【短編】帰る

三坂鳴

第1話

巣鴨の商店街に朝日が差し込むと同時に、天空の彼方でピンク色の閃光がポンと弾けた。

買い物帰りの老婆たちがびっくりして足を止めると、まるでイカの触腕のような銀色の宇宙船がそっと姿を現し、巣鴨地蔵通りのビル屋上へ着陸してしまった。

船体からは緑色の煙がゆらゆらと立ち上り、見るからに危険そうな音がゴゴゴと響いている。


「長い旅路で尻が痛え。やっぱり我々のふるさと、巣鴨はいいねえ」

宇宙船のハッチを押し開けて現れたのは、顔面に大きな突起が三つ並んだ異星人マスオ。

頭にはカタカナで「スガモ」と書かれた帽子をかぶっている。

やがて彼の後ろから次々に仲間が降りてくるが、皆そろいもそろって妙に渋い腹巻と下駄を履いている。


「おい、マスオ。とげ抜き地蔵はまだあるんだろうな。拝みに来たんだからな」

そう言って青いタオルを首に巻いた異星人カツラオが、すぐ近くの地蔵通りをじっと見やる。

どうやら人間の文明が築かれるはるか百万年前、彼らはすでにこの巣鴨の地に降り立っていたというのだ。

昔からとげ抜き地蔵を神様とあがめ、細々と参拝しては宇宙に帰るという不思議な習慣を持っていたらしい。


とはいえ今の時代、巣鴨の商店街はおばあちゃんの原宿と言われる場所だ。

いきなり屋上に降りてきた宇宙船など、誰も想像しない。

ビルの下ではお店の人や買い物客が、驚いてカートや杖を放り出しながら、口をぱくぱくさせている。


そこへ、お茶を配達していた若い店員が恐る恐る声をかけた。

「えっと、あの…あなた方、宇宙人、ですか」

するとマスオは帽子を取り、三つの突起をぺこりと曲げて答える。

「そうとも言う。われらスガモ星人だ。百万年ぶりに帰省してきたわけだが、ここではまだ地蔵様は健在かね」


店員は聞かれたことの意味がよくわからず、とりあえず地蔵通りの方向を指し示す。

「そ、そこにあります。まあ、観光名所なんで…」

マスオたちは猛烈なスピードでビルの階段を駆け下り、商店街の通りにワラワラ雪崩れ込んだ。


「待ってくれ。やっぱりここは最高だ。昔ながらの赤パンツが並んでるじゃないか」

カツラオが店先の真っ赤な下着を手に取ると、その場で十着ほど抱えてご満悦の様子だ。

さらに近くの露店では、おばあちゃん達が漬物を無料試食させているのを見つけ、星人たちは歓喜の声をあげながらバクバク食べ始める。


「うめえぞこれ。こっちの沢庵もいい。百万年前もこんな感じで漬けてたのか?」

問われた店主はどぎまぎしながら、「え、たぶんもっと新しい技術ですよ」と返事をする。

だが異星人たちは聞いちゃいない。

次々に試食を平らげては、さらに奥へと進んでいく。


その先に見えるのが、今日の目的地であるとげ抜き地蔵だ。

古めかしい門をくぐると、頭にタオルを巻いた地元の人達が熱心に地蔵を洗い清めている。

マスオは勢いよく地蔵に抱きつこうとしたが、周囲の制止により、なんとかしゃがんで拝む姿勢になった。


「うう…戻ってきたぞ、とげ抜き地蔵様。われらをいつも見守ってくれて感謝だ」

その声に合わせて、カツラオ以下大勢のスガモ星人がずらりと並び、地蔵に向かって一斉に拝み始める。

さっき漬物を散々食べたせいか、妙にしょっぱそうな顔をしている。


そこへ突然、商店街の放送スピーカーから妙な音が流れ始めた。

宇宙船が屋上に着陸した影響なのか、雑音混じりに「ピーヒョロロ」と奇妙なリズムが繰り返される。

気づけば巣鴨中の鳩がその音に反応して、地蔵通りへ急降下してきた。


「うお、鳩がなんかすごい勢いで来るぞ。これが数万羽とか集まったらただの災害じゃないか」

