十一月宙域の宙戦

敷知遠江守

あの日の借りを返してやれ

 地球を発った自由主義連合の艦隊は、『十一月宙域』と呼ばれる宙域に進路を取っている。


 出航に先駆けて、艦隊の総司令官はJ分艦隊の司令を執務室に呼び出した。

 執務机に深々と腰かけた総司令官は、J分艦隊の司令をじっと見つめて言った。


「先の

 すると総司令官の副官がこれが指示書ですと言って一通の封筒を差し出した。封筒を受け取ったJ分艦隊の司令は、中の指示書をその場で確認。その内容に思わず指示書を持つ手を震わせた。


「では、あの時『一秒間のノイズ』で妨害し、我が艦隊を壊滅に追い込んだ獅子身中の虫、それがこいつらだとわかったという事なのですか!」


 総司令官は無言で頷いた。J分艦隊の司令は拳をぎゅっと握りしめ、憤怒の形相を総司令官に向けた。


◇◇◇◇◇


「間もなく交戦推定宙域へと差し掛かります」


 オペレータの報告が艦橋に響き渡る。

 前方のホログラムには各艦隊とそれぞれ構成の船名が表示されている。

 中央に四隻の戦闘機母艦と同数の戦艦、六隻の軽巡航艦、十四隻の駆逐艦からなる本陣艦隊が航行。

 その両脇に戦艦二、重巡航艦二、軽巡航艦四、駆逐艦八からなるE分艦隊とI分艦隊。

 さらにその外に重巡航艦四、軽巡航艦二、駆逐艦八からなるK分艦隊とA分艦隊。

 本陣艦隊は四列縦陣、各分隊は二列縦陣の陣形で航行している。

 その後方にまるで晒し者のようにJ分艦隊が付いて来ている。その構成は軽巡航艦一、駆逐艦三という非常に寂しいもの。


 各艦は作戦計画に従い、偵察機を十一月宙域内の交戦推定宙域周辺に飛ばしている。この『十一月宙域』というのは十一月に地球が公転する宙域の事である。


 「敵艦隊見ゆ!」


 I分艦隊の索敵機から敵艦隊の詳細な場所が報告された。報告された数はこちらより数隻多い。艦影から恐らく本陣艦隊は正規部隊であるケンタウリ艦隊と思われる。分艦隊である五つの艦隊は恐らく『六月宙域の宙戦』で寝返った社会主義機構軍の者たちであろう。


「ケンタウリ軍は本陣艦隊のみか……いかにこちらが小競り合いで艦艇数を減らしているからと言っても、随分と舐められたものですね」


 総司令官の後ろに立つ副官が、報告された敵艦隊の陣容を見て吐き捨てるように言った。


「こちらの残存艦艇がもうこれだけだという事が、社会主義機構軍によって漏れてしまっているのでしょう。社会主義機構軍は我らを討って手柄を誇りたい、そんなところでしょうね」


 総司令官の隣に座った総参謀長が見解を述べて、総司令官の顔を見て指示を待った。

 総司令官は口髭を撫でながら前方のホログラムに映る情報画面を凝視している。


「そろそろフェーズゼロを発行しよう」


 総司令官が短く言うと、副官が御意と言って、通信オペレータの席に向かって行った。


 そこから間もなく本陣艦隊から四隻の戦闘機母艦が切り離された。さらに護衛艦として駆逐艦も四隻が切り離された。



 十一月宙域に自由主義連合の艦隊が入り込んだ時であった。


「敵艦載機の発艦を確認! 全てケンタウリ正規軍の艦載機と推測されます!」


 オペレータが悲鳴にも似た叫び声を発した。最初に仕掛けてきたのはケンタウリ軍であった。だが、総司令官は全く動じなかった。


「こちらも艦載機を出せ。それと全艦隊に向けた放送の準備をせよ」



 それから数分後、旗艦の艦橋に四枚のホログラムが表示された。左からK分艦隊司令、E分艦隊司令、I分艦隊司令、A分艦隊司令。それぞれ姿勢を正して敬礼している。

 総司令官はそれを見てゆっくりと椅子から立ちあがった。総司令官は四枚のホログラフに敬礼をする。


「いよいよ、地球の命運をかけた一戦を迎える事になった。敵は精強で数も多い。だが我らには母なる地球を守るという使命がある。そして地球の民としての団結がある。その士気は侵略者たちを遥かに凌いでいると感じている。戦において士気の高さは最大の武器だ」


