わたしの普通
Veroki-Kika
わたしの普通
わたし、倉野日向。小学五年生。
今日、タイという国へ引っ越します。
四年生の最後に、お父さんに不思議な質問をされたのが、わたしを変えたきっかけ。
「もしもパパがどこかへ転勤ってなったら、ついてくる?」
その時、わたしは迷わずうんって答えた。
だって、家族はみんな一緒に暮らすって思ってたから。
そのとき、なんでこんな話をしたのか、わたしには全くわからなかった。
その後。色々と動き出したのは、五年生になってから。
学校から帰ってきた時のことだった。
ただいまーって帰ってくると、真剣な顔をしたお母さんがいて。
妹とわたしは、ポカンとしたままリビングに入った。
そこで、お母さんに告げられた。
タイに引っ越すって。一時帰国はあるけど、しばらく…多分わたしの高校受験まで帰って来れないってこと。
いきなりだった。そんなこと、予測もしてなかった。
そこからわたしはまず、親友の、凛とみおり、あゆかに伝えた。
これが、五月。
それを言った時、凛たちは泣いた。
わたしも泣いた。
覚悟してたはずなのに、我慢できなかったんだ。
泣いて、泣いて、それが本当なんだって、実感していった。
荷物をまとめる。
部屋のものが少なくなっていく。
捨てなければならないもの、おばあちゃんの家の押し入れに押し込まなければならないもの、タイへ持っていくもの。
それをわけて、まとめる。
おばあちゃんの押し入れに押し込めるものの中には、大好きだった漫画や、ずっと使ってたベッドもあった。
昔から持っていた人形は使わないだろうと捨てた。
そこから一学期の終わりにクラスに告げた。
小学三年生の頃から一緒のクラスだったわくとはると。
わくも、はるとも、色々な思い出もある。
ああ…。やっぱり二年も一緒だと、思い出がたっぷり出てくるな…。
最後の登校日。この学校には、もう戻ってこれない。
下駄箱も、その前にある献立表も、廊下の真ん中に引かれた緑のテープも。
この、教室も。
今日が終わったら…もう見えなくなるんだ…。
終業式が終わった。教室に戻る。
「日向がいなくなっても、五年一組の十三番はずっと日向だ」
先生がそう言って、わたしが引っ越しても、このクラスなんだって、このクラスの一人なんだってことがわかって、嬉しいような、悲しいような、そんな不思議な気持ちだった。
そうしていよいよ、今日は……わたしたち家族が、港のあるおばあちゃん家に行く日だ。
暑い、夏の日だった。
空っぽになった家を見渡す。
ずっと暮らしていた家も空っぽさに、胸が締め付けられる。
おばあちゃん家はうちから約一時間半。
みんなに会いたくても、すぐに行ける距離じゃない。
凛たちはたくさんのレターセットをくれた。
文通しようね、って。
車に乗り込む。
そうして車の中で、わたしと妹は泣いていた。
ずっと一緒だった親友との別れが、想像以上に悲しかったんだ。
でも、それと同時に、いよいよだって感じもでてきた。
それから、おばあちゃん家で過ごしたのは、感覚的にも、本当に少しだった。
五年生の夏休み。八月四日。
その日は、ジンジンとして暑かった。
わたしは、飛行機に乗り込んだ。
飛行機に乗って約六時間。タイの空港に着いたのは、夕方だった。
そこから色々と手続き。
その間にわたしは、空港内を見渡す。
初めて見るタイ文字。
日本じゃありえないほどの外国人の人々。
日本よりも、どこかきゅうくつに感じる空気。
全く聞こえない日本語。
曇っているタイの空が、わたしをより一層不安にさせた。
わたしは、田舎者だから…。建物が並んでいるのは少し…怖かった。
都会に苦手意識があったんだ。
そこでドライバーさんの車(お父さんの社用車)に乗ってこれから住むアパートまで向かったことを、覚えてる。
そこから一時間でわたしはアパートに着いた。
町を見渡しても、見慣れた日本はどこにも無い。
本当に…引っ越したんだ…。
その事実が、どんどんわたしの背中にのしかかってきた。
わたしたちの住む部屋は、日本の一軒家と同じくらいの大きさ。
そこで夜ご飯はデリバリーでハンバーガーを頼んで食べた。
初めてのデリバリー経験。
