「白亜の塔できみと話した」
みなしろゆう
「白亜の塔できみと話した」
前後の記憶はないけれど、少女は「真っ白」の中で仰向けに倒れていた。
「なにこれコンクリ?」
ぱんと硬い床を掌で叩いてみる。
思ったこと全部が口から勝手に出てしまう少女は、よいせっと起き上がった。
ここは床も天井も白い、どこまでも白い。
空間を形作る素材がてんで判らない。
土では絶対ないし石も違うだろう、タイルみたいにピカピカもしていない。
コンクリートだと言い切るのも難しいけれど、取り敢えず少女はそう思うことにした。
平らな床から装飾のない天井を見上げる。
あ!と大声を出せば随分響く、広い。
ぐるっと辺りを見回して少女は気付いた。
「夜空がみえる」
この空間、箱にはなっていないらしい。
つまり壁が無いのである。
天井を支える無数の柱を横切って、少女は走り始めた。
白い空間に白い柱だから見辛い、気付かずぶつかりそうになる。
もう少し、隙間から此方を覗く夜空に届く。
「え? ちょっとまって」
たったったっと走りながら少女は言った。
頭の中で浮かんだ言葉が声になる、自分では止められない思考を撒き散らしながら走る。
「なんかさ、これ夜空っていうかさ……」
空間の縁まで来てやっと少女は止まった。
外側へとつんのめった体が透明な膜に跳ね返されて、勢いのままに尻もちをつく。
痛みよりも驚きが勝り、少女は両目を真ん丸にしていた。
「これ、宇宙だ」
──白と白の隙間から、少女は無限に広がる暗闇と星粒を見た。
少女にもう少し学があれば、遠くに見える天体の名前も判ったのかもしれない。
だけども、彼女には瞳をいっぱいにしても見つめきれない星の連なりを、宇宙だと認識することしか出来なかった。
「わたし今、宇宙にいる」
そんな馬鹿げた思考を、口に出すしか出来なかった。
「えぇ、なんでぇ?」
理解できないと悲鳴をあげる脳みそが、圧倒的な宇宙の美しさに打ちのめされている。
静止しているのかと思えば、徐々に動いているような気もする星々を眺めて膝を抱えた。
さっき縁から走り落ちそうになった自分を押し返してきた、透明な膜に触ってみる。
感触はぶにぶに、暫く手形が残るのがなんか嫌だった。
「下ってどうなってるのかな」
膝立ちになって少女は縁からちょっとだけ身を乗り出してみる。
ぶにぶにが人の形に伸びて、跳ね返されるギリギリまで顔を出した。
──多少無理をしてでも覗き込んだことで少女は今いるこの場所が、ずっと下まで伸びている建造物の中間地点であることを知った。
塔だ、白い塔が宇宙に伸びている。
塔の根元では、何か巨大なものが発光しているのが分かった。
眼がなれるまで辛い、眩しい眩しいと思いながらも少女にはその光が青色だと判る。
……脳裏に何となくの予感があった。
それはとても恐ろしく、この上無いほど奇跡的な予感だった。
「もしかして、もしかする?」
目が、次第に光の塊を捉え始める。
全体像は頑張っても見えない、それほどまでに巨大だ。
でも少女にはその青が何なのかわかる。
学がなくて、何故こんな場所にいるのかも判らない人間にも判別つくものがあった。
「──地球だ。
わたし今、地球の上にいるんだ」
……白い塔は真下まで突き抜けている、正に青色を射貫くように。
「だからなんでぇ?」
さっきと同じように跳ね返されて、少女は床の上に転がった。
大の字になってじたばたしても、腕を組んで唸ってみても、なぜ自分がこんな場所にいるのか、物語の展開が一つも把握できなかった。
「ちょーリアルな夢、これしかない。
大体死ぬような思いしたら目覚めるもんだけど、飛び降りられないし……困る」
目が覚めたら地球(推定)から伸びた白い塔にいて、周りには宇宙が見えるばかりで階段も出口も見当たらない。
──閉じ込められていては帰れない。
「帰るって、どこにだっけ。
というかわたし誰なんだろう」
前後の記憶はないけれど取り敢えず語れる事実として、少女は仰向けで倒れていた。
無い頭を幾ら捻っても良い考えなど浮かばない、だから諦めて寝ることにする。
夢のなかで寝たら夢を見るのかしら。
どうでも良いことにはすぐ興味が湧く、昔からこうな気がした、覚えてないけど。
「そうやる気が無いと困るなぁ」
「そうそう困るよねぇ、え?」
眠りに入りかけていた少女の意識を呼び戻したのは、他人の声だった。
飛び起きれば笑う声が聴こえる。
のんびりとした声の持ち主は、いつの間にやらそこに存在していた。
「やぁ、遠い銀河から来た迷い子よ。
私が愛する人と似て非なる人類の子よ」
「私の宇宙へようこそ」
