後日譚 ③ ― 残響する。//SUMMER’S ECHO ―


 …………、


 ……、


「うん。――できた」


 ラテルベルは作業机の上にそっと工具を置き、ひとつ、呟いた。


 その姿を、丸椅子に腰かけたアンヘルヴェルトが、じっと見守っていた。


「……あぁ。いい出来だ」


 腕を組みながら、やさしく微笑み、そう言った。


 工房の窓ガラスから朝日が差し込む。

 その光が、ラテルベルの手によって完成した人形のブリキの肌を照らし、静かに煌めかせていた。


 ――それは、ただのブリキ人形ではなかった。


 造花体、ホムンクルス、カルディア――あらゆる分野の技術を参照し、研ぎ澄まされた知識と祈りの末に、形となった、世界にたったひとつしかない、特別な機械人形だった。


 身長はアルミナと同じ百七十センチ。

 人型の骨格に、騎士の鎧を思わせる精悍なデザインが施され、

 頭部は、甲冑の兜を模した構造で形づくられていた。


 そして――最後に。


 ラテルベルは、手のひらに載せていたハート型の時計を取り上げる。

 その小さな機構を、人形の胸部――“心臓”の位置にそっと嵌め込んだ。


 時計の針は、まだ止まっている。

 カチリ、と音を立てる気配もなく、ぴたりと沈黙のままだった。


 けれど、それは静かに動き出す「その時」を、

 ただ待っているかのようだった。

 

