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死後の後悔

【花天月地】の第3話【剣を取る】で、

蜀にいる孫黎(孫権の妹。劉備に嫁いだ)が、
趙雲から「周瑜と孫策が死んだ」ことを聞かされるシーンがあるんですが……。

……私はこのシーンが好きでして……。

いや違うのです。


「大切な人が亡くなったことを、時間が随分経ったあとで聞かされる」


というシーンが好きなのです。

「好き」というのもちょっと違うかもしれませんが、
胸に来るんですよね。


まあ現代でも、一時親しくともある程度疎遠になってしまえば、報せを随分後に聞いて驚くということは出来ます。
ですが、基本的には携帯電話やメールなどで、亡くなりました、という報せは即日届けられます。


しかし文明の利器に見放されたこういう時代において、

人の死ほど重要なことも、
遠くにいる人には時間をかけて伝えられる。


このシーンでは孫黎は「自分が同盟の為に蜀に嫁いだのに、周瑜が同盟を決裂させた。つまり私を捨て駒にしたのだ」と思い込んでいます。
成都に戻ってから、無茶苦茶心の中で周瑜に罵声を浴びせたのだと思います。
恨んで恨んで、怒って。


今度会ったら喉を掻き切ってやる!!! とすら思っていたでしょう。

そう怒ることでしか「孫家の姫として処刑される」という恐怖に耐えられなかったと思うので。

しかし趙雲に

「周瑜が死んだ」

と聞いた時に、殺したいほど憎んでいた相手がもうこの世にいない。
自分よりずっと先に死んでいた。
死ぬと分かっていて赤壁にいたことを知った時、

霧のように孫黎の中から恨みや怒りが消えて、
どうすればいいか一瞬心が分からなくなる。


こういうシーンを書いているのですが、


これは「死すら時をかけて伝えられる」というこの時代の時の貴重さと不自由さ、
それから人間が一人この世からいなくなるという大きな欠落を明確に孫黎を使って表わせたと思うので、大変気に入ってるシーンです。



こういうことはこの世界の常識だったので、多くの人がこの戦乱の時代同じ思いをしていたと思います。
憎んだり愛したりして、遠くの人を想っていた。

「今度会ったら」

という圧倒的な期待を抱いて、誰かを想っていた時代。

突然訃報が届いた時に、

やっぱり絶望や驚きがあると思うのですが、

同時に想いがあればあるほど

「死ぬ前に何かしてあげたかった」

みたいなことをこの時代の人達は現代人よりも強く感じたのではないかと。



この「死ぬ前に何かしてあげたかった」

という人間が人間を気に掛ける、優しさが、

絶対に不自由な時を暮らすこの時代の人達は多かったので、


そういう時に「せめて何かをしよう」

「正しいことをしよう」

「生きてる人を大切にしよう」

「こんな戦乱の世は終わらせよう」

と願いのような強い意志に変わったのではないかと思うのですよね。


そこまで感じられるところがこの「死を知る時にタイムラグがある」シチュエーションが好きなのです。




ちなみに【翡翠】でも私はリュティスの死をメリクが遠くで噂に聞くという同じようなシチュエーションを書いています。
その時メリクはリュティスの側を離れたことを心底後悔し、自分が彼の目障りにならないように消えたのに、リュティスが先に亡くなったことで、「そうまでして自分は生きたかったわけじゃない」と自分自身に絶望してしまいました。
だけどリュティスが「王子」であり国を守る使命を持っている人であったため、

その使命だけが、残された。

だからその使命を自分も成そうとすることで「何かしてあげたい」というメリク自身の願いを叶えたのだと思います。




私はこの【死後の後悔】というシチュエーションがものすごく好きで、
人によっては臨死体験に近いほど、自分の生き方や願いを変えてしまうほど影響を受ける人がいるのではないかと思うのです。


それって、心が亡くなった人に近いからなのですよね。


遠くにいようが心が近いと、その後の運命を変えてしまうほど、人間って影響を受けることがあるんだなと思うと、無性に人間の心の凄さ、感受性の高さを感じられて感動するのです✨




この界隈で蔓延する転生って本当に軽いですよね。

「死」を

直ぐに超えてしまう。特急が通過する駅みたいに。

死んだら終わりなんですよ。

どんだけ周囲の人と縁がない人生だったんだろうかこの人はと思う。

現代人の結びつきは浅い人が多いと言われますが、それには私は「人によってだろ」と異論があるとはいえ、確かにこのあたりはさすがに浅すぎやしないかと思う部分ですね……。

転生ものとか書いてる人の多くが十代の若い人か、年を重ねていても精神的に幼い人が多いのではないかなと思ったりします。

何故「死」を自分が生まれ変わるチャンスと思うのか。

その考え方自体が、若いんですよ。浅いんです。

私は真逆なんですよ。

死は単に、その人にとってはその人の人生の終わりです。

影響を受けるのは他人であり、

中には、影響を受けたくなくても、愛や、憎しみが理由で影響を無理にでも受けてる人がいるかもしれない。

死んだ人視点で、

転生だ! 今度は楽しい世界で生きよう!! どんどん話が進んで行く。

私は読みながら、その今度は楽しく生きる世界の楽しい設定とか説明を読みながら、
このひと……登場人物自身、または作者もそうだけど、
死んで置いて来た世界のこととか何も考えないんだろうかとつい気になってしまって、そのことが気になりすぎて設定がなんも頭に入って来ないのですよね……。

いや確かに現世しょーもない人間の縁も多いですよ。

お前が死んでも私は一ミリたりとも影響受けへん自信あるわ!! っていうような奴山ほどいますが……。

私はやはり「転生して今度の人生滅茶苦茶楽しい!!」よりも、他人が受ける「死後の後悔」を描く方が人間を書いている! っていう実感があって好きなのです。

私はやっぱり……転生ものダメなんだな!😇

私の中で転生っていうのは、もっと稀少で、困難で、意味あるものなのです。

触れられたくないほどの聖域なので、

テーマとして扱えないですね……。

いや。テーマとしては大いに深いのですが、

テーマとして扱って遊びたくはない分類のものです。

こういうとこお前根は真面目だなって言われる所以なんですわ……。

……。

……。

……って誰が根は真面目じゃい!!!!!!!!!!


私は常に二十四時間営業で真面目じゃ!!!!!!!!😊

1件のコメント

  • 七海ポルカさんは、根が真面目なのですね?

    普段の言動から、とてもよく伝わっておりますよ?😊

    ちなみは私は、一見では根が真面目に見えますが、実際は「ものすごく適当な人間だな!」とよく言われます。
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