マスオが身を縮める間もなく、地蔵を囲む小さな広場に無数の鳩が押し寄せ、羽ばたきの風圧でほこりが舞い上がる。

あちこちで「バサバサ」「ポッポー」という大合唱が起き、通りは一気に白い羽根と鳩の乱舞で埋まっていく。


異星人たちは必死に鳩を払いのけようとするが、三本の突起に鳩がとまってくるもんだから大混乱だ。

「ちょ、ちょっと、鳩さん。われわれはただの帰省客であって、君らの餌じゃないんだ」

マスオが悲鳴を上げると、カツラオが地蔵様の横にあった柄杓で水をばしゃーっと鳩にかける。


その瞬間、何かのスイッチが入ったかのように鳩たちが猛反撃を開始し、無数のクチバシが異星人たちの腹巻や下駄をつつき始める。

商店街の人々もその激しい攻防に巻き込まれ、「ぎゃー」とか「やめてくれー」と叫んで逃げ回る。

地蔵通りは一瞬にして、ハトと宇宙人の世紀の大乱戦となってしまった。


すると、ビル屋上に着陸していた宇宙船が突然光り始める。

どうやら時間切れなのか、船が自動的にワープしてしまう準備をしているようだ。

マスオとカツラオは鳩に追われながら、その様子をビクビク眺めた。


「あ、あれ。船が勝手に帰っちゃうぞ。こうなったら急いで戻らないと取り残される」

カツラオが必死に通りを駆け抜けようとするも、鳩の壁が厚すぎてまったく前に進めない。

マスオは一計を案じたのか、懐から小さな石を取り出した。

それはスガモ星人が秘宝と呼ぶ「御利益石」だ。


「これで鳩を鎮められるかもしれん。とげ抜き地蔵のパワーを借りるぞ」

石を掲げたマスオの額が淡い光を放ち、やがて地蔵から優しげな光が差し込む。

するとどうしたことか、あれほど荒ぶっていた鳩たちがピタリと動きを止め、ちょこんと座るように地面に降り立った。


「よし、今のうちに行け。船が消える前に急げ」

カツラオはマスオの肩を支えながら、足早に商店街を突っ切ってビルへ向かう。

石畳には鳩の羽が散乱し、あちこちに漬物が落ちている。

周囲の人間たちも、ただ呆然と彼らの行方を見送るしかない。


どうにかビルの屋上へたどり着くと、宇宙船はベコベコ鳴りながら残り数秒でワープする態勢だ。

その船体の一部には巣鴨のガイドマップが引っかかっていて、まるで旗のようにひらひら揺れている。


「スガモよ、われらはまた帰ってくるぞ。とげ抜き地蔵様、ありがたや」

マスオたちがバタバタと船に乗り込むと、凄まじい閃光とともに船体が消滅した。

ビル屋上にはドロリと溶けた漬物の匂いと、ぽつんと取り残されたガイドマップが風にゆらめいている。


下を見下ろすと、地蔵通りにはまだ鳩の羽が舞い散り、店主たちがゲホゲホせき込んでいる。

でも大騒ぎの割に、誰も本格的にケガはしていないようだ。

それどころか地蔵様はいつも通りの表情で、だれかの帰りをまた待っているようにも見えた。


それが、百万年の時を超えて帰省したスガモ星人たちのドタバタ顛末だった。

ふるさとへ帰るとは、こういうことなのかもしれない。

またいつの日か、彼らがワープの果てに「ただいま」と言いに来るのだろう。

その時はまた、鳩と漬物と地蔵を巻き込んで、一層大騒ぎになるに違いない。


帰る。

その一言には、伝説よりも奇妙な物語が、いつも詰まっているらしい。

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【短編】帰る 三坂鳴 @strapyoung

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