Affection

月宮 奏

Affection


「ごめん、無理」


 意を決し、私の想い人に気持ちを伝えたが、彼から返ってきたのは、たったの無情な五文字だった。

 どうせ同じ五文字なら「僕も好き」とか「同じだよ」とか、えーっと、「よろしくね」とか、他にも、なんかそういうポジティブな感じの答えが良かった。


 正直なところ、OKを貰えるのではと思っていた私は、思わず声が裏返り「へえっ」という間抜けな声を発した後、餌に群がる魚の様に口をぱくぱくしていた。声が出ない。喉の奥と胸が締め付けられる様に痛み、胃液が逆流するかの様な気持ちの悪さを感じる。


「本当ごめんだけど、じゃあ」


 そう言い、机の上に置かれていたカバンと、椅子にかけていたコートを手に取った彼は、部活動が休みで、二人きりだった文芸部の部室を、足早に後にした。


 一人取り残された私は、ただただ唖然としていた。そして、一人で色々考え様とするものの、考えも纏まらず、頭の中には得体の知れないものがぐるぐると渦巻いている様だ。

 不思議と涙は出てこないが、まるで海の中に沈められたかの様に、息ができない。酸素が脳に供給されず、このまま死んでしまうんじゃないかと思った。


 しかし、突然勢いよくドアの開く音がし、騒がしい足音が近付いてくるかと思ったら、いきなり背後から、思い切り抱きつかれた。衝撃でブハッと口から大量の二酸化炭素を吐き出す。苦しさから、目は涙目になる。

 このまま死ぬんじゃないか、とすら思っていた私を救い出したのは、「みゃこ」こと「榊美耶子」だった。


 彼女は抱きつくのを止めると、私の両肩を美しく細い指がついた両手で掴み、ジッと私の顔を覗き込んできた。私も、身長が170センチ近い(15センチ以上、私より高い)彼女の顔を、見上げ、彼女の両目を見つめ返す。西陽に照らされた彼女の茶髪気味のショートヘアはキラキラと輝く様で、その長いまつ毛の大きな瞳で見つめられると、女の私でも思わず照れてしまう様な美しさを感じる。


「ダメだったか、チコ?」


 彼女は、私「チコ」こと「千賀智子」にそう問いかける。私は振られてしまった衝撃よりも、今まさに命の灯火が消えてしまうのでは、という恐怖からの解放の安堵が勝ってしまい、思わずみゃこに抱きつき返す。


「ちょ、どしたん?」


 私の頭を右手で優しく撫でながら、みゃこが言う。


「そっか、フラれたか。伊藤のやつとすれ違ったからさ、ありゃ、ダメだったかなとは思ったんよね。よしよし、つらかろう」


 やや芝居がかった調子でみゃこが続ける。おそらく私を励まそうと、わざとらしく明るい調子でいるのだろう。


「みゃこ、ありがとう。私死ぬかもしれんかった」


 私が目に涙を浮かべながらそういうと、みゃこは「えっ」と驚きの声を上げながら怒り出す。


「伊藤のやつ……やっとくか?」


ドスの効いた声でみゃこが尋ねてくる。


「やらんでいい、やらんで」


 みゃこを引き剥がすと、両掌を彼女の顔の前に向け、制止する。本当に何かやってしまいそうなのだ、みゃこは。


「そ、そういうんじゃ……フラれたから死にそうとかじゃなくて、さ。わ、私なんかショックで動転して……まさかフラれるって思ってなくて。なんか、こう息ができなくなっちゃって……過呼吸、ってやつなのかな」


