愛犬の骨

衿乃 光希

15年の月日

逝ってしまったなあ。

私は空を見上げる。

焼却炉の煙突から、薄い煙が空へと昇っていく。

15年。犬なら長生きしたといわれる年齢。

だけど、私には短い年数だった。もっともっと生きてほしかった。あの子ともっと一緒に暮らしたかった。

生後三か月で知人宅からうちに来たあの子。

ケージの中で小さく震えていた子犬が、私や家族に慣れると、いたずらを覚えた。

スニーカーを噛まれ潰された。

タオルの端っこをかじかじするのが好きだった。

トイレをなかなか覚えられなくて、何度も粗相をした。

散歩中に他のワンコを見つけると、激しく吠えた。

雷が苦手で、ゴロゴロと低い音が鳴りだすと、パニックになって吠え、暑いのに私にひっついて離れない。

引っ張り合いっこと、追いかけっこが大好きだった。

犬にしては珍しく動物病院が大好きで、病院で苦労した覚えがまったくない。

ご飯・おやつ・自分の名前はすぐに覚えた。

ご飯の時間の30分前からそわそわして、落ち着かない。

時間になって私が動くと、歓喜の舞を披露する。

いつしか行動に落ち着きが出てきて、老犬と言われる年齢になっていたけれど、きれいな毛並みで、足腰もしっかりしていて、年齢を聞かれてびっくりされることが多かった。

ずっと続くと思っていた。いるのが当たり前になっていた、愛犬との生活。

三か月前に異変を感じ、動物病院に連れて行った。

詳しい検査の結果、病気が見つかった。

可能な治療はするつもりで大金を下ろしたけれど、手術は見送る決断をするしかなかった。

次第に食欲がなくなり、大好きだったウェットフードも食べなくなった。

食べられるならなんでもいいと教えられ、今までにあげたことのないパンや柔らかく煮た野菜などをあげた。

初めて食べたものが美味しかったのか、食欲が少し戻った。

一日でも長く生きてほしい。エゴかもしれないけれど、私たちはそう思って毎日つきっきりでお世話をした。

でもその日は訪れてしまった。

前夜、キュンキュンと鳴き、様子がいつもと違った。いよいよかもしれない。

家族全員で彼女に寄り添った。

朝方、彼女は一声上げて、逝った。

よくがんばったね。向こうで待っててね。

眠っているようにしか見えない彼女に私たちは声をかけ、全身を撫でた。

いつもと変わりなく、柔らかい。それなのに体は冷たくなっていった。

花で埋め尽くし、お経を上げてもらった。

いよいよ最期。もう会えない。

焼却炉の前で、涙が溢れて止まらなかった。

ありがとう。バイバイ。

一時間後に戻ってきた彼女は、白い骨になっていた。

私たちはすべての骨を壺に移し、持ち帰った。

一部の骨は、ペンダントに入れた。出かける時は一緒。

骨壺は、彼女が過ごしていたリビングに置いて、彼女の写真をたくさんを飾り、私たちは毎日声をかける。

行ってきます。ただいま、と。

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愛犬の骨 衿乃 光希 @erino-mitsuki

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