最終話 光る「虹」の下、「緑の園」で彼女と僕は
飲食スペースのシステムはまだ生きていて、メニューらしいカラーグラデーションの帯が表示されたカウンター上の画面をタッチすると、料理の皿が載ったトレーがちゃんとコンベヤーで運ばれてきた。無料サービスらしいのは幸いだった。
「合成食品のようですが、成分には問題ありません。お召し上がりになられても、大丈夫です」
と「毒味」して成分を分析してくれたレイのスプーンを借りて、私もそのキッシュ状の物体をすくって食べてみた。
卵とトーフの中間みたいなタンパク質系の味に思えたが、どうも薄味で物足りなかった。調査艇に山ほど積んである、
これなら、長期間の滞在も可能だろう。
低反発系素材の寝床が二つ並んだ宿泊施設の居住空間は、地球のホテルに良く似ていた。ブランケットさえ持ってくれば、調査艇内の寝棚よりもよほど快適に過ごせそうだ。
「こちらに、調査拠点を移すというのはどうだろう?」
寝床の一つに横たわってみながら、僕は彼女にそう聞いてみた。
「より優れた環境に居住することで、調査の効率は改善される、と思われます」
そう答えるレイは、なぜか僕の目を見ようとしなかった。
「賛成なのですが……その場合は
「そうだね、君はいつでも僕のそばにいてくれないと困るな」
レイは重要なパートナーだ。司令部からの重要な緊急連絡も、全て彼女を通じて入ってくるのだから。
ところが、僕の言葉を聞いたレイは、うつむいて背を向けると、黙り込んでしまった。
しまった、と僕は慌てて飛び起きた。女性を相手に、同じ部屋にずっといろとか、とんでもないことを言ってしまったのではないか。いや、彼女は機械ではないか。しかし、だからと言って、その気持ちを無視するような発言は、人として許されないのではないか。
人と機械と、何が何だか分からなくなって、混乱に陥ってしまった僕は、鋭い
その音は、レイの胸部に内蔵されたホロコミュニケータから発せられていた。
「司令部からの、時限メッセージが開封されました。重要度、
冷静なプロの顔に戻ったレイがそう告げた。時限メッセージ? ということは、恐らくは調査出発前にはすでに作成されていたはずだ。
ほら、やっぱりこういう重要連絡があるんだから、とか思いながら、僕はホロメッセージの再生を指示した。
空中に姿を現したのは、上官である調査第6部長だった。
「このメッセージをダライアス君が見ているということは、無事に『人工物』に到着したということだろう。まずは、ご苦労だった」
出発当時のままの姿をした部長は、そう言って重々しくうなずいた。
「これから私が伝えることは、あくまで最重要要請であり、命令ではない。受け入れるかどうか、君にも選択権がないわけではない」
嫌な雲行きだった。映像を投影しているレイも、どこか不安げな顔になっている。
「実のところβ‐112は、
いつやってくるかも分からない本隊を、こんな太陽系の最果てで、たった一人でひたすら待てという「要請」。
出発前から、こんなことが予定されていたというのだ。恐らく連中は、この「
ひどい話だが、あくまで「要請」であるならば、私には拒絶する権利がある。
「レイ、司令部にコヒーレント通信を頼む。『要請』に回答する」
彼女の顔が、はっきりと不安に曇った。彼女こそ、私と運命を共にせざるを得ないのだから。
「調査第6部長、アルカノイド大佐へ。要請のあった、調6発209912号について、受諾する。署名、ダライアス・ネオ准尉」
地球圏に帰りたいなどとは、全く思わなかった。ずっとここにいることになっても、少しも構わない。連中の思惑など、僕には関係ない。
「……済まないね、レイ。君にもつきあってもらうことになるけれど」
「はい。
控えめな小声でそういって、彼女は僕の顔を見あげた。明るく華やいだ、幸せそうな表情をして。たとえその瞳の輝きが、メカニカルな機構によって作り出されたものだとしても、その向こう側には人と同じ心があるに違いない。僕にはそう信じることができた。
きっと僕は、もう一人きりではない。
部屋の外にあるバルコニーに出て、気持ちの良い風を浴びながら、眼下に広がる風景を眺めた。隣には、レイが寄り添うように立っている。この「緑の園」は今、僕と彼女との二人きりの世界だった。頭上の「虹」が、そんな僕たちを見守るように、歓迎の言葉を柔らかく光らせていた。
そう、これでいいのだ。たとえ全てがあらかじめ仕組まれていたことなのだとしても、構わない。探査隊の本隊など、来なければいい。
ここを作った、誰だか分らぬ彼らに、僕は心からお礼を言いたかった。
この太陽系の果てで、僕はついに自分の居るべき場所を見つけることができたのだった。
(了)
太陽系の遠い最果て、彼女と僕と「緑の園」で(完結・全5話) 天野橋立 @hashidateamano
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