーは。
俺。フリーライターであり、古城ホテルなんて上がるシチュエーションを取材に来たら、事件に巻き込まれた。
中国人カップル。意思疎通してみた限り李さんカップルらしい。春節で旅行に来たら、こうやって嵐と殺人事件に巻き込まれたという気の毒過ぎるふたりだ。
ホテルのコンシェルジュ。シェフ長殺され、オーナー殺され、室内係殺され、ホテルにしょっちゅう来ていたコールガールまで殺され……はっきり言って一番怪しいから、もうこの人が犯人でよくない? と世間一般的には思われかねない。
家出高校生。古城ホテルのある孤島行きのフェリーに紛れ込んでいて、次の船まで帰ることもできないのに嵐の中放り出す訳にもいかずに、仕方なくスタッフルームに泊まっていた、怪しいと言えば怪し過ぎるものの、このホテル関係者と血縁でもない限り殺す動機もないし、そもそも逃げ場だってない場所でわざわざ殺すのもどうかと思う。
女シェフ。殺人事件が発生してからずっとプルプルしているせいで、周りから「お前が犯人じゃないのか」と疑われた挙句、皆が食事を摂らなくなってしまった原因をつくり出してしまった。
そしてこの探偵。お前がそもそもどこの誰なんだよ。第一の殺人事件が起こった途端に現れ、こうして場を引っ掻き回しはじめたのだった。
「状況確認、まずは第一の殺人。シェフが掃除に来たところでシェフ長の死亡が判明。そうでしたね?」
「ひゃ、ひゃい……」
女シェフはプルプルしながら頷いた。ええんか。
「ここで、私は調査を行ったところ、毒薬が見つかりました」
ナンノセイブンカシランワコレ液が発見されたことで、シェフ長の毒殺が裏付けられ、皆が一斉にホテルの食事を摂らなくなったのだった。
「そしてさらに、私がイタコ能力を駆使し、シェフ長とオーナーに犯人の心当たりを伺いましたが、ふたりは姿を見ていませんでした」
待てい。さらりと能力追加するんじゃない。俺は思わずツッコミを入れそうになるが、ぐっと堪える。
皆が皆、悲痛な顔をしている。ちなみに中国人カップルはイタコがわからず【イタコってなんですか?】とスマホ翻訳で見せてくれた。青森には死んだ人の言葉を聞くイタコって名前で知られる巫女さんたちがいて……中国人にどうやって説明すればいいんだこれ。
それにしても、この探偵の推理は、はっきり言って的外れ以前にずさん過ぎて、どこにどうツッコミを入れればいいのかがわからない。
中国人がいて、謎の薬か機械が推理やトリックに使われて、探偵が超常能力を披露する……ミステリーにはノックスの十戒という言葉があり、この十個は禁じ手として使用しないほうがいいよと言われているものがあるのだが、既に三つも破っている。
このガバが過ぎる推理で、まさか全部破る気じゃないだろうなと、こちらも気が気じゃなくなってきた中、探偵は続ける。
「ところがですね、室内係さんが答えを示してくれたのですよ……犯人は高校生さん、あなたです!」
そうビシィーッと指を差す探偵。
おお、探偵ドラマみたいだ。指を差された高校生の視線は冷たい。そして高校生が「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「私も舐められたものね。あなたの推理のために、私が犯人になれと?」
あのガバガバ推理でどう見たって当てずっぽうなのに、それを物ともしない高校生すごい。俺たちいるだけでなんの役にも立ってない、ただの賑やかし要員なのに。
高校生が探偵に指を差す。
「ふざけないで、犯人はあなたでしょう!?」
おおっと。またしてもノックスの十戒にヒビが入る。
探偵は陽動でない限り探偵自身が犯人であってはならないが破られた。
だんだん俺は眠さと一緒にドラマ観戦みたいなノリになってきた中、探偵が仰け反る。こいつ言っていることは無茶苦茶な癖して自分はシリアス側の人間ですって態度、本当に気にくわねえな。
「そんなことを言うなんて、まさかあなたは……!」
「私は……あなたの双子の妹よ……!!」
高校生がいきなり服を脱ぐ。
今のコンプライアンス的に駄目だろ、高校生のお色気シーンは! そう思ったのも束の間、そこには制服の下にどうやって来ていたのか、探偵とそっくりそのまんまの姿で立っている高校生……らしい……がいた。
周りはざわつく。
「双子!?」
「まさか、探偵さんが双子だったなんて……!」
【なにがどうなっているんですか?】
おいおい、またしてもノックスの十戒が破られたじゃないか。
双子を前振りなしにトリックに利用してはならない。これをありにしてしまうとなんでもありになってしまうから、この辺りはちゃんと守られないと駄目でしょう。
ついでに探偵役に高校生が成り代わったことで、探偵役が変装を事前予告なしで行ってもいけない、探偵は見ている側に提示されている内容で推理を行ってはいけない、サイドキック……要は探偵の協力者……は見ている側に行動を知らしめなければいけないも破られた。
おい、とうとうノックスの十戒全部破られてないかこれ。というか、俺たちはオーディエンスとして観戦しているだけで、そろそろいてもいなくても同じじゃないかと怪しくなってきた。
俺が頭を抱えている中、女シェフはプルプルと震えていた。
「あ、あのう……」
「はい? どうしましたか?」
「犯人をイタコ能力を使ってシェフ長とオーナーは犯人を見てなかったからわからなかったと言ってますよねえ?」
「言ってましたね」
「どうして室内係さんの犯人の特定で、高校生さんに変装した探偵さんだとわかったんですか? 私たちだって……見た目の区別が付きませんし……それに、コールガールさんの証言だってわかりませんし……」
正直、生き残っているメンバーで一番頼りなさそうな彼女のほうが、探偵に向いているんじゃないか。さっきからコンシェルジュは目が据わっている。オーナーも死んだ中、どうやって慰謝料と有給と退職金を巻き上げた上で、身の潔白を証明したのちに転職決めようって計算で頭を痛めている顔をしているんだから、もう事件のことなんて頭の隅に追いやられてしまっている。
俺は黙って、同じ顔をした双子の探偵が、推理の押し付け合いをしているのを、頭を抱えて見ていた。
これはどう考えても、不幸の連鎖で連続殺人事件に見えてしまった、人死に事故四連続だ。
シェフがナンノセイブンカシランワコレ液で死んだのだって、俺がトイレで見つけてきた落とし物が醤油のケースによく似ていたから、賄いに使って死んだだけ。
それを見て探偵が「殺人事件だ!」と大声で言ったから、なんとか外に情報が漏れないよう情報規制を敷いて時間を稼ごうとしたオーナーは、保身の末にうっかりと死んでしまっただけ。
パニックに陥った室内係は階段から足を滑らせて打ち所が悪く死亡。その死体を見たコールガールは、犯人だと誤解されたくないとパニックを起こして風呂で溺死。
この辺りまで、手持ちの携帯食とコーヒーでなんとか凌いでいた俺の足で掴んだ情報だ。こんなでっち上げ推理でどうこうなるものではない。
「さっさと警察来たら全部終わるでしょうし」
そもそも突然沸いてきた同じ顔の探偵ふたりという不可解な奴ら。ひとつひとつは小さな事件だったのをこいつらが引っかき回してくれたおかげで勝手に連続殺人事件にでっち上げられたんだから、どこのどいつか知らないが、こいつらを保護者の元に送り返さないといけない。
本当にいい加減にしてくれと憤慨するのだった。
<了>
ノックスの十戒を打ち破れ 石田空 @soraisida
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