でいだらぶち【短編】

雛形 絢尊

第1話


「友康。おまえ馬鹿だな」

そんな話をしていた。絶え間ない日常の話だ。

カーステレオからはラジオ番組が流れていた。

「そんな笑うなって」真吾がそれに応える。

車は霧が深く混在するこの道を走る。

通常よりも速い速度で。

「お前、だから女見る目ないんだよ」

「んなこと言うなよ」

「っていうか、お前スピード出し過ぎだろ」

より一層、友康がアクセルを踏み込んだ。

勢いよくメーターが上昇していく。

「怖いだろう?こんな道で法定速度の方が」

一本道で、すれ違うような車も見えない。

先も見えずにただ走る。

「確かに霧が深いかもな、

危ねえからライトつけた方がいいぜ」

その言葉を発端に友康は

ライトをハイビームにした。

「なあ、なあ、

この辺にある心スポ知ってるか?」

「心スポって、お前、そんなの」

「興味ないの?」

「興味ないわけじゃないけど」

友康はそのままの速度で淡々と話した。

「この近くによ、

でいだらぶちっていう場所があんだよ」

「でいだらぶち?

あのでっかい人間みたいな?」

「それはだいだらぼっちだろ?大男の妖怪」

「んまあ、大男だな」

「で、それがどうしたんだよ」

「江戸時代にでいだらって

呼ばれてた大男がいて、そいつがある時、

質屋から高価なものを盗んだ疑いがあってよ」

「何を盗んだんだ?」

「よく知らないけど偉い人の

何かを盗んだんだってよ」

「でもよ、疑いってことは

盗んではないってことだろ?」

「そう、冤罪で。彼はその淵から落とされた。それからその場所は

でいだらぶちって呼ばれ始めたみたいだ」

「おまえ、それ本当なのかよ」

徐々に速度が下がっていく。

「ほら、そこの看板あるだろ」

彼が助手席側を指差した。

「でいだらぶち?本当だ」

「ちょっと止まってみるか?」

少し離れた場所で止まり、その淵を見た。

まるで瀑布が流れているかのような

景色であった。

その姿は圧巻である。

轟音が鳴り響き、車の後ろを見た。

霧に包まれそうなほど、

その影は一歩二歩と近づいてくる。

「なあ、早く行こうぜ」

真吾がでいだらを思い馳せてか、

その場に立ったままでいる。

「おい真吾」

一拍おいて彼は気づく。

ああ、と応えると同時に助手席へ。

エンジンはかけたままで、

そのままドライブに動かした。

車はゆっくり走り出す。

しばらく無言のまま、

カーラジオだけが侵蝕する。

「おい、なんか見たのか?真吾」

黙ったままの彼は俯いている。

「真吾」

彼は顔を上げてこう話した。

「ああ、みた」

「何を見たんだ」

「何度も、大男が飛び込んで」

「え?じゃあでいだらが?」

「こちらを見ながら飛び込んでたんだよ」

霧をすり抜けるように

また霧に向かってライトは走る。

カーラジオの電波が乱れ始めた。

何を喋っているのかは不明、

しかしながら大勢の人々が

驚きの声をあげている。

投身したのか水が跳ね上がる音がした。

震えたような男の声でこんな声が聴こえた。





「ぁぁぁぁぁああぁぁぁあぁ」













「おいおい前前前」

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