【短編】第21回骨連総会議事進行

山本倫木

第21回骨連総会議事進行

 こんな夢を見た。


「とにかく近頃の頭蓋骨あたまの横暴は目に余る。安保理の常任理事こつとしての責任はどうなっているのか」


 第21回骨際こつさい連合の総会の場において、居並ぶ諸骨を前に右大腿骨みぎあしが憤然と語った。


「人体に平和と安定をもたらす血球を生産しているのは我々なのだ。ところが、この頃の頭蓋骨あたまはと言えば人体環境を悪化させることばかりしておる」

「全くです」

 左大腿骨ひだりあしも同調した。


頭蓋骨あたまは脳の指令に甘すぎます。こう夜更かしに加えて暴飲暴食を繰り返されたのでは、我々がいくら良質な血球を作ったところで焼け石に水ではありませんか。先日など、痛飲の挙句、酔っぱらった脳が人体の操作を誤り道端で転倒させましたな。損傷した皮膚から侵入した雑菌どもの対処に、我々の作った免疫系細胞が大忙しでしたぞ」


 左右の大腿骨あしは、元来、人体中最も強力な骨だった。自身の頑丈さに加え、強力な腱や筋肉を擁していたため、面と向かってこの両者に意見のできる気骨のある骨は存在しなかった。人体が母体から切り離されたことをきっかけに『骨際こつさい協力を促進し、平和安寧を完成する』を理念として骨連こつれんが発足した時、彼らは当然のように安保理の常任理事こつとなった。

 頭蓋骨あたまも常任理事こつに選出されたが、第1回総会当時の彼は、前頭骨おでこ頭頂骨てっぺん後頭骨うしろといった複数の骨に分かれた烏合の衆であったため、団結して骨際こつさい問題に当たることが出来なかった。そのため、発足当初の骨連は左右の大腿骨あしが中心となって歩みはじめた。

 しかし、頭蓋骨あたまの統一が成り、その際に抱え込まれた優秀な脳みそブレーンが状況を変えた。脳みそブレーンはまず、安保理内では多数決を基本とするという原則の明文化を成功させた。これはそもそも当時の慣習だったので、簡単に通った。

 その後、頸骨くびが、脊柱同盟せぼねの後押しを受けて常任理事骨入りを果たしたことで状況が変わった。実は脊柱同盟せぼねがそうしたのは、裏で脳みそが脊髄しんけいを介してロビー活動をしていたからに他ならない。表向きには、より多様な骨の意見を取り入れたい、という美しい理由付けがあったため彼らの参入は歓迎された。しかし、頸骨くびは、頭蓋骨あたまを支える小さな7つの骨である。頭蓋骨と頸椎くびからうえ連盟の構成員の数は8つ。大腿骨あし2つに非常任理事骨5つを加えても、数の上で優位となっていた。

 ここに至って、多数決は数の暴力と化した。どんな議題も頭蓋骨あたまを支える頸椎くびが多数決で可否を決めてしまう。新たに非常任理事骨を追加しようにも、その案自体が否決される。気がついたときには、安保理は頭蓋骨あたまとそれを支持する頸骨くびに支配される場となり果てていた。


「いやいや、それは一方的な見解というものですよ」

 下顎骨あご が、大腿骨あしの意見に異を唱えた。

頭蓋骨あたまは単に脳を保護するだけではありません。私と協調して食べ物を咀嚼するという重要な役目があります。大腿骨あしのお二方は血球の生産量を誇っていらっしゃいますが、その材料は頭蓋骨と下顎骨わたしたちが居て初めてお届けできるということをお忘れなく。暴飲暴食とおっしゃいますが、あれは食物の摂取という課題を十全にこなそうとした結果なのです」

 下顎骨あごはそう言って、呵々大笑した。


「いやー、でも、暴飲の方はね、もうちょっとだけ、何とかなりませんかねえ」

 おそるおそるマイクを握ったのは、右手諸骨連合みぎての代表、右親指の末節骨さきっぽだった。グッジョブサインを出すときに一番目立つ、あの部分である。

頭蓋骨あたま様が仲良くされているお脳みそ様がですね、お酒をお好きでいらっしゃるのは結構なんですよ。うん、大変に結構。でも、近頃はちょっとお過ごしあそばされているようでしてね、このままだと人体が慢性アルコール中毒にでもなってしまうのではないかと、我々右手諸骨連合みぎてとしてはちょっとだけ心配しているんですよ、はい。アルコール中毒っていうのは、ね、手が震えてしまうんでしょう。そうなると、我々は我々の働きが出来なくなってしまうものですから、ね、ええ、はいはい」