「もうすぐ、咲くかな。……ひまわり」


 窓の外を見つめながら、ラテルベルが呟く。


 その視線の先には――ローゼンシルデ・サナトリウムの向こう側、

 太陽の丘が、朝の光の中にゆっくりと広がっていた。


 八月の初旬になれば、あの丘には満開のひまわりが咲き誇り、

 一面を黄金色に染め上げる。


 夏は、やがて。ひそひそと、語りはじめるだろう。






   後日譚 ③

  ―― 残響する。//SUMMER’S ECHO ――






 7月29日。


 やりたいことリストの項目も、

 残すところ、あとわずかとなっていた。


 〈アン・キ・ゲーシェ天文台に行きたい。〉


 それは、エメラルドの願いを聞いて、

 アルミナがリストにそっと書き加えた項目だった


 その日、集まったのは――


 キロシュタイン、ノア、ラテルベル、ツキナ、

 そしてカガルノワ、エリカライト、エメラルド。

 アルミナを含めた、八人の仲間たち。


 ――


 グレンプーラ地方の最北。

 天文と魔法の街として知られる、攻究街コウキュウガイ=アン・キ・ゲーシェ。


 高い丘の上に築かれたその都市は、

 まるで精密な天体模型のように円形に設計され、

 街全体が黄金比を思わせる優美な構造をしていた。


 放射状に延びる大通りの両脇には、

 白と青を基調とした大理石造りの研究施設が並び、

 建物群は空の色と静かに調和している。


 そして、その街の中心――


 世界最大級の天体望遠鏡を備える、

 『アン・キ・ゲーシェ天文台』が鎮座していた。


 天文台を中心に、土星の環のように広がる草原。

 まるでドーナツホールのように街の中央にぽっかりと空いたその緑の円は、

 完璧な静けさと対称性を湛え、今にもゆっくりと回転しそうだった。


 その草原の真ん中で――

 八人の仲間たちは、夜空を見上げていた。


 今にもこぼれ落ちそうなほどに広がる星々。

 宇宙の深淵に浮かぶ幾千もの光が、静寂のなかで、そっと瞬いていた。



 ◇



「みんなー、撮るよー!!」


 ノアが三脚にカメラをセットしながら、元気いっぱいに声を上げた。


「こっちこっち。アルミナは真ん中だからね!」


「ちょっと押さないでぇ〜」


 エリカライトがアルミナの車椅子を押しながら、草原を少し早足で進んでいく。

 その様子を、カガルノワはじっと黙って見つめていた。


 すると、背後から――

 ラテルベルとエメラルドが、ぱしっと背中を軽く叩く。


「な、なによ。二人して……」


 カガルノワはむすっとしながらも、頬を少し膨らませてつぶやいた。


「カガルノワは、アルミナのとなり。だよね?」


「うん、僕もラテルベルの意見に賛成だよ」


 ラテルベルとエメラルドが顔を見合わせ、同時に頷く。


 カガルノワはツンとそっぽを向きながらも、

 「……わかったわよ」と小さく呟いて、アルミナの隣に歩み寄っていった。


 その様子を、キロシュタインとツキナが少し離れた場所から見守っていた。


「仲いいわね。ちょっと羨ましいかも」


「……キロシュタインさんも、真ん中に行かないんですか?」


「わたしは遠慮するわ。あまり目立ちたくはないし」


 そう言って、キロシュタインは少しだけ端へと下がる。

 そのとき、カメラをセットし終えたノアが駆け寄ってきた。


「よ〜し! みんな、ポーズ!!」


 そうして――

 ノアの掛け声とともに、シャッター音が響いた。




 ――――、残響する。



 ――、











 8月1日。


 病室の窓から外を見やると、ひまわりが咲き誇り、

 黄金色に染まった太陽の丘が広がっていた。


 アルミナはその景色を眺めながら、ぽつりと呟く。


「楽しかったなぁ……」


 ベッドの傍らに置かれた小さなテーブルには、彼が「やりたいことリスト」を書き留めたノートが置かれている。――ページを開けば、そこに書かれたすべての「やりたいこと」に、丁寧なチェックマークが記されていた。


 そのとき、ノートの間から一枚の写真がひらひらと落ちる。


 アルミナはそれを拾い上げ、静かに笑みを浮かべた。


 広がるのは、満天の星空の下。


 そこには――


 キロシュタイン、ノア、ラテルベル、ツキナ。

 そして、カガルノワとエリカライト。エメラルド、

 そして自分が、光の粒がこぼれるように散った星空の下、

 肩を寄せ合い、笑っていた。


 太陽の丘。ひまわりの奥で、風がそっと吹いた。

 季節は、まだ、夏のままだった――。




 ――――、残響する。



 ――、











 8月5日。

 

 千塔街=ブルクサンガ。

 ひまわりが咲き誇る太陽の丘にて、ブリキの身体をカラカラと鳴らしながら歩く、一体の機械人形の姿があった。


 その胸には、ハート型の時計が埋め込まれている。

 チクタク、チクタク――静かな音を刻みながら、彼は丘の上を歩いていた。


 そこへ、一人の少女が近づいてくる。


 カガルノワ。


「はじめまして」


 彼女は機械人形にそう声をかけ、

 まるで昔から知っていたかのように、右手を差し出した。

 その手はまるで、「一緒に行きませんか」と語りかけるようだった。


 機械人形は一瞬だけ迷いながらも、そっと、その手を握り返す。


 そして、口を開いた。


「はじめまして。ボクはアルミナと言います」


「……そう。アルミナね。よろしく」


「よろしくお願いします」

「……あなたの名前も、教えてもらっていいですか?」


「私は、カガルノワよ」


「カガルノワ、さん。ですね」

「ボクはこれから、この広い世界に旅立ちます」

「あなたは、ボクと一緒に来てくれるのですか?」


「――いいえ。違うわ、アルミナ」

「あなたが、私と一緒に来るのよ」


 カガルノワはそう言って、機械人形――アルミナの手を取った。


 その瞬間――


 アルミナの心臓リンネホープが、跳ねるように脈打った。


 夏風が吹き抜ける。

 ひまわりが揺れ、太陽が丘をやさしく照らす。



 夏が、残響する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Orde Qiska//オルデキスカ ー 太陽の双子と悪魔のワルツー 或火譚/アルカタン @himeg

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画