 捲し立てる様に弁解しながら、おかしいな何でだろなと自問自答する私に、みゃこは吹き出す。


「チコ……あーんた、変なところ、自信満々なのな」


 そう言い、カラカラと笑い出し、私の顔の両サイドについているおさげ髪を、左右の手でつまみ、ぴょこぴょこと上下に動かす。

私は体温が急上昇するのを感じる。おそらく顔も真っ赤になっていることだろう。


「えっ、へっ、変かなっ?!」


 思わず再び声が裏返る、私。


「だ、だってさ。この前もその前も……何回か二人で遊んでくれたんだよ。わ、私、クリスマスのプレゼント用に、マフラーまで編んでたのに」


 私はマフラーを編むジェスチャーをしながら、そう言うと、みゃこはフハッと息を吐き出し、私の髪からは手を離し、仰け反り、笑いながら言う。


「いやぁ、色々突っ走り過ぎやしないか、チコちゃん」


 そして、右目からこぼれかけた涙を拭いながら続ける。


「て、手編みのマフラーって。私、色恋沙汰にはさ、興味ないし、わからん方だけど……それは先走り過ぎじゃないの」


 頭の中に「ガーン」という効果音が流れる様な衝撃が、私を貫く。既に私の心はボコボコで、体はポカポカだ。顔から火が出るってのはこう言う時なのかな、などと考えてしまう。


「で、でも本に書いてあった!手編みのマフラーで意中の人を振り向かせようって!」


 私は反論を試みようと、大きな声でそう叫んだが、みゃこは笑うのを止め、大きな目をさらに大きく丸くし、じっとこちらを見る。


「そんな大きな声出せるんだ。初めて聞いたかも」

わざとらしく驚いたように、みゃこが言う。


 私は恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆った。


「あー、もう訳わからん!なんなん、伊藤!!」


 私は思わず好き「だった」人の名前を呼び捨てにした。初めて。

 あはは、とまた大きな声で笑い出す、みゃこ。


「そもそもさ、何がそんなに良かったん、伊藤の。あいつ別に格好良くもないだろ。もしや、部活とか委員会の仕事で優しくされたから、とか?」


 ほぼほぼ正解、だ。私と彼は同じ文芸部であり、図書委員だった。


「えっ、まさか図星か?」


 おそらく顔に出ていたのだろう。そこでまた、顔が熱くなるのを感じる。


「いや、それだけじゃないよ!きっかけは、そうかも……だけど」


 両手を前に突き出し、手のひらを左右に振り、否定を示す。


「じゃあ、具体的には、どういう?」


 みゃこはその大きな瞳を見開き、キラキラと輝かせながら、私に問う。思えばみゃこに何度か相談した際には、そう言った込み入った……というより私が恥ずかしくなる様な話はあまりしなかった。


「えぇと、それは……その……いざ聞かれると、難しいな。うぅん、見た目が、とかっていうよりは、優しかったり、あと本の趣味が似ていたり、とか」


 いざ聞かれると、しどろもどろしてしまう。

みゃこは腕を組み、ふんふんと言いながら興味深そうにしている。他には、とみゃこが更に尋ねてくる。


「ほ、他には……う〜ん……こうして聞かれちゃうと、難しいよ。ほら、恋に理屈なんかない、って言うじゃない」


 私は自然と語調が強くなりだす。


「ふーん。それも本に書いてあったのかぁ?」


 みゃこは笑いながら言った。意地悪だ。


「そ、そういうみゃこは、どういう男の子が好きなの?」


 私は恥ずかしさのあまり、反撃を試みる。恋愛沙汰に疎いみゃこは思わずテンパってしまうのではないか、という淡い期待をしながら。

しかし、残念ながらそれは失敗に終わった。


「私は関西弁の男かな?なんか格好良いじゃん。それか、ギターが弾けるとか、格好良くない?」


 あまりにも予想外の答えを屈託のない感じで言われたので、私は完全に虚をつかれてしまう。14歳という年齢には似つかわしくない答えに感じた。


「でも、どうなんだろな、そういうきっかけや、理由の真意みたいなもんって」


 みゃこは何か疑問に思った様な反応をし、一人考えに耽る。今度は逆に彼女が指を顎に当て、目を瞑り、そして、言葉を続ける。


「実際、そんなもんなのかも、な。理屈じゃない、って。私にはさ、まだ、よくわからないけど。そういえば、うちの父さんと母さんも、気づいたらお互い好きになってた、って」


