骨を拾う男
ほんや
骨を拾う男
寂れた野原に一人、薄汚れた男がいた。青々とした草の中から何やら乳白色のものを棒で拾い上げ、背中の籠に入れていく。腰が痛くなったのか、時折伸びをして座り込み、遠くの山を眺める。日差しは暖かで、このまま眠りについてしまいそうになりそうだ。それを
「済まない、道を訪ねてもいいだろうか。」
ボロキレに身を包み、大きな笠をかぶった人影が現れたのだった。背中に布に包まれた長いものを抱えており、物々しい雰囲気をまとっている。笠で顔がわからないが、声色から女、しかも子どもであることが伺い知れる。
夕暮れが見える時間、春の暖かさに包まれた日である。男は少女のもつ雰囲気に関わらず、優しげに応えた。
「おう、いいぞ。こんな辺鄙な場所まで来て大変だったな。それで、どこを目指してんだ?」
「この世の果て。」
短く答える。男はその一言に表情を更にやわらかくした。
「そうかぁ、それはたいへんだなぁ。……お前さんは食料とか、消耗品とか足りてないもんあるかい?」
「む、……新しい布があるとありがたい。」
「わかった、俺の家で好きなもんでも持っていくといい。ついでに泊まって行きな。」
少女は感謝の意を示す。長い旅路の途中である。消耗品を確保するのが難しい中、男の提案はとてもありがたいことであった。男は拾い集めるのもそこそこに、少女を連れて自らの家に向かった。
……………………
「つかぬことを聞くが、何故人骨を集めているのだろうか。」
道中、背中の籠を見ながら、少女は尋ねる。穏やかな沈黙を破ったその問いの応えは、少々の静寂と小さな溜息であった。
「……聞かぬほうが良かっただろうか?」
首をかしげながら再度問う。
「いやぁ? そんなことはないんだけど、お前さんのことだしね。……ただ、どう応えたもんかと少々悩んだのよ。」
あっけらかんと男が言うと、少女は訝しんだ表情になる。懐かしげに、楽しげに、続ける。
「それじゃあ、家に着くまで暇だろうし語ろうかね。俺が骨を拾う理由を。」
――――――
まずは最初の話。大体六十年前、俺がまだほんのちびっこだったとき、ここで大きな戦が起こった。お前さんはまだ生まれてないかもしれんが、まあひどい戦でね。何千何万という人間がここで死んだ。当時の俺はそんな戦で両親を無くした孤児だった。まあそんな奴がありふれてるぐらいには酷い時代だったよ。
そんなこんなで、俺は孤児院に入ることになった。あとから聞いたんだが、これは運が良い方で、あぶれた孤児はスラムで暮らすことを余儀なくされたとか。そこで、今思うとまさに運命的としか言えない出会いがあった。それがその孤児院に同時期に入った一つ上の姉さん。ああ、姉さんって言っても血は繋がってない。その孤児院じゃ全員兄弟で通してたから、俺も姉さんって呼んでるだけだ。
それで、その姉さんとの出会いはえらく衝撃的でね。その時は確か、俺が初めて孤児院を抜け出そうとしたときだったかな。夜遅くに隠れて自分の家に行こうとしてたんだ。でそうしたら、孤児院の部屋の一つにランプの明かりがついていた。今から抜け出すっていうのに、見つかったらまずいだろ? だからこっそり見に行くと、何やら部屋の隅でゴソゴソものをいじってる人影が見えた。それで外に出るのに支障はないと思って離れる時に、足元の何かにつまずいちゃったんだ。で恐る恐るさっきの方を向いてみると、こっちを覗き込んでたんだ。こちらに箒を振りかぶってる姉さんがね。
後はもうお察しの通りだよ。しこたま殴られてから、ようやく不審者じゃないとわかって手を止めてくれた。ほんとに衝撃的な出会いだろ? まさしく頭に衝撃を食らったんだ。
そこから、姉さんと共に行動することが多くなってね。いやあ、大変だった。姉さんはまさしく自由奔放という言葉が似合う人でね、いつも俺を引っ張って、いろんなことに突っ走ってた。いつも先生に怒られるのがセットだったのは御愛嬌だ。最初はこんな孤児院に居られるかって荒んでたのに、姉さんと行動するうちに楽しくなっちゃってね。毎日毎日二人でいたずらして周ったもんだ。
ちなみに姉さんがいつも言ってたことがあるんだけど聞くかい? 「いつかここを飛び出して、世界の果てを見てやるんだ!」って言ってたんだ。お前さんの言葉を聞いたときは驚いたよ。こんなとこ、めったに人なんぞ
ああ、もう着いちまったな。直ぐに用意するから、囲炉裏でちょっと待っててくれ。……よいしょ、布はこっちに置いとくから好きなのを持っていくと良い。飯も直ぐに用意しよう。今夜は鍋にしようかね。
……………………
よし、後は煮えるのを待つだけだ。…………そういや、お前さんは魔法って使えんのかい? ……ほう、そりゃ良かった。俺は全く使えんから、ちょっとでも使えるだけでも羨ましいもんだよ。それで、なんで聞いたかっていうと、姉さんも魔法を使えたんだよ。まあちっと方向性が違うかもしれんが、姉さんは自分の使ってるやつを『呪術』って呼んでた。これを孤児院の人間は怖がって姉さんに関わろうともしてなかったよ。
