第2話 七日目まで


 四日目。

 「天使は偉大なる神よりの使者である。

 その手に触れた者は、天国へと召されるのだ」

 そのような言葉を口にし、多くの宗教関係者たちが信者を従えて屋外へと出た。


 天使が集まり、去ったあとには、多くの信者が息絶えていた。

 しかし、今回は例外があった。

 わずかな教祖や幹部信者が生き残ったのだ。

 彼らには、なぜか天使は触れ無かったのである。


 「神である!

 我こそは、天使に選ばれた神である!」

 生き残った者たちは狂喜し、自身を神だと宣言すると、新しい教団を設立した。


 五日目。

 天使によって、家族や愛しい者たちを失った人々が屋外へと出てきた。

 彼らは自ら舞い降りて来た天使に、自らすすんで触れ、次々と息を引き取っていった。

 家族や愛する人たちとの再会を信じ、死に顔は穏やかであった。

 天使が現れる前には、80億を超えるといわれていた全世界の人口は、すでに半数を大きく下回っていた。


 六日目。

 強国の主導による、反攻作戦『神々の黄昏(ラグナロク)』が発動された。

 各国のあらゆる軍隊が出動し、クラスター爆弾、気化爆弾、レーザー兵器、毒ガス、火炎放射、そして戦術核までが使用された。

 しかし、人類が使用する兵器の一切は、天使に何のダメージも与えなかったのである。

 天使に触れられた歩兵は全滅し、戦車や装甲車に閉じこもった兵士たちも、投降した後に、歩兵と同じ運命をたどることになった。


 七日目。

 ついに天使たちは、壁を通り抜け、建物内部へと侵入をはじめた。

 強靭な建物、地下施設、シェルターに隠れていた人々の前に天使が現れたのである。

 極地の洞窟、海底施設、潜水艦に逃げ込んでも無駄に終わった。

 おそろしいことに高度400㎞の上空、国際宇宙ステーションの中にまで天使は姿を見せた。

 この日、生き残っていた全人類の前に天使が現れたのである。

 そして、ほぼ全ての人類が息を引き取った。


 人類は絶滅したと思われたが、ほんの一握りの人間だけは天使に触れられることは無かった。

 宗教関係者だけにとどまらず、政治家、医療従事者、教育者、学生、司法関係者、軍人、労働者、主婦、芸能人、芸術家、投資家、技術者、無職、犯罪者、老若男女……。

 赤子をのぞいたあらゆる人間の中に、天使の手から逃れた者がいたのだ。

 しかし、それは、わずかな数の人間であった。


 天使が現れてから七日目で、人類の99.9999%が死亡したのだ。

 生き残ったのは、百万分の一ほどの人間である。

 80億を超えていた人類は、一万人足らずに数を減らしてしまったのだ。

 そして、天使たちは、一人残らず天へと去っていった。


 天使がいなくなって三日目、生き残った一万人足らずの人々は、恐る恐る外へと出てきた。

 やはり、天使の姿は見えない。

 生き残った人々は、天使の手から逃れ切ったことを喜んだ。

 その中の多くの人々は、なぜ、自分たちが助かったのか理解できなかった。

 むしろ、このようなことが起こったなら、真っ先に命を奪わられると思っていたのだ。


 ……そして、ここからが本当の恐怖であった。

 地下から黒い翼を持った悪魔が、ぞくぞくと地表へと姿を現したのだ。

 耳をつんざくような哄笑をあげる悪魔たちは、残った人々尖った爪でつかまえ、地の底へと引きずり込みはじめたのである。


 生き残っていた人類は、七時間ですべて地獄へと引きずり込まれてしまった。



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天使の七日間 七倉イルカ @nuts05

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