消息
水森 凪
第1話
さようなら
さようなら
お別れするのはつらいけれど
予感がなかったわけじゃない
天井につかえて首の折れそうなヤシの木
ヒカゲヘゴのぐるぐる
ガラスの壁を這いあがる蔦
蝶も鳥も花も木々も湿度計も温度計も
不安そうにゆらゆら揺れながら
小さな声で囁きはじめていた
誰も見ては駄目 誰も見ては駄目
誰も見ては駄目 誰も見ては駄目
月曜の午後は誰も来ない
ガラスの割れる音がする
二階に幻の売店の影
アイスクリームケースを開けてちょうだい わたしはそっと呼びかけた
あなたは木陰からひっそりと出てきて
わたしにミルクのアイスバーを差し出した
冬に生まれたちょうちょを
行き場がないから預かってと手渡したら
両手でやさしく受け取って
ぼくはもう駄目になるんだ といった
オレンジ色の蝶は 粉砂糖のように手の中で散った
ぼくは蔦を着てぼくのかたちの緑になる
もう何も怖くない
ぽたりぽたりとおちてくる
あなたの涙の雫を
エボシドリが首をかしげて受けている
緑の壁を透かして陽の光は湖の底のよう
ガラスの割れる音がする
字も読めないころからずっと
ずっとあなたが好きだった
そういったら
水の香りのするきれいなからだで
さいごにあなたはわたしを抱きしめた
あなたに抱かれて朽ち果てたかった
水滴が絶え間なく落ちてくる
あなたの中に閉じ込められて
瓶から生まれた蝶のように
途方に暮れてあなたの中をさまよいたかった
あなたにしがみついたまま
みどりいろの廃墟になるのが夢だった
鮮やかな鳥が一羽また一羽と消えてゆく
花々がしおれていく
蔦を通して最後の夕焼けを
あなたはがらんどうの目で見て
長い長い溜息をついて
それから眠りについたときいた
おやすみなさい
わたしのいとしい温室
<了>
消息 水森 凪 @nekotoyoru
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