 出来れば頭蓋骨あたまに逆らう発言はしたくない、目立ちたくはない、という気持ちがありありと見て取れた。右上腕骨みぎのにのうでは苦い顔で発言者を見ていた。


「なんだ、今の発言態度は。貴様はそれでも右腕連合みぎうでの代表か」

 発言を終えた右親指の末節骨おやゆびを、隣に座っていた右尺骨ぜんわんが小声で𠮟りつけた。

「いやあ、あの頭蓋骨あたまさんのぽっかりと空いた眼窩に睨まれると、アタクシどうも弱くって」

 彼は言い訳をした。


「お前は末節骨はしっこのほねとはいえ、人体にとって重要な機能を果たしているのだ。お前が居らねば手はモノを掴めん。自分に自信を持て」

 右橈骨ぜんわんその2が励ました。右親指の末節骨おやゆびは右手27骨の代表であるだけではない。尺骨と橈骨ぜんわんのほねたち上腕骨にのうでを加えた、右腕連合みぎうで全体の代表でもあった。弱気な性分ではあるが、動きの精密さで彼の右に出るものは居ない。右腕を構成する骨は誰もが彼の力を認め、だからこそ彼は盟主として尊敬されていた。


 この発言を傍で聞いていたのは尾骨しりある。人体に重要な機能を果たすことがそんなに偉いのか。ケガをした時しか注目を浴びる機会のない尾骨しりは、面白くなかった。

僭越せんえつながら申し上げます」

 尾骨しりは立って発言をした。

「脳は、先日の失恋で強いストレスを抱えて苦しんでおられます。すなわちアルコールに一時の助けを求めているという側面もあるのではないでしょうか。そこを考慮せずに、ただ暴飲を慎めと主張をするのは、片手落ちの発言というものでございましょう。反対をするのであれば、是非、代案を出していただきたい、代案を」

 そう言うと、尾骨しり右親指の末節骨おやゆびを見た。末節骨おやゆびは首をすくめ、右尺骨ぜんわんにしっかりしろと背中を叩かれた。


「我々脊柱同盟せぼねとしては、右腕諸骨連合みぎうでに賛成いたします」

 第七胸椎せぼねが発言した。脊柱同盟せぼねには太い骨が25個加盟しており、数の上でも機能の上でも、その発言には一定の重みがあった。ただしその実、頸椎くび7骨は常任理事骨入り以降、頭蓋骨あたま寄りの意見に傾くことが多く、脊柱同盟せぼねの結束には亀裂が入っていた。

尾骨しりは代案をと仰っていましたが、事は急を要します。近頃はアルコールの摂取量だけでなく、脂質を中心とした高熱量カロリーの食事量も増加しているという統計結果が出ております。このままでは人体が保たないのは明らかです」

 第七胸椎せぼねは一旦言葉を切り、最前列のひと際目立つ巨体を見やった。頭蓋骨あたまは、今日も白い巨躯を輝かせて辺りを睥睨してにらんでいる。


脊柱同盟せぼねとして、アルコール、及び、熱量カロリー摂取の段階的削減を骨連こつれん決議として採択するよう、提案いたします。これは脊柱同盟せぼねに加え、肋骨運命共同体ろっこつも賛意を示していることです」

 頭蓋骨あたまを睨みつけながら、第七胸椎せぼねが胸を張って発言した。


「我々、肋骨運命共同体ろっこつの意見は、ただいま第七胸椎せぼねが申しあげたとおりです」

 胸骨むねが起立した。鎖骨、胸骨、肋骨などから成る一群の骨は共同で活動することが多く、早くから自らの集合体を運命共同体と名付けていた。

「一つ付け加えるなら、同意をしておりますのは我々肋骨運命共同体ろっこつだけではございません。我々が守護している、一群の臓器群ないぞうも同じ意見を持っております。多すぎる熱量カロリーは、なにせ心臓にとっても負担が大きいですからな、心臓に」

