薔薇色――404

大柳未来

本編

「薔薇――404。Not found.薔薇のデータは保存されてないか」

 自身の人類のデータベースにアクセスし検索したが、目当ての情報はヒットしなかった。

「ノア、どうかしましたか」

 僕を呼ぶ声が聞こえる。コントロールルームに備わっているカメラをオンにすると、人に良く似たアンドロイドが椅子に座り、僕に向かって話しかけていた。


「やぁ、ピース。地球の様子はどうだい?」

「相変わらずです。大嵐の上、陸地の大半は海に沈んだまま。人類の住めるような状態ではありません」

「だよねぇ」


「先ほどは何か検索されていたのでは?」

「そうそう。薔薇について検索していたんだが、ヒットしなかった。僕の記憶容量の大半は人類の文化や歴史、科学技術に割かれてるだろう? どこかに保存されてたらいいなって思ったんだけどな」


「なぜ薔薇が気になるのです?」

「暇つぶしに人類が残した文献を読んでいたんだ。その文献中に『薔薇色の未来』という表現があった。明るい未来を想起させる慣用表現さ。人類には薔薇がとても素晴らしい色に思えたんだろうね。そう思うと気になってさ」


「では文化部分から薔薇の情報に当たればよろしいかと思われますが」

「それじゃ駄目さ。別に薔薇の色が何色かを文字情報としてみたいんじゃない。映像としてみたいんだ。分かるかい? この機微が」


「私はそこまで高機能に作られておりません。あくまであなたの手足として行動するアンドロイドですから。人類に対する共感能力は搭載されなかったのです」

「もういい。話を戻そう。君に命令したいことがある」


「おっと、嫌な予感がしてきました」

「この宇宙ステーション内にはあらゆる動植物の種が冷凍保存されている。もちろん、薔薇も含まれている。ステーション内には水があるし、塩分に汚染されていない土もある。言いたいことは分かるね?」


「――私に薔薇を育てろと?」

「ご明察。一輪くらい育てたって影響は軽微さ。ピース、よろしく頼むよ」


 それから、ピースはコントロールルームから離れることが多くなった。

 僕はこの宇宙ステーションの管理AIなのだけれど、カメラはコントロールルームにしかない。ステーションの目視確認や修理はピースが代わりを務めており、僕は宇宙ステーションに異常がないかセンサー類で監視をし続けるだけだ。


 ある日、コントロールルームに戻ってきたピースに僕は尋ねた。

「ピース、バラの様子はどうだい?」


 ピースは端末で文献を読みながら返事をする。

「まだ発芽すらしておりませんよ。もっと気長に待ってください」


 翌日、僕はピースにまた尋ねた。

「ピース、バラの様子はどうだい?」

「まだまだ発芽しておりません。二日程度で結果を求めてはいけませんよ」


「どれぐらい待てばいいんだい?」

「一年間待ってください」

「それは待ちくたびれるねぇ――でも、楽しみだ」


 それから僕はしょっちゅう尋ねるのは止めた。次に尋ねたのは翌月だった。

「ところでピース。薔薇の様子はどうだい?」

「苗と呼べる程度までは育ちましたよ。まだまだお待ちください」


 また翌月、僕はピースに尋ねた。

「ところでピース。薔薇の様子はどうだい?」

「病気にも罹らず、順調に育っております。まだまだお待ちください」


 翌月もそのまた翌月も、僕は尋ね続けた。

 薔薇は順調に育ち――一年が経とうとしていた。


 ※ ※ ※


 ノアが薔薇を育てろと命令を出して一年が経過しました。

 私はいつも通り、地球を観測後コントロールルームに入りノアに報告します。


「やぁ、ピース。地球の様子はどうだい?」

「相変わらずです。大嵐の上、陸地の大半は海に沈んだまま。人類の住めるような状態ではありません」

「だよねぇ」


 そこからノアは何も話しません。私も、これまで通り人類が残した文献を読み始めます。


 ノアの記憶容量は人類の文化や歴史、科学技術に割かれている。だからノアの記憶は一年でリセットされ、リセットそのものに違和感を覚えないよう設定されている。


 だからノアは薔薇のことを覚えていない。

 こうなることが分かっていたので、私は薔薇を育てませんでした。


 来たる地球の嵐が収まる日のために種を保存しているのです。勝手に植物を育てることなんて、できるわけがないですから。

 これで良いのです。


 了

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