それは無数の色彩を備えているように見えて、一色だけの女だった。
何色でもあって、なかった。
……何を言っている、と少女は自分の思考に文句をつける。
他に言い様がないとも思う。
確信できるのは前振りなくいきなり登場した訳知り顔の女が、人間ではない別のナニカだということくらい。
女は長い睫に縁取られた目を伏せていた。
瞳の色を見ることはないのだろう、知り得ぬ未来を少女は不思議と知っていた。
「あなたは誰、というか何?」
「答えるのが難しい問いだなぁ。
けれどもきみは賢い人だ、私が生き物じゃないと気付いているんだね。
……やっぱり見よう見まねで作った物より生物から生まれた者の方が優れているなぁ」
「えぇ、ほんとなに?」
「まぁまぁ結論を急がないで。
こうやって人の肉を被るのも久しぶりなんだ、喋る練習をさせておくれよ」
「わたしは会話ってキャッチボールって習ったんだけど、あなたは違う思想なの?」
「あぁ、待って待って。
きみの方が異邦人だというのに、ぐいぐい来るなぁ」
のんびりした声と、考え無しな言葉の応酬が静かすぎる塔に響く。
面倒なものを相手にしたときの……謂わば面食らった顔をしながらも女は、思考の荒波と化した少女を押し留める為に奮闘した。
「私はこの塔を作ったもの。
真下に浮かぶ、きみが「地球」と称した惑星を始めた生き物さ」
──突如現れた謎の人外にも、少女は怯むことなく問いを投げつけ続けた。
称したということはアレは地球ではないのかとか、何か重要存在的なあなたなら「わたし」の正体が判るのではとか。
人智の枠はとっくに飛び越えているだろう女を困惑させる勢いで喋り続けた。
「わかった、わかったよ迷い子。
きみはアレだ、魂からして猪突猛進だな」
「何がわかったなのかはちっとも分からないけれど、よかった。
やっと会話らしくなってきたね」
そうかなぁ、と呟く女を無視して少女は背後を振り返る。
やっぱり広がるのは宇宙ばかりでヒントも答えも見当たらない。
……自分の中にあるのは、何かが欠けたのだという確信と、これからどうしたら良いのか何も判らないという事実だけだ。
「本来ならきみはこの塔に来てはいけない魂だよ。世界が違う、星系が異なる」
「えっ、今のわたし魂なの?」
少女の疑問に対する返答は女の大あくびだった、まともに会話する気がないのは両者とも共通している。
「体があると眠い眠い、人の肉なんて緊急時にしか被らないからなぁ。
それこそ原初以来だよ」
「ねえ、わたしってどうやったら帰れる?」
帰りたい、とは思っている。
それだけを頼りに少女が問うと、極彩色なようで無色透明な女は答えた。
「帰る場所なんて分かるのかい」
気が付いたら会話が途絶えていて、無言の女の隣で少女は床に目を落とした。
そうすると自分の体が自然と目に入る、紺色のプリーツと赤いスカーフに気付く。
今やっと少女は、自分がセーラー服を着た中学生であることを認識した。
「考えをそのまま口にするのを我慢して、ちょっと自分の中身を良く見てみるといい。
何か思い出すかもしれないよ」
「あなたはわたしのこと、知らないの?」
物事の順序も自分自身のことも忘れてしまった少女にとって、女の存在は頼みの綱だった。
何でもかんでも他人に答えを教えて貰おうとする、昔からこうだった気がする。
女はもう一度大あくびをした、少女の存在なんて居ても居なくても変わらないものとして扱っているのかもしれない。
ただ気紛れに、のんびりとした声が来る。
「言ったろう、きみはこの世界の魂じゃない。
管轄外なきみを私が知る由がない、帰って貰わなくちゃ困るから出てきただけ」
「そんなこと言われたってさ」
あーあ、と少女は投げやりに呟いた、何だか自分の現在が絶望的なように思えてきて。
……帰りたい、とにかく帰りたいのだ。
身一つでこんな場所まで来て、己を見失いながら欠けたナニカを求める少女に女は語る。
「きみはまだ幼いようだけど、口を開けば餌が飛び込んでくるような時代は終わり。
自分で探してごらんなさい、来たのだから帰り道も知っているはずだよ」
滑らかに紡がれる言葉を聴きながら、そういえば日本語通じるんだなと少女は思う。
そうだ、「わたし」は日本人だ。
言われた通りに自分の中身に集中してみると、なんだか朧気な光景が目蓋の隅っこにちらついた。
「んーと、んー。
……なんか思い出せそうな、気がする」
呟いた途端、どぷんと足元が無くなった。
──悲鳴を上げる暇もなく、押し付けるような「思い出」に少女は飲み込まれた。
◇ ◇ ◇
「本当にチケット当たるなんて!