 胸骨は『心臓』という部分を強調した。安保理を牛耳る頭蓋骨あたまであるが、流石の彼も心臓には一目を置いているのだ。心臓の意見と聞けば、頭蓋骨あたまも少しは意見を改めるかもしれないと、胸骨は期待をしていた。


「ふむ、なるほど」

 頃合いと見て、頭蓋骨あたまが口を開いた。

「アルコールと熱量カロリー摂取の段階的削減、だったか。面白い意見ではないか。賛成する者が多いなら、検討の余地はあるな」

 心臓を引っ張り出したことで、頭蓋骨あたまも聞き入れる気になったのか。胸骨は運命共同体なかまの骨達を振り返って、頬を緩ませた。


「まずは総会に出席している諸君らの意見を聞こうではないか。今の提案に賛成の者は起立してもらおう」

 頭蓋骨あたまは当然という顔で場を仕切った。がたがた、と議場に椅子をひく音が響き渡る。座ったままでいるのは、頸椎くび7骨と下顎骨あご、そして頭蓋骨あたまだけとなった。


「ほお、総会では賛成多数のようだな」

 頭蓋骨あたま鷹揚おうように声を上げた。反対意見で囲まれた議場を、座したままぎろりと睥睨する。


「私は反対なんだが、なあ」

 頭蓋骨あたま眼窩が、尾骨しりを向いて止まった。尾骨しりは首をすくめ、慌てて着座した。


「なあ」

 続いて右親指の末節骨おやゆび頭蓋骨あたまの視線が落ちた。睨まれた彼は慌てて席につこうとし、再び尺骨ぜんわんに喝を入れられた。彼ははっとして、立ち上がった。頭蓋骨あたまは一瞬、意外そうな顔を見せたが、落ち着き払って言葉を続けた。


「ふむ。すると総会ではこの案は賛成多数のようだな」

 頭蓋骨あたまが、独り言のように声を上げた。ついにあの超大骨ちょうたいこつが、骨連と歩調を合わせるのか。そう思った者は、次の発言に愕然がくぜんとさせられた。


「とはいえ、これは重要な議題だ。この議題は総会ではなく、安保理で預からせていただこう」

「待て。安保理の議題は平和と安全に関するものに限るはずだ」

 頭蓋骨あたまの発言に、第七胸椎せぼねが嚙みついた。安保理に持ち込まれては、頭蓋骨あたまの思うがままにされてしまう。


「分かっているとも。アルコールと熱量カロリー摂取の削減となれば、人体のエネルギー摂取問題と密接に関係している。いや、むしろそのものと言うべき問題だ。ならば人体の安全に関わる議題であろう」

「貴様、何を言っているのか分かっているのか!」

 頭蓋骨あたまの根拠のない暴論に、ついに右大腿骨みぎあしが声を荒げた。総会の意見がこんなに軽んじられて良いはずがない。元々、頭蓋骨あたまに反発していた彼だが、これは公憤だと思った。


「分かっているとも。そして、私はきちんと骨連のルールに則って話をしている。そのように声を荒げられるのは心外だな」

 頭蓋骨あたまは、右大腿骨みぎあしを冷ややかに見やった。


頭蓋骨あたま殿。貴公のしていることは骨連の私物化、『乗っ取り』だ。これ以上の暴挙はもはや見逃せんぞ」

 左大腿骨ひだりあしが静かに言った。声は殺気をはらんで冷えていた。聞いていた左膝蓋骨ひざのおさらは思わず身を震わせた。頭蓋骨あたま左大腿骨ひだりあしに向き直る。


「見逃せん、と言ったな。今の発言は、宣戦布告と捉えてよろしいか」

 頭蓋骨あたまが応じた言葉に、議場は静まり返った。大骨同士がぶつかる戦争。もしそんなことが起これば人体はどうなるか。誰もが言葉を失った。重い沈黙の中、頭蓋骨あたま左大腿骨ひだりあしは冷たく睨みあった。



「待ってください」

 沈黙を破り、左小指の基節骨つけねが立ち上がった。彼女は左腕連合ひだりうでの代表であり、今期の骨連総会の議長も務めていた。左腕連合ひだりうでは感情の臓器である心臓に近いためか、構成骨は夢や理想に走る傾向がやや強かった。運命の人べつのじんたいと赤い糸で結ばれているというロマンチックな伝説を持つ彼女が左腕連合ひだりうでの代表を務めるのは、ひとえに彼らのこの特徴によるものだ。