それで、初めてあの戦場跡に行ったのは孤児院に入ってから五年ぐらい経ったころかな。なんでも呪術で人骨を糧に呪術で自分の力に替えるとかなんかで、外に自由に出られる年齢になってからは、ほぼ毎日あそこに行ってたな。仕事の合間に子どもの体で骨を持てるだけ持って、見つからないようにこっそりと孤児院に運び込む。そしたら、姉さんの部屋に隠すんだ。夜に姉さんがそれを消費して何かやっているのを延々と眺めてた。骨が空気に溶けて、光の粒子が姉さんに吸い込まれてく。あれほど綺麗なものはもう見れないって本気で信じてたよ。
そんな毎日の中、姉さんは一つの装置を完成させた。人骨から得た力を溜め込み、その力を様々な別の力に変換できるって代物。この装置が満タンになったら、世界の果てまで行けるほどの力が溜まったということになる、って嬉しそうに語ってた。造ったときにはまだ1%も溜まってなくて長い間力を注ぐ必要があったけど、ようやく旅をができる兆しが見えた。その日は二人で少ないお金を出し合って、ごちそうを食べに行ったんだ。
……そろそろいいか。ほれ、やけどしないように気をつけてくれ。箸はこれだ。食べながら話の続きでも聞いてくれ。
それで、そんな楽しい日々をおくってきたわけだが……それは長くは続かなかった。孤児院に骨を運び込んでることがバレたんだ。俺が孤児院に入ってから十年の頃だった。結果として、姉さんは孤児院だけでなく、街からも追い出されることになった。姉さんが庇ってくれたから、俺まで出てかなくて済んだけど、離れ離れになってしまう悲しみは深かった。装置は大きくて持ち出すこともできず、姉さんの悲願も果たせない。まさに絶望だった。
数日経って、姉さんが街を出る日の最後にこっそり言われたんだ。「装置を改造して、呪術が使えなくても骨を入れるだけで、力を貯められるようにしておいた。時間がなくて装置を動かすことはできなかったけど、設計図はまとめて置いてある。私にはその力はもう使えないから、自由に使って。それと、ごめんね。」ってな。お互い泣きじゃくりながら、別れを言ったよ。最後に「またね。」と言われたのを今でも鮮明に思い出せる。
その後に装置を確認してみると、あの時言ってたように改造されていた。それだけじゃなくて、装置を移動させるための大きい台車と存在を感じさせにくくさせる装置、魔法が使えない者にも力が使えるようにする装置だったり、いろんな設計図が残されていた。姉さんの思いを無駄にしないためにも必死に頑張った。その結果、俺は街から出て、こんな辺鄙なところに家を構え、未だに人骨を拾っているっていうことだ。
――――――
「とまあ、こんな感じだ。あまり面白い話でもないだろう?」
「……いや、興味深い話だった。」
日も落ちて外には暗闇が広がる中、囲炉裏を囲み密かに会話をしている。囲炉裏に掛けられた鍋は既に空になっている。
「結局、その力を使ったのか?」
「いや、使っていない。俺はそういう役目だからな。」
「?」
男は満足げな笑みを浮かべ、少女に語りかける。
「明日も早いんだろう? 早めに寝た方が良いんじゃないのか。」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。」
「布団はそっちだ。」
聞かない方が良いのだろう。少女は何かはぐらかされたような気がしたが、そう思って言葉を飲み込み、眠りについた。
……………………
チュンチュン。小鳥のさえずりに少女は目を覚ます。屋根のあるところで寝たからだろうか。珍しく寝入ってしまったようで、寝ぼけ眼を擦っている。そこに男の姿はなかった。
「……?」
ふと、横を見ると紙切れが落ちている。手を伸ばすと、少々の言葉が書き連ねてある。手紙のようだ。
『ありがとう、これで俺の役目も終わった。家の裏手の倉庫に行ったら、そこに装置がある。魔法が使えるんだろ? その力の足しにしてほしい。俺はいつも、姉さんの夢を叶えたかったんだ。
手紙を眺めた後、ゆっくりと立ち上がり倉庫へ向かう。そこには例の装置が鎮座していたが、土に汚れ、錆つき、半ば地面に埋まっている。このような有り様でも装置はまだ機能しているようだ。
「亡者の怨念を開放して力を得ているのか。 ……? そういえばあいつも……。」
装置に手を置き、力を回収しながらも思案を続ける。装置のこの様子だと既に放置されて五十年は過ぎている。思い返してみると、家もボロボロで何回も直した跡があった。そして、男の妙な言動。少女は力を回収し終わり家を探索する。探し物は直ぐに見つかった。
「あった。……亡霊、か。」
人間の霊体化に関する研究資料。亡霊とはこの世に未練を残して、死してなお現世にしがみついている存在だ。男はどうやら姉を待ち続け、希望を捨てきれずに続きを望んだらしい。少女がここに来た時、微笑んでいたのは薄々姉が死んでいることに感づいていたからなのだろうか。一通り確認すると、少女は資料をそっと戻し、旅の用意を整え始めた。
「さよなら、ありがとう。」
そう言って、少女は旅を再開させた。力を得たことで、より世界の果てに近づいたと言えるだろう。そうして一歩一歩着実に進んでいくのだ。
そんな少女の出立を眺める影が一つ、微笑んでいた。影は満足げな表情を浮かべると、フッと掻き消えた。
そして、男は骨を拾うのを止めた。
骨を拾う男 ほんや @novel_39
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