天使の七日間
七倉イルカ
第1話 三日目まで
その日、世界中に天使が舞い降りはじめた。
背に白い翼を持ち、赤ん坊の姿をした天使が、ほほえみを浮かべながら無数に空から舞い降りてきたのだ。
人々は何事かと驚いた。
しかし、天使たちは非常にゆっくりと降下してきたため、大きなパニックは起こらなかった。
高層ビルに勤務する人々は窓に張りつき、二重ガラスの向こうを静々と降りて行く天使たちに手を振り、スマホで撮影をした。
路上に出た人々は空を見上げ、降りてくる天使たちに向かって手を伸ばした。
「かわいい……」
陸橋の上に立った若い女性が、静々と降りてくる天使に右手を伸ばした。
女性の細い指先が天使に触れる。
その指先を両手で包むようにつかんだ天使は、下降を止めて、ふわりと上昇をはじめた。
周囲の人々は、一瞬、天使の不思議な力によって、女性も宙に浮くのかと思った。
しかし、そうはならなかった。
女性は、その場にパタリと倒れたのである。
女性の指先をつかんだ天使は、そのまま天へと戻っていった。
「天使さん」
小さな男の子が、目を輝かせながら天使と触れ合った。
そして、天使が上昇をはじめると、男の子は人形のように崩れ落ちた。
地面に倒れた後は、ピクリとも動かない。
母親の悲鳴が響き渡った。
その悲鳴が、ぷつりと途切れる。
男の子の母親に触れた天使が、上昇をはじめたのだ。
ワイヤレスイヤホンを使い、歩きながら恋人と話をしていた青年は、降りてくる天使の群に、まったく気がついていなかった。
天使は、その青年の肩に着地すると、柔らかい両手で青年の頭を後ろからそっと抱え、上昇をはじめた。
青年は、次の一歩を踏み出し、そのまま歩道に倒れ込んだ。
バスから降りた老婆の肩にも、天使が舞い降りた。
ビルに逃げ込もうとした女性の頭にも、天使が舞い降りた。
傘を振り回して撃退しようとした男性の背にも、天使が舞い降りた。
そして、天使が上昇を始めると、人々はバタバタと倒れていった。
天使が触れた人々には、その場で死が訪れたのだ。
人類はパニックになった。
最初の一時間で、十数億の人間が天使によって命を奪われた。
人々は、天使に触れると魂を持ち去られるのだと恐怖した。
テレビやラジオ、SNSは、人々に対して、天使には触れず、屋内に避難するように呼び掛け続けた。
天使は、閉じられた建物内には入ってこなかったのである。
天使たちは、そよ風に吹かれる羽毛のように、地表の低い位置をさまよい続けた。
三日目。
各国政府の使節団たちが、それぞれ独自に天使との交渉に乗り出した。
完全防護服に身を包み、屋外で天使に語り掛けたのだ。
天使たちは使節団に群がった。
速度は無いが、数が多い。
使節団を包み込むように密集し、半球体の天使のドームができあがった。
そのドームが崩れ、天使たちが、天へと上昇をはじめる。
ドームが消えた後に残されたのは、折り重なったように倒れ、屍となった使節団の職員たちであった。
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