不良探偵
@Yahama_Rei
第1話 キッカケ
日々はまるで白昼夢のように、
霧のような薄明かりの中でぼんやりと動いている。
陽が沈んでも静らぬ喧騒に苛立ち、街ゆく人々に背を向ける。
路地裏に漂うタバコの煙や遠くで響く車のエンジン音が、夜の静けさに溶け込んでいた。
俺は事務所の椅子に腰掛け、煙草の煙を天井に向かって吐き出した。
事務所の中は薄暗く、わずかに青白い光が電灯から漏れ出ている。
デスクの上に散乱した書類、使い古されたカップには冷めたコーヒーが残っている。
─ふと四畳半にドアのノックが響く。
その音が静かな夜の中で、まるで鼓動のように響き渡る。
酷く年季の入った扉が軋みながら開かれると、
入ってきたのはスーツを着た中年の男だった。
眼鏡をかけ、背筋の曲がったその男は、
どこか緊張した面持ちで神崎を見つめている。
「お前が神崎 徹(かんざき とおる)か?」
神崎は煙草を灰皿に押しつけ、無表情で男を見返す。「そうだが、何か用か?」
男は束の間の沈黙の後、机の上に札束を置いた。
神崎の目がわずかに鋭くなる。
「何の用だ」
俺は短く言った。
「実は、妻が失踪したんです。」
男は目を伏せながら言った。
「俺には関係ないな」
俺は立ち上がり、男の顔を覗き込む。
「妻が最後に通った店があるんです。''ジンジャーレッド''というバーです。」
男は震える声で続けた。
─俺の記憶の片隅で、その店の名前が引っかかる。
過去に足を運んだことがある店だ。
男は必死に言葉を繰り返した。
「どうか、お願いします。妻の行方を…。」
ジャケットを羽織り金を数えると、男へ冷たい視線へ向け言葉を遮る。
「これじゃ足りねぇ、あと100万だ。金置いて帰れ。」
神崎は夜の闇を背にして、事務所のドアを閉めた。
街灯の下で長い影を落としながら、
ジンジャーレッドへと向かって歩き出す。
足音だけが、夜の静寂を破る。
ジンジャーレッドは、街の外れにひっそりと佇むバーだ。
看板もなく、まるで隠れ家のようなその店は
昼間はただの古びた建物に見える。
神崎は、その扉を押し開けた。
店内は薄暗く、カウンターの上にはボトルが並び、ホコリの被ったレコードから流れるジャズが店内を包み込んでいる。
数人の客が静かに酒を飲んでいる中、バーテンダーが黙々とグラスを磨いている。
その中に、ひときわ目立つ女性が座っていた。
彼女に見覚えがあった。
─ジンジャーレッドのマダム。
この店のオーナーであり、神崎が数年前に関わった事件の関係者だ。
神崎はその女性に近づき、冷徹な目で彼女を見つめた。
「お前、ここで何か隠しているだろう。」
女性は一瞬目を丸くし、すぐに表情を引き締めた。「あなた、神崎 徹…。」
「そうだ。」
神崎はゆっくりと椅子に腰掛け、冷静に言った。
「数日前に失踪した女に心当たりはないか?」
女性はしばらく黙っていたが、やがて酒に焼けた低い声で言った。
「知ってる訳ないでしょう。」
突き放すようなその言葉の裏には何故か怯えを感じさせるような雰囲気が漂っていた。
不良探偵 @Yahama_Rei
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