もぉちょー嬉しい!!」
歩行者信号の赤を見ながら、「わたし」は感情任せに大きな声を出した。
──片手に持ったスマホには兄から送られてきたスクリーンショット。大好きなバンドの名前と当選確定の文字が踊っている。
学校帰りの通学路、隣で友達がちょっとと諌めてきた、声が大きいよって。
……指摘されたことが恥ずかしくて、「わたし」は口を覆って小さく謝る。
小さい頃から思ったことがすぐ口に出てしまうのだ、そんな自分は恥ずかしい奴だって最近知った。
鞄にスマホを仕舞った、嬉しいという気持ちと一緒に奥底へ突っ込んだ。
歩行者信号が青になって、友達と一緒に「わたし」は歩き始める。
友達はちょっとだけ先を歩いて、どうでもいい、だけど今しか出来ない話題を振って来る。
「わたし」は笑顔で相槌を打った。
──話題を壊さないように、相手を良く見て、声を良く聴いて。
恥ずかしい奴にならないように。
夕方の通学路はオレンジ色に光っている。
……ガードレールの側で遊んでいる鳥は何て名前なんだろう、すぐ他所に行きそうになる思考を頑張って友達の声に集中させる。
横断歩道の中間、良く見るとガタついている白線、古いマンホール、西陽が射す住宅街。
「────危ない!!!」
友達の叫び声。
え、と間抜けな声を出したとき、「わたし」は黒い影に呑まれていた。
青信号が目に焼き付く、そうだよね、青だよねなんて考える。
先に歩道へ渡りきった友達が必死に叫んでいて、そうして、
信号無視のトラックに跳ねられた「わたしは」、真っ黒なアスファルトに叩き付けられて風船みたいに弾けた。
◇ ◇ ◇
「あー、わたし跳ねられたんだった」
霞む両目を手で擦りながら呟くと、また白い塔の中に戻ってきていた。
自分が誰で何処から来たのか、今なら判る。
死んだという事実は虚しくはあれどそこまで悲しくはなかった。
「わたしね、お兄ちゃんがいるの」
返答はあってもなくても構わない、相槌もいらない。
何も気にしないで話せるってこんなに気楽なんだと思った、だけど誰かを気遣って喋る自分も嫌いな訳じゃなかった。
「両親死んでから叔父さんちで暮らしてたの。
お兄ちゃんに冗談で推しのライブにいきたーいって言ったら、バイト頑張ってくれてさ」
「当選したら一緒に行こうねって、そしたら言った通りになったんだ。
凄いことなんだよ、これって」
少女の隣で立つ存在は沈黙している。
それが傾聴の姿勢なのか、興味がないだけなのかは知らない。
でも不思議と清々しい気持ちで話せた、物語の幕引きをきっとわたしは任されていた。
「星の名前がついた曲をいっぱい出すバンドでね、好きだったなぁ。
いまも好き、寂しいときも嬉しいときもずっと頭の中に流れてた。
……忘れてたのが信じられないくらい」
「わたし、あの日は本当に嬉しくて走って家に帰りたかったの。
でも恥ずかしくて、出来なかった」
玄関のドアを開けて、リビングにいるだろう兄と仕舞いこんだ気持ちを共有したかった。
ありがとうと伝えて、約束通り一緒に。
「わたし、帰りたかったぁ」
目の前には宇宙がある。
連なる星粒と無限の暗がりを見ると、眠れない夜にいつも聴いていたあの歌を思い出す。
ぽろぽろ泣きながら少女は歌った。
星の名を冠した美しい、自分だけの宇宙を。
「さて、帰り方は思い出せたようだし。
見送ったら私も眠るよ」
「え、なんかごめん。
たぶん余計な仕事増やしたんだよね」
少女が謝ると女はあくびを噛み殺して、不思議そうな顔で小首を傾げた。
「まぁ、否定はしないけど。
良い検証にはなったかな、他所の星系で死んだ魂がうっかり此方へ来てしまうこともあるんだね、私の宇宙は穴だらけらしい」
「良く分からないけど、たぶんその穴は塞いで回ったほうが良いやつだよ」
少女は最後まで成立しない女とのキャッチボールを楽しんだ後、透け始めた体を見下ろす。
「すごいなぁ、ほんとに夢みたい。
死んだ後があるなんて」
「大概の惑星じゃ魂は流転するルールだよ。
私の宇宙じゃ最近取り入れた仕組みだけど」
そうだ、と消えかけの少女は女に詰め寄った、あまりの勢いに人外が圧される。
「真下にあるのって地球じゃないんでしょ、だったらなに、なんで青いの!?」
「それを説明する時間は無さそうかな」
返答には大ブーイングが巻き起こった。
今にも消えそうなくせに騒がしい、そんな少女に向けて一色の女はとっておきを贈った。
「それじゃ、名前だけでも覚えて帰ってよ。
あの惑星はね──」
「白亜の塔できみと話した」 みなしろゆう @Otosakiaki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます