風邪の特効薬〜その2〜

 私のお母さん……お兄ちゃんと私の両親は、七年位前に事故で亡くなってしまったの。私がまだ十歳位の頃だったっけ。それから色々あったけど、私が今寮付きのハイスクールに通うことが出来ているのは、ハイスクール卒業後すぐ社会人になったお兄ちゃんのお陰。両親を亡くしたばかりの頃は、夜眠れなかったり、寂しくて急に泣き出したりしたけど、その度に優しく抱き締めてくれたり、眠りにつけるまで添い寝してくれたりした。その温もりは、今でも忘れていない。


 私はずっと、お兄ちゃんばかりに負担をかけているから、もっと、しっかりしないとね。今出来る内に、お兄ちゃんから、たくさん教えてもらわないといけない。いつもそう思っているんだ。


 普段は寮生活だけど、お兄ちゃんとは連絡をとって、非番の日に合わせて、ここに帰ってくるようにしているの。お部屋が三つあるアパートメントの一室だから、私の部屋もきちんとある。両親がいる時は一軒家に住んでいたけど、今はここが私のお家で、帰るべき場所。温かい場所。


 一緒に過ごしている時、お兄ちゃんは色々手料理を作ってくれる。休みの時位もっとゆっくりすれば良いのにと思うんだけど……今度は私が何か作ってあげようかな。


 そんなことをぼんやりと考えていると、キッチンカウンターの上に、真っ白なお皿がコトンと置かれた。そこからは、真っ白な湯気がもうもうと立ち上がっている。黄金色に輝くスープの中で、みじん切りにされた色とりどりのお野菜、チキンと黄色っぽいヌードルがひしめき合うように盛られていて、その上から、緑色に輝くパセリがたっぷりと散らしてあった。


「ジュリア。向こうの部屋でのびている、風邪を拾ってしまったヤツに、これを早く持っていってくれ。くれぐれも、あんまり長居するんじゃないぞ」

「はーい♪ 待ってました♪」


 私は向かった先の部屋の戸をノックした。普段空き部屋にしているところなんだけど、今日はお客さん・・・・がいるんだよね。お兄ちゃんが言うには「やむを得ない事情」絡みらしいの。すると、返事代わりに眠そうな、だるそうな声が部屋の中から聞こえてきた。


「タカトさーん。具合どうですか?」

「すまねぇなぁ……ジュリアちゃん。俺うっかりしてたぜ。せっかく約束していたのに、この調子じゃあ、明日一緒にお出かけ出来ねぇなぁ……」


 戸の隙間からそっと覗いてみると、布団から顔を出したタカトさんが、太い眉毛を八の字に曲げていた。おでこに冷却用シートをつけて。彼はお兄ちゃんのお仕事関係で、いつも一緒に働いている人なんだ。太陽のように明るくて、お兄ちゃんが動けない時には、代わりに私の相手をしてくれる、二番目のお兄ちゃんみたいな存在。でも、いつも元気なのに、今日はすっかり寝込んでしまっているから、まるでお葬式のように静かなの。


 今日夕方お家に帰ってきた時、正直びっくりしちゃった。お兄ちゃんが言うには、仕事の打ち合わせをしていたら、タカトさんが急に高熱で倒れてしまったんだって。病院で診てもらって、薬は貰ってきたようだけど、みていられなくて、ついお家に連れて帰ってきたと言ってた。世話焼きなお兄ちゃんらしくて、つい心の奥にぽかっと燈火がともった感じがしちゃった。しかし、珍しいわね。いつも元気で丈夫なタカトさん、普段滅多に風邪なんてひかないのに。ひょっとして、これが俗に言う〝an illness which suddenly affects a normally healthy person鬼の霍乱.〟かな?


「特製〝風邪の特効薬〟持ってきました。兄との合作だから、効果抜群かもしれませんよ!?」


 私がそう言うと、タカトさんったら、慌てて飛び起きちゃった。翡翠色の目を大きく開いて、凄く驚いているみたい。


「え!? マジ!? ジュリアちゃんも一緒に作ってくれたのか!? そいつはすんげぇ嬉しいぜ! しっかり食って、風邪なんて吹っ飛ばしてやる! ……ゲホゲホッ!!」


 先程までのへろへろ声は、一体どこへいっちゃったのだろう。


 私はつい笑いがこみ上げてきそうになって、こらえるのが大変だった。すると、その後ろから私の右肩に大きな手が置かれる感触がした。両手が軽くなったなと思ったら、いつの間にか、スープの乗ったトレーがお兄ちゃんの手の上に移動していた。お兄ちゃんたら、途中で交代する位なら、最初から自分で持っていけば良いのに。私に気を遣ってくれたのは分かるんだけど。


「タカト。早く風邪を治してもらわないと、業務に支障が出るから困る」

「ディーンわりぃ……すっかり世話んなっちまって。すまん! マジ反省してる! ゲホッ! どこかでこの埋め合わせはするから……!」

「ジュリアにうつすなよ」

「わーったわーった! これ以上迷惑かけたら、俺マジでお前に殺されちまう〜っ! ゲホッ!」

「もーお兄ちゃんたらー。いじめないであげてってばぁ。タカトさん今病人なんだからー」

「ジュリアちゃんマジ天使〜! 今度一緒にお出かけする時は、あんたが好きなもの、何でも買ってやるぜ。今回はそれで、チャラにしてくんねぇか? ゲッホゲッホ!!」


 タカトさんはそう言って、私に向かって右目でウインクしてきた。まだ顔色は悪そうだけど、先程よりちょっと良くなったのは気のせいかな? 早く良くなってね。タカトさん。お兄ちゃんはあんなこと言ってるけど、重度の心配性だから。


 ──完──

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

風邪の特効薬 蒼河颯人 @hayato_sm

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