タイに来て一発目の食事にハンバーガーは、日本とは確かに違う味だったけど、美味しかった。
マンションの下には日本のものがたくさん売っているスーパー。
駐車場と直結していて、ふとしたときにすぐ行ける。
すごく便利で、日本のものを買えるという安心感がすごかった。
ついに学校の日がやってきた。
わたしはドキドキしながらランドセル…じゃなくてリュックを背負う。
一年生から使ってきたピンク色のランドセルは日本のおばあちゃんの家。
きっと…もう一生身につけることはないけれど…。一年生の頃からの大切な相棒だった。
今日からは黒いシンプルなリュック。
背中にあるのがリュックってだけで、違和感がすごい。
ここは給食じゃなくてお弁当。
パソコンと弁当が入っているから少しリュックが重い。
でもバス通学だから歩かなくていいから楽なんだ。
学校はとっても広くて、校舎もいっぱいあった。
体育館もたくさんあって、その全てが、日本と比べ物にならないくらいすごく広い。
そしてタイは一年中暑いからプールの授業もある。
教室に入ると、せっせと荷物を整理する。
このクラスの転入生はわたしを入れて五人。
男の子一人と女の子四人だ。
わたしはそのうちの二人。
最初のうちはドキドキしていたけど、わたしはだんだん、男女ともに仲良くなっていくことができた。
やっぱり、みんなと話してわかったけど、全員来た場所がバラバラ!
だから、いろんな方便とか、地元自慢とか聞けるのが新鮮だった。
そしてまさかの運動会。
実は、日本で一学期にしてきたんだよね…。
まさか一年に二回も運動会するなんて、想定外だった。
きっと人生で一度きりの体験。普通はありえないよね。
そう思って、精一杯楽しんだ。
冬休みになった。二人のクラスメイトとは、ここでお別れだ。
冬休みの間、少ない宿題を終わらせた後、年末年始のお菓子を買いに、とっても大きなスーパーへ行った。
たくさんのお菓子を買って、ジュースも買った。
そして帰りの小さなスーパーで、だいっ好きなマンゴーがとっても安く売られていたから、思わず買ったんだ。
それがすごく美味しかった。ほんのり甘くて柔らかい。
冬にもマンゴーが食べれて幸せだ…!
年末は、年越しの瞬間にすごい量の花火が上がった。
三学期が始まった。ここの三学期はすごく短い。
その期間に、一つイベントがあった。
合唱祭だ。
この学年で歌う合唱曲は、とっても好きになって、これからも覚えていたいって思った。
そして最終日。
ここで、三人のクラスメイトとはお別れだ。
出会いと別れ。それが多いのは、きっとこの学校の長所。
寂しい別れを何個も経験して、強くなるんだな…って思った。
新学年。
わたしは六年生になった。
去年と同じクラスの人は、一人だけ。
転校生は三人。
わたしは,そのうち二人と仲良くなった。
すごく明るいクラスで、いつもうるさかった。
でも、それがどこか心地よかった。
そしてすぐ。五月には修学旅行があった。
飛行機に乗って、チェンマイに行く。
小学生でまさか飛行機!
全員海外にいて、パスポートがあるからできたことだよね。
チェンマイは、少しひんやりしてて、気持ちよかった。
なんだか山も多くて、日本を思い出したよ。
一日目。
一日目は、まず街の観光。バスの中からガイドさんにチェンマイの歴史を教えてもらった。
チェンマイは、昔ミャンマーと戦争してて、その跡地だった。
次はウィズダムスクールっていうチェンマイの文化を教えているところへ行ったよ。
チェンマイの伝統的なランタンを作ったんだ。不器用だから大変だった。
夕飯を食べたら財布が返却されてナイトバザールっていうナイトマーケットへ!
班のみんなと買い物をして、バスへ戻る。
夜はみんなで集まって女子会!
先生にも話をふると照れくさそうに旦那さんのことを話してくれた。
二日目。
二日目は朝から大きいお寺を見学したんだ。
すごく高い山の上で、眺めもいいし空気もスッキリしてた。
大きくて金ピカで綺麗なお寺。
階段がめっちゃ長くて、手すりは竜の形をしていた。
昼ごはんを食べたらセラドン焼きっていうチェンマイの伝統的なお皿の絵付け体験!
