第2話 女勇者と出会う

 ひたすら暗くて、狭い場所。

 それが今の僕の居場所だ。


 猫だったら文句なしの環境だろうけれど、生憎と僕は人なので、この場所はあまり好きじゃない。


『あっ、樽じゃん』


 ふと、誰かの声がした。


『こんなところに樽?』

『なんか入ってるかもしれないだろ。開けてみようぜ』

『やめなよ。誰かのものだったらどうするの』

『そう言いつつ、お前も興味津々じゃん』


 四つの声音。男もいれば女もいる。


『これから「小鬼の酒蔵」に出向く俺たちに、何か役立つアイテムが入っているかもしれないだろ』

『私たちの初陣だもん。失敗はできないよね』


 そんな会話が聞こえてきて、そして――僕のいる暗闇に光が差した。

 解放の時間だ。僕は闇の中から飛び出した。


「待っていたよ」


「「「「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああっ⁉」」」」


 樽の中に潜んでいた僕の出現に、慌てる人影が4つ。

 重武装1,軽武装3の典型的なパーティだ。


「ひぃぃぃ、人語を解するミミックだ!」

「人の形をしたミミックよ⁉」

「人の形をしていて人語を解するなら、それはもう人間なのでは?」

「人間は樽の中に潜んで誰かを待ち構えたりしねぇんだよ!」


 四人がそれぞれ僕の存在に突っ込みを入れている。



 なぜ僕は樽の中に潜んでいたのか?

 それは僕の「主君欠乏症」がいよいよ強まったから。


 このままだと僕は通りすがりの人間になりふり構わず仕えようとする、次世代型の通り魔になり果ててしまう。

 それを恐れた僕は、自らを樽の中に封印したんだ。

 これで一般人は僕に脅かされずに済む。


 また、街の中に不自然に置かれた樽を調べようとする奴は十中八九で勇者か冒険者なので、樽の中に封印されていれば勇者と出会える。

 そう計算したわけだ。


 そして今、僕の読みは的中した。

 自分の金色の脳細胞が恐ろしく感じられる。

 僕、軍師の才能があるかもしれん。

 いや、今は一介の僧侶で十分。

 さぁ勇者様にお仕えするぞ逃がさねぇからな。


「僕は、勇者パーティに入りたいだけの僧侶だよ。そして君たちは僕と目が合った。これで縁ができたね! さぁ加入させろ!」

「そ、そそそ僧侶は私がいるんで、うちには間に合ってます!」


 僧衣を来た女の子が尻もちをつきながら主張する。

 うん、君を追い出そうって腹じゃないのさ。

 別にパーティに僧侶が二人いたっていいでしょ?


 それに、さっきの彼らの会話が少し気になった。

 これは僕がついていった方がいい気がする……あ”、逃げやがった!


「ああ、待って、待ってよォ……うう、発作が、眩暈が、脂汗が……」


 逃げ出してしまう4人組。

 僕はそれを追いかけようとするも、主君欠乏症のために調子がでず、すがるように伸ばした手で虚しく宙を掻くのみ。


「行っちゃった……大丈夫かな……」


 彼らの今後が心配だ。

 心配し過ぎかと思ったけれど、逃げる彼らの姿を見て、僕の心配は強まった。

 追わなきゃいけない。

 でも、僕の体はもう限界で――



「ふふ、心配だね」



 その時、僕の背後から涼やかな声がした。

 決して大きくはない声量。

 だけどその声音は凛としていて、どんな喧騒の場にあっても自らの存在を主張するだろう。


 振り向いて、驚いた。

 そこには百年に一度、現れるか否かという美少女の姿があったのだ。


 齢は十六、七くらいだろうか。

 黒いつややかな髪を宙に流して、その目は力強い光を湛えている。

 顔の輪郭は上質な瓜実のように滑らかに描かれ、鼻梁はよく通り、白磁のような肌はいっそ眩しいくらいだ。


「キミの考えていることは、おそらくワタシが考えていることと一緒だよ。逃げ方を見て確信を得た。彼らは素人だ」


 逃げ方。

 そう、この美少女は、僕の心にあった心配を見事に言い当てている。


「逃げる時こそ連携が大事。中級者以上の冒険者なら、誰か一人が捕まった時、別の誰かがすぐに助けられるような間合いで逃げる。蜘蛛の子を散らすように逃げるあの背中は、自分たちが駆け出しであると主張しているようなものさ」


 綺麗な声が、去っていった4人を冷静に分析している。


「そして『小鬼の酒蔵』――最近、ギルドに討伐依頼があったゴブリンたちがねぐらにしている洞穴だね。一体だけなら問題ないが、相手の領域に踏み込んで戦うとなると状況が違う。あの4人、このまま放っておいたらとんでもないことになると、ワタシは思うよ」


「そう、です……」


 だから僕がなんとかしなければいけない。

 だけど僕は主君欠乏症でもうダメで……。


「キミ、ワタシと契約する気はないかな?」


 ふと。

 美少女がそんなことを言ってくる。



「こう見えて、私も勇者なんだ。今は供回りを厳選中でワタシ一人だけだが……キミには面白い何かを感じる。どうだろう、ワタシと一緒に来るかい?」


「全力でお支えします」



 ノータイムで僕は言った。迷いはなかった。

 言葉を口にした瞬間、主君欠乏症が回復して眩暈が晴れる。


 だけど明瞭になる視界のなかに在る微笑む美少女の、あまりの美しさに眩暈がしてしまったことは内緒だ。

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