知らないうちに結婚が決められていた話

魚崎 依知子

知らないうちに結婚が決められていた話

  「知らないうちに結婚が決められていた」といっても、許婚だったわけでもなければ夫が勝手に籍を入れていたわけでもない。でも「知らないうちに結婚が決められていた」としか言いようがない、その理由をこれから書いていこうと思う。


 ただ私は日本で一番人口の少ない鳥取県に住んでおり、真実をそのまま書くと身バレする可能性があるため、本筋以外の部分はちょくちょく設定を変えさせてもらっている。


 あと、(早々にネタを明かすが)この話に出てくる神社についてはお問い合わせいただいてもお答えできないので、併せてご了承いただきたい。


 なんとなくモキュメンタリーホラーのような始まりになってしまったが、実際に神仏の関わる話なので、人によっては少しぞっとするかもしれない。でも犯罪めいたことは出てこないので、そこだけは安心してください。


*


 まず最初に、私と夫の結婚について書いていく。


 私と夫が初めて顔を合わせたのは二十余年前、趣味を通じての出会いだった。当時私は新卒ほやほやの社会人で、趣味も始めたばかりのド素人だった。


 一方の夫は三十になるかならないかの年齢で、その趣味を昔からやり込んでかなり長けている人だった。あと、顔(と筋肉)が大変に良かった。趣味の問題はあるだろうが、私にとってはイケメンに属する顔(と筋肉)だった。


 それをさておいても、質問すると毎回的確な答えと説明を与えてくれたのと、後日夫の完璧な仕事ぶりを目の当たりにしたことで、私は惚れ込んでしまった。


 でも好きなのは私だけ……と片想いに突入したと思っていたら早々に、夫も私を気に入っていたことが判明する。私に一目惚れしていたのだ(ここは事実)。


 ※念の為に事実を挟むが、私は全くもって美人ではない(夫も「顔に惚れたわけではない」と言っている)(無礼ではある)。外見で誇れるところは手首と足首が比較的細いことくらいの、至って地味な生きものである。


 そんなわけで割とあっさりと交際を始めた私達は、結局一年ほど付き合って結婚した。以来ケンカもなく、二十余年続いている。私の忍耐のおかげで。

 ※夫は私の書くものを読まない


 とまあ、これだけ読めばどこにでもいる、ありふれた夫婦と結婚生活だ。


*


 続いて、私と「ある神社」の関わりについて書いていく。


 私には、子供の頃に遊び場にしていた神社があった。小さなところで、敷地はともかく拝殿は四畳半で十分収まるような場所だったが、子供の頃はその周りでさんざん遊び回っていた。もちろんお社を壊したりゴミを捨てたりなんてことはしなかったが、神様に失礼なこともあったのではないかと……いや、あったはずだ。厳かにすべき神社でそれが許されていたのは、子供だったからだろう。


 ただ大人になるにつれ、少しずつその神社から離れていった。自分も実家も引っ越したり進学したり結婚したりしているうちに、神社で遊ぶことはもちろん参ることすらなくなってしまっていた。


 これも別に、特に変わった話ではないだろう。同じような経験をされた方は私以外にもいらっしゃるはずだ。ただこの二つが交わると、おそらく「あまりないこと」へと発展するのである。


*


 たぶん、今から十年近く前のことだ。ある晩、変わった夢を見た。


 粗末な着物を着た幼い私は、辺り一面稲の輝く場所で遊んでいた。一緒に遊んでいたのは似たような格好をした数人の子供達と、金襴緞子のような生地の派手な衣装と白い面をつけ、白いふさふさの長い髪をした一人の大人(男性)だった。


 ただ、夕暮れが近づくにつれて子供達は一人また一人と去っていき、最後は私と彼だけになった。すると、今度は景色が納屋に変わった。周囲には稲藁がうずたかく積まれて、良い香りがする場所だった。私はそこに彼と並んでごろりと横になった。その時、彼が初めて口を開き、「私のことが、嫌いになったのか」と尋ねた。


 私は慌ててがばりと起き、迷わず「そんなことないよ! 好きだよ!」と答えた。私は彼を知らないが、夢の私は彼を知っていたのだろう。


 その瞬間、景色は暗転して真っ暗になった。そして、少し離れたところに一匹の白い動物がいて、振り向く姿で私をじっと見ていた。私がそれに気づくとゆっくり向き直り、どこかへ歩いて行った。