 急に真剣な顔をし、そんな話をするので驚いた。


「ほらさ、別に人を好きになるってことに限らず。例えば音楽とかだって、そうじゃん」


 確かに、と私も思わず頷いてしまう。彼女は更に続ける。


「大体、自分の好きなもんにいちいち理由づけしなきゃいけない訳も、ないしね。でも、人間ってそこが不便……いや、違うな……なんて言うかな。そうだ!」


 急に大きい声を出したと思ったら、両手を叩くみゃこ。


「不自由だよね、人間って。そういう情報に囚われすぎっていうか。ま、私から理由聞いといてなんだけどさ。みんな、頭で考えすぎちゃってるよね。大事なのはさ、結局は心、っていうかハートっていうか……あ、そうだ、感性!」


 フィーリングよ、フィーリングと得意げに、そう言った。自分から質問を投げかけ、勝手に自己解決してしまった。すごく、みゃこらしいなと思った。本当のところ、いざ何故好きになったかと聞かれてしまうと、言葉に詰まってしまったので、彼女の答えは、的を射ている様に感じた。 

 みゃこには、今までにもそうやって、何度も、納得させられてきた。自分の意思がしっかりとしており、そこが私には無い、みゃこのすごいところであり、好きなところの一つだ。


 それより、とみゃこが次の話題に切り替える。


「私はさ、あんたが積極的になってくれたのが、すごく嬉しかったのよね。結果がどうあれ、さ」


 みゃこはしみじみした様子で語り出す。


「この数ヶ月の、奥手なチコの頑張り、私は知ってるよ。私だけが、知ってる。どんどん変わっていくあんたをすごいと思ったし、誇らしくも思った」


 唐突なお褒めの言葉に、私は恥ずかしさを感じながらも、少し嬉しくもあった。従来ネガティブな私は、何か新しいことを始めようとすると、足踏みしてしまうことが、多々あった。どうせ無理、だとか、頑張っても無駄だ、とか。そうした考えを持ち、諦めようとしていた。


 しかし、幼い頃からずっと一緒だったみゃこの隣に、いたい。そんな一心で、少しずつでも変わって行けたら、とも考えていた。ずっと。太陽の様に輝き、みんなを惹きつけるみゃこ。クラスの中心にいつもいる様な彼女が、いつも教室の端にいる様な私と仲が良いのは、周囲も不思議に思っていたことだろう。

彼女が蝶なら、私はせいぜいダンゴムシだ。


 そして、変わるきっかけを与えてくれたのは、伊藤くんでもあった。

 同じクラスの彼と図書委員の仕事や一緒に部活動をしていくうちに、彼の誠実さや、ふとした優しさを、好きになった。だからと言って、付き合いたいだとかそう言う思いは、初めはなかった。ただ一緒に仕事をして、部活動でちょっとした本の話なんかをできれば、それで満足だった。


 でもある日、彼から休日に本屋に行かないか、との提案をされた。嬉しかった。彼もおそらく恥ずかしいと感じているのだろう。私の目を見ず、照れながらも誘ってくれた。そんなところもまた、愛おしく感じてしまった。

 二人でいる時間は、楽しかった。初めのうちは言葉も少なかったが、二度、三度となってくると会話も弾みだす。みゃこ以外でこんなに会話をしやすい人は初めてだった。そもそも、男子と話すことなどが、まず無かったのだから。


 ネガティブな私でも、実は彼は私のことが好きなのではないか、そんな考えを巡らす様になった。おそらく、彼も勇気を出して私を誘ってくれたのだ。私も、勇気を出してみよう、と思った。彼の為にも、自分の為にも。そして、みゃこの隣に、居続ける為にも。


 初めてみゃこに相談した時は「えっ」という大きな声を出し、しばらくフリーズしていた。そして今日と同じ様に、何故あんなやつを好きに、と失礼な質問をしてきた。もっとも、その時は恥ずかしさで、答えられずにいたけれど。