暑かったけど楽しかった。
終わったらホテルに戻って学年レク。
わたしはそのマイク担当で、いろんな人にマイクを渡しに行ったよ。
すごく大変だったし顔が真っ赤になるくらい恥ずかしかったな。
そのあとはナイトサファリ!
トラムに乗って肉食エリアと草食エリアをまわったよ。
そこで隣の小山さんがまさかのホテルの夕食で出た小袋のバターを持ち込んでたの!
小山さんいわく、動物を寄せたかったから…。いや、何してんだ!?
溶けちゃうし袋から漏れちゃうしで、匂いもすごかった。
しかもバターでベトベトの手で、わたしのペットボトルを触ったの!
もー最悪だったよ…。
あれは一番の思い出かも。でも、面白かったな。
終わったら少しだけ偶然やってたライトショーを見てホテルに戻って一日目と同じ、友達の部屋でおしゃべりした。
修学旅行は、もうすぐおしまい。
三日目。
朝ごはんを食べ終わったら紙ナプキンに『Thank you』って書いてチェックアウト。
そしてタイの学校との交流会!タイ語と日本語が混ざった歌を歌って、日本の遊びとタイの遊びをしたよ。
最後にプレゼント交換をしてバスに乗ったよ。
言語が別でも、仲良くなれて嬉しかった!
レストランでお昼を食べて空港へ向かった。
そしてバンコクに着いた。
こうしてわたしたちの修学旅行は終わったんだ。
人生初の友達と、家の外…まさかは飛行機に乗って海外でのお泊まり。楽しかったな。
夏休み。
夏休み。わたしたち家族は一時帰国をしたんだ。
ずっと楽しみにしてた一時帰国。
夜間便に乗ると、狭いし寝れないしでもう大変!
弟の足がわたしを蹴ってくるし…大変だったよ…。
でも、日本についた時は、本当に泣きそうになっちゃったんだ。
悲しいんじゃないよ。とっても…とっても感動して。
キラキラと輝く青い海。青い空。木々などのたくさんの緑。懐かしいマンションとかがない街並み。
もう全部全部感動して、涙を頑張って堪えたんだ。
飛行機の中から見えるもの全てが、キラキラしていて、着陸三十分前からずっと窓の外のものを見つめた。
朝日を反射して輝く海には、ぴちゃぴちゃと跳ねる魚が見える。
緑の山。色とりどりの家。もう…本当に…。
大好きな日本だった。
そして、空港内の日本語!日本人!
日本語で、母国語で会話できるって、こんなに楽だったんだ!
そんなことにも感動した。
日本にいる間、大好きなゲームのグッツが売っているアニメショップへ行ったり、タイにはないファミレスに行ったり、おじいちゃん、おばあちゃん家に泊まったり、古本屋巡りをしたり、百円ショップにいったり、ほんっとうに楽しかった。
その時は、タイにいた時の数倍キラキラしてたんだ。
ある日。一時帰国後半。親友…凛とみおりにショッピングモールであう約束をしていた日がやってきた。
久しぶりに会えて、最初は緊張したけど、そこからどんどんワクワクしてきた。
三人で仲良くモール内を回る。
その途中で、凛が、『昔は…これが普通だったのにね』って呟いた。
そんな凛の言葉が、胸に何故かつっかえた。
ある、疑問が生まれたんだ。
普通って何?わたしにとっての普通は?って。
凛たちと別れても、ずっと考えてた。
そして最後の日。今日、タイに戻らなきゃいけない。
悲しい。帰りたくない。いやだ。
こんな思いがわたしの中でぐるぐる回ってた。
もう何が何だかわからないくらい。
それに、普通って何?っていう疑問が残ってたんだ。
親友と…日本の友達と一緒に過ごしたふつう。そして、タイで暮らしたふつう。
どっちも…今のわたしには普通としての認識があった。
でも、空港で、わたしは気がついた。
本当の答えじゃ…ないかもだけど。
一番、わたしが納得できる答え。
もしかしたら、当たり前かもしれない。でも。
そんな当たり前だけど、意外に意識してないこと…。
普通は変わるってことを。
日本にいた時は、その時の普通があって、タイにいる時は、また別の普通がある。
普通は変わるし、いくつあってもいいんだってことに気がついた。
当たり前に思えて、意識せず、言われてから気づいたり、悩んでから気づくこと。
この考えで、心に日がさしたようだった。当たり前のことかもだけど、実際には考えないとわからなかった。
そうして、わたしは胸の中にある、日本の普通の窓をパタンと閉めて、タイの普通の窓を開けたんだ。
また、必要になるときに、新しい窓を作ればいいって。
わたしは、もうスッキリして、軽い足取りで、飛行機に乗った。
どんどん離れていく、日本のキラキラとした世界。
船から見えた、飛行機から見えた、キラキラ眩しいくらいに輝いていた海。スカッと高い青空。
わたしは涙を拭いて、また来るね!と心の中で叫んだ。
そして、
六年生は二学期が過ぎて、三学期に入った。もうすぐ卒業。
ずっとドキドキしてる。
日本であったことを思い返すと、今でも寂しい。
けど、今はタイを楽しむから。そう決めたから。
今はこのクラス。この国を愛そう!って思ったんだ!
