第2話 加護
「見つかったのなら仕方あるまい」
目の前の幼女が幼い声でそう言った。
ちょっと生意気というか、偉そうだ。
しかし、目を奪われるくらいに可愛らしい。
次の瞬間、私は度肝を抜いた。
金髪の幼女が宙に浮かび上がって、すいっと泳ぐように接近してきたのだ。
「おうっ」
私は思わず仰け反ってしまった。
なんで浮いてるの? 怖いです。
人間……ではないのかもしれない。
私の直感がそう告げている。
こういうときこそ鑑定眼鏡だ。
さっそく眼鏡を通して鑑定してみる。
幼女の頭上に【大地の女神】という表示が現れた。
この幼女、女神様だったのか!
女神様って、ぼんきゅっぼんじゃないのか?
「ふむ。何かよからぬことを考えておるな?」
気がつけば、私の足元で黄金ロリータが憮然と腕を組んでいた。
ジト目というやつだ。
「い、いえ!」
「まあよい」
純金のような輝きを放つ柔らかい髪。
ぱっつん前髪と白いワンピースが一層幼さを際立たせている。
「アルス・マグナとの約束じゃ、お主に加護を授けよう。何がほしい?」
「加護?」
突然のことで頭が回らない。
「加護って、あの加護ですか? 歴代の英雄が授かってるような」
「他に何があるんじゃ?」
「私、ただの鍛冶職人ですよ? 英雄なんてとんでもない」
「ふむ、職人か。なら話が早い」
「……え?」
「お主には【技術の加護】を与えよう」
黄金ロリータがちっちゃい指でとんと胸をつついてきた。
「技術の加護、ですか……?」
突然、黄金の光に包まれ、私は戸惑う。
ぽわぁっと温かい。
「職人としては最上の加護じゃ。努力すれば努力しただけ技術が身につく」
「それって、当たり前では?」
「人間には報われぬ努力があると聞くが?」
「なるほど……」
私はその報われないほうの人間だった。
6歳の頃から金槌を握り、30年ほど鉄を叩き続けた。
誰よりも早く鍛冶場へ行き、誰よりも遅く鍛冶場から帰った、この30年。
12歳のとき片手剣のコンクールに入賞したのが最後、それ以降コンクールに挑戦するも、私の剣が評価されたことは一度もなかった。
自分に腕がないことを嫌というほど思い知らされた。
いつしか私は、コンクールに挑戦することをやめた。
「ものは試しじゃ。あの崖を登ってみよ」
「あの崖をですか? うーん、無理なんじゃないかな……」
黄金ロリータが指をさしたのは、足のかけ場もない断崖絶壁だった。
「ものは試しと言ったじゃろう? さあ、行った行った」
黄金のぱっちりおめめに気圧される。
渋々と崖の出っぱりに指をかける私。
「爪剥がれないかな……」
ぐっと力を込める。
今度は心許ない突起に右足を乗せる。
次は左足だ。
そう思って左足を上げたとき、右足の足場が脆く崩れた。
支えのなくなった私は、そのままどすんと尻もちをつく。
尾骨がじんと痛い。
「ごめんなさい。私じゃ無理でした」
とほほ、と頭を掻く。
「何回か登ってみよ。お主の努力は必ず報われる」
「ほんとかなぁ……?」
「む。妾の加護を舐めるでない」
黄金ロリさんがすこしむくれた。
言われるがまま、登って落ちるを3回繰り返す。
〈【崖上り】がレベルアップしました〉
〈【崖上りLv1→2】。速度と安定性が向上します〉
「えっ……?」
鑑定眼鏡に表示される謎の【崖上りLv2】。
「驚く暇があればさっさと登る」
「は、はい」
先ほどと同じ要領で崖をよじ登る。
「さっきより高く登れる……!」
素早く、そして身長より高く登ることができた。
しかも、落ちて尻もちをつくなんてヘマはしない。
というか、落ちるイメージが微塵も沸かない。
自分の手足を駆使して、ちゃんと降りることができた。
むしろ……
どうやって落ちたんだっけ?