 それから、変わる為の努力を、始めた。

恋愛について色々な本や雑誌、ネットの記事に書かれたことを調べたり、みゃこと一緒に服を買いに行ったり、どんな話をしたら良いのかとか、どこへ行ったら良いかとか、そんな相談をしたり。変わり始める努力は、楽しかった。親身に協力してくれたみゃこの優しさが、嬉しかった。

 だから、こんな結果になってしまったのを、申し訳なく感じる。


「大丈夫だよ、チコなら。あいつが見る目がなかった、だけ。気にすんなよ」


 みゃこは慰めの言葉を紡ぐ。


「でもさ、ホント、頑張ってたよ。だから、なんか今までのあんたの頑張りだとか、そういうのを否定されちゃったような気がして。ショックで息苦しくなっちゃったのも、わかる。いや、わかるなんて軽々しく言って……ごめん。全然わかってない、かもしれない。でも、なんて言うか、私も」


「悔しい」


 みゃこの言葉を遮る様にして、私は思わず、そう呟いた。おそらく、みゃこも同じことを言うつもりだったのだろう。その綺麗な瞳を、まあるくして、私の目を見つめてくる。みゃこの瞳からは涙が溢れ出した。そして、私も同じだった。お互い、涙をポロポロこぼしながら見つめ合う。


「だよね、悔しいよね。私も、自分のことの様に、悔しい」


 みゃこは嗚咽混じりにそう言った。


 私も、うんうん、と頷きながら、泣く。二人ともその場に座り込み、お互いの両の手を重ね、握り合う。


 いつも強気なみゃこが泣いているのは、珍しい。私が記憶している限りでは、6歳の頃に公園のベンチで、座りながら食べていたドーナツを、急にベンチ下から飛び出してきた猫に驚いて、落としてしまった時以来に見た涙だ。


 二人して、堰を切った様に、わんわんと泣き出す。一度流れ出した涙は、止まらない。


 悲しいし、悔しい。

だけど、嬉しかった。

こうして、自分のことを本気で考え、共感し、愛してくれる人がいることが。

自分は一人では、ない。そう思えた。



 どれくらいそうしていただろうか。夕闇に包まれつつある世界に、「遠き山に日は落ちて」が響き渡る。5時のチャイムだ。おそらく30分以上は経っている。私はハッとする。


「そろそろ、帰らなきゃ」


「だな」


 みゃこも同意する。

 私は持っていたハンカチで自分の目元を拭った。みゃこはというと、制服の袖で目を拭おうとしていたので、慌てて私のハンカチで拭いてあげた。その美しい瞳の周りは、泣きすぎて少し晴れていた。それが面白くて、可愛らしくて、思わず吹き出してしまう。


「あっ、笑ったな?!あんたの顔も!」


 そういうとみゃこは持っていた(私とお揃いで買った)手鏡を取り出し、私の顔の前に突きつけた。酷い顔だった。ただでさえみゃこと比べると小さな目が、さらに小さく見える。


「やだ、やめて」


 私は鏡から目を逸らし、顔を両手で覆った。


 あはは、と豪快に笑い、立ち上がるみゃこ。

左手を私の前に差し出してくる。

 私はその手を右手で掴むと、みゃこはグイッと引っ張り、私を立ち上がらせた。そして、再び私を抱きしめ、こう続けた。


「今みたいにさ。何度でも、立ち上がらせてやる。それに、楽しい事があれば何度でも一緒に笑うし、悲しい事があれば一緒に泣くから。辛い事があったら、私がそれをぶっ飛ばしてやるから」


 ぎゅぅっと、一層強く抱きしめられた。


「大丈夫」


 力強く、みゃこに肯定される。

私は再度泣きそうになるも、堪える。

今は、泣くべき時じゃない。笑い、そして感謝を伝えるべき時だから。


「ありがとう、みゃこ」


 嗚咽が混じりそうになりながら、必死に泣きそうになるのを堪え、笑顔をみゃこに向けた。


「どういたしまして」


 とびきりの笑顔でみゃこはそう返してきた。



(完)

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Affection 月宮 奏 @tsukimiya0101

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