武具職人アーロン、秘境でのんびり鍛冶生活 ~素材を集めて手探りで環境を整えていたら、有能な人材が集まって職人村ができてしまいました~

D・マルディーニ

職人アーロン、武具工房を始める

1章 黄金幼女

第1話 宝箱


 アイデアだけは天才的だ。


 これは私が浴びるほど言われてきた言葉だ。


 どうやら私には武器の設計図を作る才能があるらしい。

 だけど残念かな、その発想を形にする技術がなかった。


 私は致命的なまでに不器用すぎたのだ。


 だから今までは、その設計図を売って金にしていた。


 街の工房には私よりも凄腕の職人なんて腐るほどいて、彼らなら私のアイデアを形にすることができた。私の考案した武器がコンクールで入賞し、末席から金色のトロフィーを誇らしく眺めることもあった。


 同時に、どこかでモヤモヤした気持ちを抱いていた。


 見て見ぬふりをしても、自分の気持ちに嘘はつけない。

 私だって職人の端くれだ。


 本当は自分の手で作りたかった。




     *




 技術はないが怪力はある。

 自慢の腕っぷしで一振り。


 カーン。


 洞窟の中で、いい音が響いた。

 ツルハシを握る手がじんじんと痺れる。

 骨まで響くこの感じ、手応えありだ。


 期待を込めて岩肌を見る。


 うん、いい感じ。


 岩肌に亀裂が入っている。

 あともう一発叩き込めば、鉄鉱石の岩盤が砕けそうだ。


 想像するだけで頬が緩んでいく。


 ここは質のいい鉄鉱石が採れる鉱山。

 たくさん持ち帰って、剣づくりの練習をしたい。


「もういっちょ!」


 カーン!!


「おおうっ?」


 びっくりした。


 どうやら会心の一撃だったらしい。

 目の前の岩盤が音を立てて総崩れした。


 反射的に飛び退いて、岩崩れから難を逃れる。


「危なかった……」


 下手をすれば足の指が潰れていたかもしれない。


 でも、大量だ。やった!


 積み上がった岩の欠片に、ちらちらと鈍色の輝きが見える。

 しかもちょっと赤みを帯びていた。

 鉄鉱石の中でも高品位のヘマタイトである。

 まるで鉄に血液が流れているようだ。

 私は鉄の生命を感じて嬉しくなった。

 さっそく鉄鉱石を掻き集めよう。


 そう思ってしゃがみ込むと、

 岩石の下に異質なものが埋もれていることに気づいた。


 その物体は……


「え」


 どこからどう見ても宝箱だった。


「なぜ……?」


 鉄鉱石を採掘しにきたのに、宝箱を掘り当ててしまった。


 ラッキー、なのか?

 しかしなぜ岩盤の中に……。


 地層について詳しいことはよく知らない。

 けれど、岩盤に埋まっていたってことは、おそらく……

 この宝箱は、想像を絶するほど古いものに違いない。


 古代の宝箱だ。


 私はツルハシの先端で砂礫を払い、宝箱の蓋の上をキレイにする。


 木造であるが、朽ちていない。

 豪華な装飾を施されていて、つがいなどの金具はすべて黄金。

 これほど立派な宝箱は見たことがなかった。


 ごくり、と唾を呑み込む。


 胸の奥に期待と欲望が膨らんでいく。


 粉っぽい指で触れて、宝箱の蓋を押し開いた。


「なんだこれ」


 宝箱の中に入っていたのは、ボロボロの布袋だった。


「ちょっとこれは……外れかな?」


 期待した自分が馬鹿みたいだ。


 布袋を持ち上げて口を開くと、銀縁の丸眼鏡が姿を現した。


「眼鏡……?」


 銀縁のフレームを摘んで、いろいろな角度で眺めてみる。

 細身で、軽くて、何の変哲もない眼鏡。


 宝箱の中身にしてはちょっと期待外れかもしれない。

 もっとこう、伝説の剣とかを想像していた。

 そう思っていると、箱の底に手紙が敷かれていることに気づいた。


 手に取り、読む。


『お前、この箱を見つけるなんて運がいい』

「うん? なんだ?」


 ずいぶん気さくな出だしである。


『俺の名前はアルス・マグナ。この箱の中身はお前に全部くれてやる』


 可愛らしいイタズラだと私は思った。

 アルス・マグナは神話に登場する英雄の名前だ。


『説明はあとだ。まずはその眼鏡をかけてみろ』


 書かれてある通りに眼鏡をかける。

 すると不思議なことが起こった。

 目の前の空間に文字が浮かぶのだ。


 黄金の宝箱に目をやると、焦点が合ったように――


__________________

【アルス・マグナの宝箱】

 傷一つつかない魔法の宝箱。

__________________


 説明文らしきものが浮かび上がった。


「…………」


 なにこれぇ……。


 私はぷるぷると震える。


「傷一つつかない……ほんとうか?」


 半信半疑だった。

 壊れないにしても、さすがに傷くらいはつくだろう。


「ちょっと確かめるか」


 黄金も取り分けたいしな。

 私はツルハシの柄を両手で握りしめる。

 それから宝箱に向かって思いきり振り下ろした。


「ふん!」


 お?


