第7話
馬車に乗ると、動き出し、城門で一度止められた。
ネーリは内心ドキリとしたのだが、それは形式的なものらしく、アデライードが優雅に窓から顔を見せ、城門の兵に手紙を渡した。
「兄であるラファエル・イーシャにお伝えくださいますか? 少し疲れたので先に自宅に戻りますと」
ラファエルの名は、ヴェネト王宮の誰しもが知っている。
城門の兵は王妃の信頼厚いフランス艦隊総司令の馬車を、疑うことすらなかったのだろう。加えて、アデライードが彼女の美徳でもある、正直な心から、指摘される前に仮面を脱ぎ、素顔をさらして、手紙を渡したことが運命の分かれ道となった。
城門はアデライードの奥に座るもう一人に、目をやるのを忘れてしまったのである。
かしこまりました! と馬車は迷いなく見送られ、軽やかに走り出した。
「アデルさん」
王宮からの坂道を降りて城下町に入った頃、ようやく、ネーリはあの場所から逃れられたと実感した。呼ばれたアデライードが振り返る。
「……ありがとう……」
アデライードは眼を瞬かせたが、「いいえ」とすぐに首を振る。
柔らかな彼女の手が、ネーリの手に重なった。
「屋敷に戻ったら、温かい紅茶を飲みましょうね」
優しく、彼女はそう言ってくれた。
安心と――、ドッと、疲れが押し寄せてくる。
フェルディナントがこちらの正体を見破り、驚いた時の表情が思い浮かんだ。
◇ ◇ ◇
ずっと出ていた月が雲に隠れた。
王宮の庭の一角に、ぼわと炎が立ち上る。
人目を避けて庭で戯れていた男女がそれに気づき、近づくと、美しい衣装が燃やされているのが分かった。
辺りには全く、人気は無い。
油が撒かれていたらしく、瞬く間に衣装は燃えてなくなってしまった。
この日、王宮で剣舞を躍る【
しかし彼女は忽然と、王宮から姿を消してしまったのである。
衣装も、
不思議な微笑を象る仮面も、
忍ばせた二枚の短剣さえ、発見されることはなかった。
【終】
海に沈むジグラート45 七海ポルカ @reeeeeen13
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