「嘘みたいだ」
自分のことなのに、信じられなかった。
「お主は崖登りの技術を一つ向上させたのじゃ」
「たった3回、頑張っただけで?」
「たった3回でもお主は努力した。加護はちゃんとお主を見ておる」
「…………」
私は自分の手を見下ろす。
本日何度目の驚きだろう。
「どうじゃ。報われる努力は?」
「わくわくします」
「ふむ、よい感想じゃ。妾の凄さがわかったか?」
「それはもう身に沁みました」
私の反応に満足したのか、黄金ロリさんがかかっと笑う。
「そうかそうか。愛いやつじゃ。妾の目の前で存分に練習するがよい」
それから夢中になって崖登りの練習を始める。
すると30m上まで登れるようになった。
下のほうで、黄金ロリさんが腕を組んで「うむ」とうなずいている。
実に誇らしげで、私まで嬉しくなる。
結果が伴うだけで、努力がこんなに苦じゃないなんて。
それどころかむしろ楽しい。
私は童心に戻って崖登りを続ける。
30m上の岩肌には、上質な鉄鉱石が含まれていた。
鉄の光が照り返してきて、眩しいくらいだ。
思わず鼻息が荒くなった。
今度採掘するときはこの崖を登ろう。
豊富な鉱石が手つかずで眠っている。
そして後ろを振り返って、息を呑む。
絶景だった。
緑の山々、そこに囲まれた盆地には生まれ育った街が見える。
何も悲しくないのに、何も辛くないのに、不思議と涙が出そうになった。
「存分に練習しろとは言ったが、まさか1時間もするとはのう」
「すみません。つい夢中になってしまいました」
「よいのじゃ。それほど喜んでもらえると妾も嬉しく思うぞ」
黄金ロリさんが優しく微笑む。
飼い犬に新しいおもちゃを与えたときの親父もこんな目をしていたな……。
おかげで【崖登り】はLv4まで上がった。
ここで私は、自分の鍛冶職人としての技量を調べてみることにした。
鑑定眼鏡で自分の技量を鑑定する。
両手をじっと見下ろすと、ぼうっと文字が浮かび上がった。
【刀剣作成Lv1】。
一瞬、心臓が止まった。
そうなのか……。
私の鍛冶師としての技量は……Lv1なのか。
現実が残酷すぎて、笑ってしまいそうになる。
親父から剣の叩き方を教わって、それから30年叩き続けた。
暑い日も寒い日も、自分なりに真面目にやってきた。
そうして熟したと思った技量は、まさかのLv1。
対して【崖登り】はLv4。
たった1時間。
たった1時間崖を登っただけでその30年の努力を遥かに凌駕した。
虚しさを通り越して、やっぱり笑けてくる。
「とんでもないな……」
脅威の成長率。
やはりこれは、私の手に余る加護なのかもしれない。
「では、ゆこう」
唐突にそんな声が聞こえた。
「どこへ?」
「お主のお家じゃ」
「なぜ?」
黄金ロリさんの瞳をまじまじと見つめる。
「妾も暮らすからのう」
「なぜ?」
「お主に加護を授けたからじゃ」
「といいますと?」
「加護を授けたからには見守らねばならぬのでな」
「ありがとうございます。どうぞここから見守っていてください」
「遠すぎるのじゃ!」
「近くで見守りたいのですか?」
「そのほうが都合がよいのでな」
「うーむ」
困ったことになってしまった。
「何か問題でもあるのかえ?」
「問題しかないと思いますが」
「であれば申してみよ。妾が対処してやらんこともない」
対処も何も……。
「あのですね、黄金ロリさん」
「おうごんろり……?」
「あなたの見た目は年端もいかない女の子です。しかも薄手の白いワンピース。そのような幼気な女の子を我が家に連れ帰ったら、私の父と母はどう思いますでしょうか?」
「きっとびっくりするのじゃ」
「その通りです。よくおわかりですね。私は帰宅したそのままの足で、きっと自警団へ連れて行かれることでしょう。両手にお縄で、牢屋の中です」
「ふむ。なるほどの」
「ご理解いただけましたか?」
「うむ、理解した。であれば、これでどうじゃ?」
ぽん!
不思議な音がしたかと思うと、黄金ロリさんは謎の煙に包まれた。
次に煙が晴れたとき、そこには可愛らしいシマリスが立っていた。
「どうじゃ、この姿であれば問題あるまい」
ちっこいシマリスが腕を組んで言った。
私の鑑定眼鏡が即座に反応する。
このシマリスの鑑定結果は【大地の女神の化身】。
「なるほど。仮初の姿ですか」
「妾はドングリを所望するぞ」
こうして私は黄金ロリータをお持ち帰りすることになった。
武具職人アーロン、秘境でのんびり鍛冶生活 ~素材を集めて手探りで環境を整えていたら、有能な人材が集まって職人村ができてしまいました~ D・マルディーニ @maldini
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