第4話



 時間が止まったように佇んでいた子供たちは消え、死んだ自分を、摩衣まいが見下ろす。


「バカだね……ほんと」


「摩衣さんは片倉さんを恨んでるんですか? 未練は彼が生きていることだったりします?」


「うんん、別に恨んでなんていないよ。私はこの場所から動けないの。だから。ただ伝えて欲しくて」


 松田は意外そうに眉を上げ、星野は静かに耳を傾ける。


「何を、誰に伝えてほしい」


「伝えたいこと…………お母さんとお父さんに、ごめんなさいって。死んじゃってごめんなさいって伝えてほしいの。私を育ててくれてありがとうございますって。伝えてほしいの」


「そんなことを数十年も未練にするなら、生きてるうちにちゃんとしとけば良かっただろ」


 あんまりな言葉に、松田は星野の足を蹴る。そして、摩衣の前に膝をついて笑った。


「わかりました。ちゃんと伝えます。摩衣さんの言葉」


「……ありがとう。やっと――」


 安心したように笑った摩衣は、霧とともに消えていく。

 本当に成仏しているかは分からないが、そうであることを願うしかない。慈悲深き神の胸に包まれ、安息のあらんことを。


 点滅していた電灯もいつの間にか普通に戻り。静かな風に葉がそよぐ。

 静寂に包まれた廃駐車場で、松田が笑った。


「明日また確認して。片倉さんに報告ですよね」


「ご両親に伝言を伝えに行くぞ」


 星野はパクパクとおにぎりを食べ終える。


「了解です。いやぁ、素直な霊で、記憶もあって。今回は楽で助かりましたね〜♪」


「お前も大概、人情がない」


「えっ!?」


 星野は歩き出す。

 意義がありそうな表情をしながらも。松田はいつもの早足で遠のいていく背中を追いかける。




 引っ越していた両親を見つけた。

 あの時に住んでいる場所聞いたこと。そして、聞いた苗字。この二つがあれば、さほど難しいことではない。


「あっ、あの時の」


「あの時はどうも」


 星野と松田は会釈をする。


 霊というのは不安定で、自我を取り戻すこと自体が珍しい。

 摩衣は比較的強い方だったが、これだけ離れていれば、彼女の思いも届かなかったのだろう。


 夫婦は連続殺人の起きるあの町を、娘を失った悲しみを忘れたかったに違いない。


 けれど、忘れられなかった。

 毎年命日には、あの場所へ行き、花を添えていたのだろう。そのおかげで摩衣は摩衣として、言葉を残すことができた。

 祈りも呪いも、人の願いとは力を持つ。口に出せばさらに強く……言霊は侮れない。


 摩衣の言葉を伝え終わった星野は、真剣な眼差しを夫婦に向ける。


「無視する事もできたのに。摩衣さんの最後の言葉を真面目に聞いてくださり、ありがとうございます」


 泣き崩れる夫婦を見て、星野と松田は踵を返した。

 伝えることは伝えた。もう用はない。




 それから二人は、病院へ赴いた。

 片倉は「ひぃっ」と悲鳴をあげるも、取り繕うようだ。星野と松田も深くは聞かない。


「ええ。解決しました。昨日の時点でなかったと言うことは、もう毎晩かかってくる迷惑電話は無くなると思います」


「そうですか。良かった」


 ほっと胸を撫で下ろした片倉は、一瞬出て行って戻ってくると現金を差し出した。


「こちら、報酬です。本当にありがとうございました」


「もういいんですか? 他の怪奇現象は――」


「そんなものはございませんッ!!」


 片倉は目を血走らせる。昨日のことがよっぽど応えたのだろう。何か焦っているようにも感じるが、星野の知ったことではない。


「だ、大丈夫ですか片倉さん?」


 松田は片倉の様子に一応心配するそぶりをするも。昨日のことがあってから、あまり良い印象は抱いていないようだ。


「ああ。すみません取り乱しました……」


 ふっと息をついた片倉を見て。

 まぁ報酬を貰ったししいいか、と星野は頷いた。




 星野と松田は路地を歩く。


「片倉さん。大丈夫かなぁ? 呪い殺されんじゃないか?」


「松田、コーヒー入れといてくれ」


「コーヒー豆切れたって昨日言ってませんでしたっけ? 買いました?」


「まさか」


 星野は不敵に笑う。

 何か言いたそうな松田は握りしめた拳を下ろして、ため息をつく。


「……そこにいてください、すぐ買って来るんで。どっか行ってたらコーヒー入れませんからね!」


 松田がスーパーに走っていく。その背中を見つめながら、星野はスマホを取り出した。

 ぷるるるるっ。


『なんだ。就業中に電話するなと言ってるだろう』


「事件ですっ」


『やめろ』


 俺の迫真の演技を即座にスルーしたのは警察官の白雪しらゆきだ。かなりの引き寄せ体質で、よく霊をくっつけている。

 週一で払ってやってるんだから、友人みたいなものだろ。もちろん、金はもらってる。


 白雪は通話の向こうでため息をつく。


『またお前は……。どうせ霊と話して変な事件持ってきたんだろう。イヤだーぁ。霊は苦手なんだよ』


「そー言わずに。死者からの伝言を信じてくれるのってお前くらいなんだ」


『わかった。それでどんな事件なんだ』


「赤橋南で、十年以上前に起こった連続殺人の犯人を見つけた……かも」


『「かも」とか言うな。赤橋南へ行けばいいのか?』


「俺は家で寝る」


『また丸投げする気か!? そうはさせないからな』


 ぷつっ。

 優しいんだよなぁ。


 ふと片倉の姿と、憑いている霊たちが殺気立っていたことを思い出す。


 白雪が巻き添えくらいそう。

 一人で寝てるわけには、いきそうもないな……。


 星野は乱れた髪をガシガシと掻く。


「まぁ、あれだけ悪霊の類がついてたら、そのうち自分のしてきたことを後悔することになるだろうさ」


 霊たちも満足したら、勝手に天へ帰ってくれればいいのに。

 星野は本当にすぐ帰ってきた松田を見て歩き出す。




 ___

 片倉を捕まえるまで書けよ〜、な言葉は受け取りませんからねっ!? まぁ求めてないかもしれませんが。

 確実に1万字超えちゃうのです。


 余談が近状ノートにあります。

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霊媒師探偵は死を覗く 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame

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