 そこで、目が覚めた。起きると忘れてしまう夢も多い中、この夢ははっきりと思い出せた(未だにはっきりと覚えている)。その白い動物はあの神社の眷属だし、あの派手な格好をしたのも眷属か、あるいは。


――私のことが、嫌いになったのか。


 心当たりがありすぎて、冷や汗が出た。そして私は、久し振りにあの神社へ参ることにしたのである。有給を取って。



 神社のある地区は過疎が一層進み、昼間なのに閑散としていた。実家跡地を横目に通り過ぎ、いよいよ神社へと参道を歩いていく。久しぶりに訪ねたその場所は、すっかり寂れてしまっていた。見るからに誰も参っていないのが分かって、胸が痛んだ。でも私もその一人だったのだ、誰も責められない。


 今更の不義理を詫びつつ拝殿の落ち葉を軽く払って、鈴を振ろうとすっかり色褪せた鈴緒を握った瞬間。


 鈴緒がふつりと、鈴ごと切れて落ちた。かしゃん。


 …………すーーーずーーー!!!!!!!!!!!!!!!(声に鳴らない叫び)


 一気に冷や汗が噴き出るのを感じる一方で、頭の中には「弁償」「おいくら」がぐるぐるぐるぐる回っていた。鈴緒っておいくら……!?


 とはいえ、このままにして帰るわけにはいかない。私は慌ててスマホを取り出し、震える指で神社の管轄を調べ、急いで電話をした。


 正直私が意図的にぶっちぎったと思われても仕方なかったが、大丈夫だった。申し出た弁償は辞退された上、「あとはこちらでいたしますので」と言われたらどうしようもない。


 致し方なくあとをお任せして、通話を終えた。そして切れた鈴つきの鈴緒をその場に残し、「もしかしたら私にこの電話をさせたかったのかも」と思いながら切ない気分で神社をあとにした。私の幼い頃の無礼がこれで帳消しに……(なってたらいいな)。



 その帰り道、所用を思い出して義実家へと足を運んだ。義実家には義母だけがいて、昼食を振る舞ってくれた。それを二人で食べていると、義母がふと思いついたように「そういえば」と箸を止めて私を見た。


「依知子さん、◯◯神社って知ってる? ご実家のあったところの割と近くにある、小さなお社なんだけど」


 突然切り出された話に、再び冷や汗が滲む。当然だが、その神社の話はおろか、神社についての話も神仏めいた話も一切していない。本当に突然、突然だった。


「ええ、知ってます。子供の頃はよく遊んでました」

「あら、そうなの。実は私、あそこで息子(夫)の安産祈願をしていただいたのよ」


 ……かーみーさーまーーーーーーーー!!!!!!!(声に鳴らない叫び再び)


 その時の驚きと畏れは、筆舌に尽くしがたい。


 どうしてこのタイミングで明かされたのかは未だに分からないが(もしかしたらお役目ご苦労の褒美だったのか)(神様のご褒美の考え方がよく分からない)、要はアレである。


 あの神社の神様が、たぶん私があそこで遊び回っていた頃に「◯年前に安産祈願して産まれたあそこの息子とくっつけてやろう」と縁を結んでいたのだ。そして私と夫は何も知らないままそのとおりに出会い、結婚した。


 だから、夫は一目惚れをしたのである。


*


 無神論者なら「偶然」で済ませるのだろうが、私は神仏のいない心を知らない育ちだ(神罰と仏罰が一番怖い)。とても偶然とは片付けられず、あれから折を見てはその神社へ御礼参りに出掛けている。鈴緒は応急処置を経て真新しく鮮やかな鈴緒に変えられたし、拝殿は以前よりきれいな状態だ。今は、少しは役に立てたのだろうと思っている。


 どんな風にこの話を受け止められるか分からないので少し不安だが、たぶん、私だけではない話だろう。知らされていないだけで、これを読んでいる方の指にもどこかの神様が結びつけた縁の糸が揺れているはずだ。どの縁が実るかは本人次第だが、良い実が成るよう祈っている。



 そして私は、とりあえず、これからも夫には黙っておこうと思う。




                                   (終)

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