 艦載機である人型の機動兵器が一機、また一機と旗艦を追い越し、前方の決戦場を目指して飛んで行った。


「あの日、地球軍としてケンタウリ軍との決戦に挑んだ『六月宙域での戦い』。あの時、攻撃命令が一秒間続いたノイズによってかき消え、それによって我らは攻撃のタイミングを逸し大敗を喫した」


 総司令官がそこまで言うと、左翼のK分艦隊の駆逐艦四隻が瞬時に撃沈した。


「迎撃せよ! じ、J分艦隊の裏切りだ! J分艦隊が当艦隊を攻撃している! 総司令官、迎撃許可を! 裏切者に鉄槌を!」


 K分艦隊司令が完全にパニックとなって対応を求めて来た。すぐ隣に陣取っているE分艦隊司令が何やら部下に指示を出しているのが見える。

 慌てるなと総司令官は一喝。ホログラムに映るE分艦隊司令は動きを止め、こちらを向いて敬礼した。


「あの日あのノイズを発したのはケンタウリ軍だと我らはずっと思っていた。だがそうではなかった。まさかあの時、K分艦隊がそんな事をしていたなど、夢にも思っていなかったよ」


 K分艦隊司令の顔がホログラム越しに見ても青ざめていくのがわかる。K分艦隊の駆逐艦にさらに二つのバツ印が入る。


「あの時、J分艦隊が殿しんがりを務めてくれなかったら、我らは全滅していたかもしれぬ。寝返るなら社会主義機構軍のように堂々と裏切れば良いものを、味方のふりをして、いけしゃあしゃあとスパイ活動するなど不届き千万!」


 K分艦隊司令は反論もできず、ギリギリと歯噛みし、ただただ総司令官を睨みつけている。

 またK分艦隊の駆逐艦に二つバツ印が入る。これで護衛する駆逐艦は全て撃沈した。だがここでJ分艦隊の駆逐艦にも一つバツが付いた。


「裏切者め! 獅子身中の虫め! この恥知らず共め! そのまま宇宙の塵となって消え去るが良い! 我が軍はお前たち痴れ者を成敗し、それを持って最初の功とする!」


 K分艦隊司令が母国語で罵声を叫び、ホログラムがふっと消えた。艦隊情報に表示されているK分艦隊の旗艦にバツ印は入っていないので、向こうから通信を切ってきたのだろう。


「我が艦隊も裏切者を成敗する! 全艦砲門開け!」


 ホログラムに映るE分艦隊司令が叫んだ瞬間、K分艦隊の重巡航艦二隻と軽巡航艦二隻にバツ印が付いた。これでもはや残るは重巡航艦二隻のみ。


「味方艦載機群、ドッグファイトに入りました!」


 オペレータが冷静に報告。総司令官はうむと頷く。総司令官の目は目の前のホログラムに注がれている。

 残ったK分艦隊の重巡航艦二隻にバツ印が入った。それと同時にホログラムが開き、J分艦隊司令が敬礼して現れた。どうやら旗艦に着弾したようで、背後が消火活動で慌ただしい。司令の顔も煤だらけとなっている。


「裏切者の掃討完了いたしました。当艦隊は後方に下がり、引き続き戦闘機母艦の護衛に入ります」


 実に冷静な報告であった。総司令官は口を真一文字に結んで頷いた。


「任務、ご苦労!」


 J分艦隊司令のホログラムがすっと消えた。

 総司令官は再び残り三人の分艦隊司令のホログラムを一枚一枚見て行った。


「全艦隊全速前進! これより敵艦隊との砲撃戦に入る!」

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