 不思議なことが起こった。

 ツルハシの先が宝箱の表面でぴたりと止まったのだ。


 手にはものすごい衝撃を感じた。

 なのに宝箱は、傷一つついていなかった。

 岩肌を砕くツルハシでも、無傷。

 説明通りだ。


「……おお」


 一歩後退して、驚きの声を漏らす。


 ようやく私は、事態の深刻さを理解した。

 ぷるぷると震えながら今度は例の布袋を見下ろす。


__________________

【アイテム袋】

 容量が無限の魔法の袋。

 中に入れたものは永久に保存される。

__________________



「……容量が無限?」


 そんな便利なものがあるはずがない。


「ははは……」


 一人で笑う私。

 だが口に出した言葉とは裏腹に、期待が胸の内で膨らんでいく。


 もしこれが本当のことだったら……。


 好奇心を抑えきれなかった。

 気がついたときには体が勝手に動いて、ボロ袋の口をがばっと開いていた。

 思ったよりよく伸びる。

 限界まで開くと70センチくらいの幅があった。


 ちらりと宝箱を見る。

 もしかすると、この袋にすっぽりと宝箱が入るのではないだろうか。


 私は試すことにした。

 袋の口を目一杯まで広げて、ぐいぐいと中へ宝箱を押し込んだ。


 おお……!


 やっぱりちょうどいい大きさだ。

 すっぽりとまるまる入った。


 おかげでボロ袋は宝箱一個分膨らんだ。

 だが、見る見るうちにぺたんこに萎んでいった。

 一瞬のことだった。

 ぺたんこになった袋を持ち上げてみる。

 本来あるはずの重みも消えてなくなっていた。


「…………」


 私はまたもやぷるぷると震えた。


 今度はボロ袋の口に腕を突っ込み、固いものを両手で挟んで引き抜いた。


 例の宝箱をそっくりそのまま取り出せた。


「ありましたね、そんな便利なもの」


 はい、ありました。

 一番自分がびっくりしている。

 けど、目の前で起きていることは事実だ。

 自分でやったことだから疑いようがない。


 どうしよう。

 これがあれば鉄鉱石を死ぬほどお持ち帰りできる……。


『どうだ、驚いただろ。その眼鏡はありとあらゆるものを鑑定できる神の眼鏡だ。もう一つはアイテム袋。まあ、詳細は説明を見てくれ。この二つは俺が神と一緒に創ったゴッドアイテムだ。この世に二つとないものだから大事に使ってほしい』


 ゴッドアイテム。

 名前からしてすごい。


『俺はもうこの世に満足した。俺の最後の望みは、俺を越える人間が現れること。これを使いこなせばお前はきっと大きなことを成し遂げるだろう。悪事を行うもよし、善事を行うもよし。アイテムをどう使うかはお前次第だ。俺は、お前が俺を越えてくれることを期待している。俺からは以上だ」


 鑑定眼鏡にアイテム袋。

 私は手に余るものを拾ってしまったらしい。


 これは絶対に秘密にしたほうがいい。

 バレると狙われちゃう、確実に。


『そうそう、この山には大地の女神がいるから、帰り際に挨拶していくといい。お前に実りある人生を。――アルス・マグナ』


 大地の女神? 挨拶?


「とんでもないことになってしまったぞ……」


 鍛冶職人。36歳。

 30までにお嫁さんがほしかったけど、仕事が忙しくて出会いがなかった。

 私はそんな平凡おじさんだった――はず。




     *




 私は鉱石の洞窟を抜ける。

 鑑定眼鏡をつけたまま坑道を下っていく。


 普段見慣れた景色が違って見えた。

 あらゆる物質に説明が表示される。


 面白い。


 見え方が変わると世界はこうも変わるのか。


 面白い、面白い。


「世界は私の知らないことばかりだなぁ」


 山の雑木林に目を向ける。

 木々の説明が目に飛び込んでくる。

 種類の名。葉の形。花の色。

 とても楽しい。

 

「なんだ?」


 山の中腹に着いたとき、私は不思議な光を見た。


 この山のシンボルである一本の大樹。

 その根元が金色に輝いているのだ。

 神々しいオーラとでも言えばいいか。


「消えた」


 しかもその黄金の輝きは、眼鏡を外すと視認できない。


 眼鏡をつける。

 黄金のオーラ。


 眼鏡を外す。

 大樹の根元。


 そういえば街では、この大樹がパワースポットだと噂されていた。


 私は導かれるままに、光のオーラの中に入った。

 金色の光に包まれて、体の奥がぽかぽかしてくる。


「ほぅ。お主、聖なる光が見えるのじゃな」

「はい?」


 唐突に、大樹がしゃべった。

 いや、違った。

 大樹の裏側から、金髪の幼女が現れた。

 神々しい黄金のロリータ。



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