 左小指の基節骨こゆびは連合の中でもひときわ力が弱く、また、不器用で目立たない骨だ。しかし、身の内で燃える理念の炎は誰よりも強かった。例年、骨連総会は各骨が好き勝手に発言をするので議長の影は薄かったが、彼女は場の荒れた今こそ、本来の骨連の精神を見せる時だと決意した。


「我々は争う必要なんてないはずです。骨同士で争って何になりますか」

 彼女は小さな体を直立不動に屹立きつりつさせ、語った。


大腿骨あし殿。あなた方お二人は、左右の脚部という巨大で複雑な構造物をまとめ、かつ、協調して動作することで人体を歩ませている。そのたゆまぬ努力、常々感服しております」

 呼びかけられ、双方の大腿骨あしは思わず互いに顔を見合わせた。


頭蓋骨あたま殿。協調して動作する、という点であなたも決して引けを取るものではありません。これは下顎骨あごとの連携だけを申し上げているのではありません。あなたは常に、自らの重みで人体が倒れてしまわぬよう、全ての骨と歩調を合わせているではありませんか。ご自身で意識をしておらずとも、私は知っております」

 頭蓋骨あたまは自身の無意識の癖を見抜かれ、感嘆した。


右腕連合みぎうでの皆様、肋骨運命共同体ろっこつの皆様もそうです。それぞれに大切な役割を果たしていることを、私は存じ上げております。尾骨しり殿も、普段は目立ちませんが、下半身の動作を安定させるのに無くてはならない役目を果たしておられます。私を含め全人体206骨、1つとて、なくて済むという骨はありません」

 尾骨しりは驚いて左小指の基節骨こゆびを見た。何もない時の自分に注目した骨がいる、という事が新鮮な発見だった。


 今や議場の目は、左小指の基節骨こゆびただ一人の上に注がれていた。

「大勢いる私たちは一つの体であり、一人一人が互いに器官なのです。それぞれが自身の役割を果たすべきであり、そこに互いが争う必要などありません。意見の違いはあるでしょう。しかし我々が互いに協力し合うことこそが、一心同体たる我々のなすべきことではないでしょうか。今一度、なぜ骨連というこの場が開かれているのか、その意味を考えていただきたい」

 彼女はまっすぐに立ち、一息に発言した。静まり返っていた議場に、彼女の声が染み入っていく。


 ぱん


 誰かが手を叩いた。まばらに起こった拍手はすぐに広がっていき、やがて議場全体を包む嵐となった。2つの大腿骨あし頭蓋骨あたまは、互いに険しい顔を見合わせながらも手を打ち鳴らし、うなずきあった。ここは一時休戦としよう。彼らは無言のうちに、互いの意思が伝わったことを理解していた。


 左小指の基節骨こゆびは、発言を終えた後も直立不動の姿勢を崩さなかった。姿勢を崩してしまえば、仮初の和らいだ空気も崩れてしまう気がした。割れんばかりの拍手で議場が揺れる。いや違う。自分の足が震えている。頭蓋骨あたまが歩み寄ってくる。彼女は震える足で一歩踏み寄ろうとした。足がもつれる。自分自身につまづいた。急激に床が迫り―



 第9代国連事務総長アントニオ・グテーレスは目を覚ました。

 奇妙な夢を見たものだ。枕元の時計を見る。普段の起床よりも少し早い。目が覚めてしまったのは今日から始まる総会に緊張をしているのか。アントニオは半身を起こした。


「骨同士で争って何になる、か」


 アントニオは独り、つぶやいた。左手を開く。見慣れた自分の掌だ。主要骨同士の対立に割って入ったのは、ひと際小さい隅の小指だった。

 世界に問題の種は尽きない。にも拘わらず、いつの世も大国は自国優先の姿勢を変えようとはしなかった。人の世が続く限り、これは変わらないのかもしれない。昨今の国連は機能不全とさえ言われることもある。それでも―


「小指には、負けていられんな」


 アントニオは立ち上がり、今日の支度を始めた。


【了】

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