わたしはこの一年を思い返す。
初めての修学旅行。ワクワクした一時帰国。
そのひとつひとつ、忘れたくない。大切な思い出だって、今はそう思ってる。
二学期。三学期。このクラスは、毎日騒がしい。
でも、それが今の普通だから。
きっとわたしはこれからも、普通で悩むことがたっくさんある。
中学生になっても、高校生になっても、普通は増える。変わる。消える。
けど、わたしはきっと、これからも自分なりの考えで自分を支えられる。
だから、待っててね。
これからのわたしの普通たち!
卒業式まで、残り少なくなった。
わたしは一学期と今を比べる。
普通について、全く意識してなかった一学期と、意識している今。
普通について悩むこと。それは、わたしにとって、必要な経験だったんだ。
って、根拠はないのに、ずっとそう思ってる。
六総会も終わった。
今はもう卒業式練習がたっぷり。
「おはよう!」「じゃあね!」
この毎日。もうすぐ、この普通も崩れる。日本への本帰国する子。タイの現地校またはインター校への転校する子。
たくさんの仲間がいなくなる。
けどわたし、毎日卒業に向けて頑張るよ。
残りのこのメンバーで過ごせる時間を、大切にしたいから。
そしてとうとう残り三日。最近は、時が早くなったように感じる。
ついに今日、三月八日は卒業式だった。
練習通りに進む卒業式。
初めての緊張感だったよ。心臓が体を突き抜けて飛んでいきそうなぐらい。
スーツの人。制服の人。タイ衣装の人。袴の人。
たくさんの人がいた。
「倉野日向!」
「はい!」
卒業証書の個名では、いままでで一番の声を出したんだ。
卒業証書を受け取ると、胸がキュッと閉まるような気がして、本当に六年間の小学校生活が終わっちゃうんだ…って悲しみが湧いてきた。
そして、卒業式の中盤。旅立ちの言葉。
『ゴールデンシャワーが輝く時! 僕たち、私たちは卒業します!』
二人一組で決められた言葉を届ける。
そして、最後。卒業曲。
わたしたち、卒業生の声が、一つの曲となって、体育館に響いた。
もうお別れ。
教室に戻ると、机の上には、学年目標が書かれた箱があって、中は、学校名と年度が掘られたペンだった。
席に座る。
周りを見渡す。みんな泣いている。
先生も、泣いていた。わたしも泣いた。
一人一人の感謝メッセージを言う。
もう、涙は堪えられなかった。
その後は謝恩会。一次会では居酒屋にいった。
卒業式のシンとした空気とは吹き飛んで、みんなでご飯食べてワイワイしたら二次会。
二次会ではカラオケへ。
みんなで歌って楽しかったな。
これが終わったら、みんなバラバラだ。
でも、いつか、また会えたらいいな。
ある日、妹と留守番をしていると、軽く揺れたような感じがした。
びっくりしてベランダに出たら、みんな外に出ててびっくり!
慌てて外に出る。
実はミャンマーってタイに近い国で地震が!
タイで地震って初めてだからびっくり……。
でも、日本では避難するほど大きな揺れじゃないんだ。
でも、タイ人の慌てっぷりはびっくり。
なんでみんなあんなに慌ててるんだろ…って思ってたな…。
やっぱり、タイと日本では『ふつう』が違うみたい。
今回の件を通して改めて思ったんだ。
わたしは今、中学一年生だ。
タイで、今日もいつも通り学校にいく。
見上げた空は、日本と同じように、青く澄んでいた。
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