第4話 殺し魔②
洞穴の暗がりから、何かかが出てくる。
徐々にその輪郭をはっきりさせていくにつれて、現れたのが先ほどの4人組のうちの一人であることと、彼の体に無数の傷があることが見て取れた。
「たす……けてくれ……」
上がった息で言葉を発する彼は、装備から察するに魔法使いだろう。
おそらくパーティでも後衛に回されていたのと、装備が身軽であったことから、洞窟内での災難から逃げおおせたようだ。
「まだ、中に仲間が……苦しい……早く癒しの魔法を……」
僕の僧侶服を見て、彼は僕の足下に座り込み、縋るような視線を向けてくる。
僕はただ血に濡れた彼の顔を見て、問う。
「敵の構成は?」
「助けて……」
「今! お前に! 敵の構成を聞いている!」
僕は声を張った。
ドスを利かせた声に、足下の魔法使いは目を丸くし、慌てたように言う。
「ゴ、ゴブリンが6体……酒瓶の首みたいに狭くなった通路で襲われた……そのうち2体は革でできた武具を身に着けていて……こちらの反撃を耐えて、そのまま仲間を……ううっ……」
「敵の接近を許した原因は!」
「く、暗かった! そして酒の匂いが満ちていて奴らの体臭に気づけなかった……」
「分かりました」
僕は彼に癒しの魔法をかける。
ただし中途半端にだ。止血程度に留めた。彼の出血は止まったが、まだ彼は痛みに苛まれていることだろう。
「あ、ありがたいけれど、もう少し……」
「…………」
僕はチラリと勇者様を見る。
勇者様がコクリと頷く。僕は彼女にこの場を任せ、洞窟の入り口に近づいた。
――どうやら洞窟全体が奴らの狩場か。
――冒険者たちをおびき寄せて一斉に始末する。並みのゴブリンじゃできない。
――おそらく修羅場を相当数生き延びた手練れの個体がいる。
が、それがなんだというのだ?
僕は闇を湛える洞窟の入り口を見て不敵に笑う。
こちとら戦国大名。
死線の一つや二つ、くぐってきている。血化粧の経験を数えたら片手の指では足らないほどだ。
歴戦のゴブリンがいたところで、僕を本気にさせるだけ。
そして僕が本気で相手に戦いを挑んで仕留めそこなったのは、ただ一人だけだ。
この中に潜むゴブリンたちが、たとえどれだけ強くても。
僕の狙う相手――織田信長様ほどではあるまい。
『女神の言葉よ。広まり給え、広まり給え――
僕が洞窟の入り口で使ったのは拡散魔法。
もともとは僧侶たちが民衆に女神の愛と功徳を解くための魔法。
それを僕は攻撃に転用する。
両の手で輪を作り、輪の中に魔法の膜を作って、その膜に向けて声を放つ。
「のぉぉぉぉぉぶぅぅぅながぁぁぁさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
膜を透過した声は魔力により極限まで増幅され、地滑りのような轟きをもって洞穴に流れ込み、洞穴内の空気を揺さぶる。音という回避不能の全体攻撃が、洞窟内に強烈に作用する。
どんな叫びにすれば、自分が腹の底から声を出せるか?
自問し、自答した結果がこれだ。
主君であり標的である信長様への誓いだ。
「こぉぉぉぉのテンカイがぁぁぁぁぁ! 御首頂戴しに参りまぁぁぁぁぁぁす!」
再びの叫びを洞穴に浴びせれば、中で声にならない悲鳴のようなものが聞こえてきた――気がした。
洞窟からの悲鳴すらも、僕の魂からの絶叫が飲み込んでしまったのだ。
「まずはぁ! 景気づけにィ! ゴブリンどもからだ!」
最後の叫びを洞窟内にぶち込んで、僕は意気揚々と洞窟に入っていく。
洞窟の中にいるのは、鼓膜を破られ平衡感覚を一時的に失った小鬼ども。
地の利などもはやないも同然。
多勢に無勢という言葉など意味がない。
多勢が無様に蹂躙される現場こそ、ここだ。
この洞穴がゴブリンたちの狩り場だというのなら。
この異世界そのものが僕の狩り場なのだ。
魔王を今度こそ潰す。
その過程に魔物の死が必要であるというのなら、僕はためらわない。
明智光秀です。異世界で僧侶として転生し勇者パーティに入りましたが、なぜか女勇者様が僕に命乞いを始めました。 零余子(ファンタジア文庫より書籍発売中) @044
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