第4話 「人工物」の正体、暖かい手のひら

 二人で調査艇を降りて、「人工物アーティフィシャル」内部の探査を始めた。目指すは、目の前にそびえ立つ「お城」だ。

 歩き始めた地面では、地球上とほとんど変わらない0.98Gの人工重力が発生していて、満たされた空気の組成も極めて地球上に近かった。この物体を作った人々は、驚くほど我々人類に似ていたらしい。

 それらの点は、他の「人工物」の調査でも判明していたことだった。ただ、この場所の様相は、過去に発見された「人工物」内部のメカニカルに無機的な様子とはあまりにも異なっていた。

 今や地球上でも保護地区でしか見られない、こんな緑豊かな大地のような空間は、全く前例がない。


 しかし、レイに解析してもらうまでもなく、「緑豊か」なのがあくまで見ためだけのことなのは、歩きだしてすぐに分かった。

 周囲に広がる自然は、全て無機的な物体で、我々が考えるところの「生命」ではなかった。それらはいわば「作り物」であって、樹も花もみんな、分子量の極めて多い高分子化合物、つまりはプラスチック様の物質で組成されていた。

 柵に囲まれた広場をのろのろと歩く、馬に似た四足歩行の動物も、アクチュエータによって作動するロボットなのだった。


「わたしのお友達ですね、この子たち」

 レイは目を細めて、馬っぽいロボットの首筋をなで、乙女のようにその顔に頬を寄せた。

 果たして、これが彼らの文明における「生命」であるのか、それともやはり疑似的な作り物であるのか。

 徹底的な分析は必要と思われるが、とにかく大発見なのは間違いなかった。


 二人で「お城」に向かって歩くうち、このドーム状空間の天井である「青空」に、地球の虹にも似た淡い光のアーチが出現した。虹と大きく違うのは、その光の色がスペクトルの7色の順番で固定されているわけではなく、赤から青の間でランダムに変化し続けているという点だった。


「素敵ですね……」

 と空を見上げるレイの姿を見ているうちに、僕は重要なことを思い出した。

「レイ、これは彼らのスペクトラム言語だよ。翻訳は可能かな?」

 そう、彼らの文明においては、色の変化パターンが言語として用いられていることが判明していた。一部の単語は、すでに翻訳されてもいる。


「本当ですね! とってもきれいで、見とれてしまいました。すぐに解析をしてみます」

 レイは目を閉じて、データ解析のための機能制限モードに入った。その姿に、またしても僕は不安に陥る。ごくまれに、過負荷によって機能復旧に失敗することがあると聞いていた。

 しかし、長い数十秒の後に、彼女は瞳を開いてくれた。

「解析できました。『我は喜んで迎える』『主題の園』と書かれています」

 なるほど、少なくとも我々は、招かれざる客というわけではないらしい。「主題の園」というのは深い意味が想像される言葉で、さまざまな解釈ができそうだったが。


 僕たちを歓迎しているらしい「虹」の下、僕とレイは「お城」へ向かって歩き続けた。

 ゆっくりと色を変え続ける道端のお花や、ウサギに似た長い耳を持つ小動物タイプのロボット、蝶のようにひらひらと舞うフィルム状の物体などに遭遇する度に、彼女はそれらの様子を注意深く観察していた。

 もちろん、データの収集と解析を行っているはずなのだが、その姿はまるで、自然と触れ合う少女そのものだった。赤いヒールを模して整形された小さな足先や、スカートのように広がる腰部のプロテクター、セーラーカラーのような肩部の青いラインなど、見れば見るほど可愛らしく思えてくる。


 実のところ、僕は内心で頭を抱えていた。どう考えても自分は冷静さを失っている。これではまるで、遊園地でデートするカップル気分ではないか。

「あっ」

 思わず、僕は声を上げた。「主題の園」、つまりは「テーマパーク」ではないか。ここは恐らく、彼らの遊園地だったのだ。他の「人工物アーティフィシャル」と全く様子が違うのは、そのためなのだ。

「すごい、大発見ですね! さすがはダライアス艇長キャプテンです!」

 瞳を輝かせたレイは、僕の手を取って喜んでくれた。彼女の手のひらには、命があるとしか思えない、優しい暖かさがあった。


「お城」の中には、カフェテリア形式と思われる飲食スペースや、ロボットたちのミニチュアが並んだ、グッズの売店と思われる場所、そして宿泊施設らしき居住空間があった。

「遊園地」だと分かってしまえば、それらの場所が持つ意味の判断も簡単なのだった。

 それにしても、これだけの巨大な構造物を宇宙空間に構築してまで造り上げた「緑の園」は、彼らにとって一体どんな意味を持っていたのだろうか?

 国連宇宙軍UNSAが建造を計画していると噂されている、新型の巨大宇宙リゾート艦のような、宇宙に暮らす人々のオアシスとしての役割があったのかもしれなかった。


(最終話 「光る『虹』の下、『緑の園』で彼女と僕は」に続く)

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