第3話 殺し魔①

『小鬼の酒蔵』

 最近になってこの近くにできた、ゴブリンたちの溜まり場と聞いている。


 端的にいえばゴブリンが住む洞穴だ。

 ゴブリンたちが付近の村々を襲い、略奪してきた品々を保管しているらしい。


 中には村々から奪われた品々があるだろう。奪い返せば金になる。

 そうでなくてもゴブリンたちは人間の脅威であるので、退治したら人々からの感謝と信頼を得られるだろう。


 名誉と実利――華と実があの洞窟には詰まっている。

 駆け出しの冒険者や勇者の目がくらむのは、ある意味で当然ともいえた。


「――だからこそ危ないと、ワタシは思う」


 僕と並びながら疾駆する勇者の美少女が言う。

 僕は結構な速度で駆けているのだが、勇者様はそんな僕のスピードに苦もなくついてきて、涼しい顔で自らの見識を語る始末。


 僕の人格や価値観は戦国の世に形作られたものなので、内心では「おなごがここまで鍛えているとは!」という驚きでいっぱいだ。


 そんな僕の胸中を知らず、美少女は語りながら駆ける。


「練熟の冒険者なら、正しい逃げ方を心得ている。戦いに十割の勝ちはなく、しかし一度の死も許されない。ならば正しい逃げ方を心得て、敗北してもせめて命は保つよう心掛ける。それができてこその冒険者であり、勇者パーティだといえる」


「そうですね」


 だいぶスピードが速い。

 僕は向かう先に集中するため視線を前に固定し、ただ意識だけを耳に宿して勇者様の言葉を聞く。


「あの四人組には逃走の心得が感じられなかった。その時点でド素人。ゴブリンの犠牲になるだけさ。うん、うまい」


「そうですn……うまい?」


 妙な言葉に、ふと隣を見てみれば。

 なんと勇者様は走りながら小ぶりのメロンを頬張っていた。

 なんだこの余裕。


「ああ失敬。メロンはワタシの好物なんだ。みずみずしく滋養に富んでいる。素敵な食べ物だと思わないかな?」


「マイペースなお方だ」


「そういうキミは随分と用心深い。今、ワタシを値踏みするような目で見たね? いきなり甜瓜メロンを食べだすような女を信用していいものか――ワタシの価値を見るような目だったよ」


「…………」


 参った。

 思ったより、僕の内心は目線に表れていたらしい。


「勘違いしないでほしいのだけど、ワタシはキミを褒めているんだよ。自分が仕えるに値する勇者かどうか……キミの無遠慮なその視線には、キミの確かな実力が感じられた。ワタシは強いのだけれど、頼られるのはどうも苦手でね。キミみたいにワタシに仕えはするが頼りはしない。そんな塩梅の供回りが欲しかったんだ」


「……ご無礼をしました。お詫びといってはなんですが、この先で僕の実力を披露させていただきます。きっと勇者様のご期待に沿えるかと」


「ふふっ、頼もしいね」


「ええ。僕はこれまで主君を裏切ったことは数あれど、期待を裏切ったことはありませんから」


 一瞬、勇者様がギョッとしたような表情になる。

 僕はフォローを入れる。


「あ、もちろん裏切りませんよ」

「そうであることを祈るよ。裏切りはワタシにとって忌むべきものでね」


 次の瞬間。

 勇者様がすごい眼力を僕に向けてくる。


「裏切ったら、キミの首を刎ねるかもしれない。それは覚えておいてね?」

「それは剣呑至極。ご勘弁いただけるよう、頑張ります」


 僕は勇者様を見ながらそう言う。

 勇者様を僕を見て、美麗な顔に不敵なほほえみを浮かべた。


「こんな豪胆な軽口を叩いてくる相手は、いつ以来だろう」

「僕たちは気が合いそうですね。実は、勇者様とは初めて会った気がしません」

「ふふっ、ワタシたちは前世では意外と近しい仲だったのかも……」


 そう言って、勇者は「しまった」という顔をする。


「すまない。女神を奉る僧侶の前で、ぶしつけだった」


 ああ、そうか。

 僕は僧侶だ。この世界の僧侶は女神信仰で、人々は死後に女神が管理する国へと迎えられると語っている。


 だから前世云々を言い出した段階で、可能性は二つ。

 異教徒か、あるいは僕と同じ転生者だ。


 繊細な話題なので、勇者様も謝罪を口にしたのだろう。

 豪胆そうに見える割に、こういった機微なことに鋭い。

 もしかして、かつて宗教がらみで嫌なことでもあったのだろうか。


 僕はあえて、勇者様の素性を探らないようにした。

 せっかく出会えた主君だ。

 打ち解けていないうちに距離の詰め方に失敗し、離散というのはつらい。

 相手の身の上については、相手が語ってくれるのを気長に待つとしよう。


 うん、コミュニケーションの方向性は定まった。

 僕は勇者に「お気になさらず」と告げる。ちなみに僕たちはまだ走ったままだ。 


「僕はそういうの、あまり気にしないクチなのです」

「ふふっ、僧侶なのに型破りだね」


 そう言いながら駆け続ける僕たちの視線の先に、洞窟の入り口が姿を現す。


「あれだね」

「そのようです」


 勇者様と僕は洞窟の前に立つ。

 息を整えるのにさほどの時間も要しない。これしきの行軍、織田家に仕えていた時の僕なら容易くやってのけた。

 走りっぱなしとはいえ、敵の妨害も兵站の心配もいらない移動など、僕にとっては笑ってしまうくらいの気軽さだ。


「さて――」


 僕は指と肩を鳴らして気構えを整えると、勇者様に向けて少し獣性混じりの笑みを向ける。


「これより僕、テンカイの戦いをご覧に入れましょう。勇者様はどうぞゆるりと見物なさってください」


「ほう、それは頼もしいね」


 勇者様も随分なお方だ。

 血の匂いがする会話にも笑みで応じてくる。胆力は申し分なし。


 こんな人に出会えるなんて、僕は運がいい。

 今度こそ魔王を倒せる人物かもしれない。

 そう思うとたまらなく嬉しくて、僕は昂揚のままにしゃべり続ける。


「ゴブリンは全てぶっ潰します。在りし日の延暦寺の如く、徹底的に」


「ん……?」


 ふと。

 勇者様が怪訝な顔をする。


「ちょっと待ってくれ。よく聞き取れなかった。キミは今、なんと……」



 その時。

 洞穴の中から悲鳴が聞こえてきた。


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