第3話



 運転席に座った松田はどうしたものかと、呆れを含んだ表情で言う。


「つけられてます」


「……放っておけ」


 ミラーをチラ見して。

 星野はよくやるなぁと、関心するそぶりすら見せる。


「巻こうとして事故りたくないですしね。賛成」



 車を置き、二人は歩き出す。

 辺りは闇に染まり、時刻は丑三つ時。もう少し時間がある。


 摩衣まいの事件が起こった場所で座った。

 見た目は完全に不審者だ。通りかかったものがいたならば、イヤそうな顔で避けられることだろう。

 松田は夜食のあんぱんを食べながら言う。


「摩衣さんの未練かなにか、分かればいいんですけどね〜」


「前回ので波長はわかった。今回は早めに話しかけれるようにする」


「さすが星野さん。俺も早く自由に霊と会話したいです」


 松田はキラキラとした目をしていた。それを全く理解できない星野は人気ひとけのない道を眺める。


「……そんないいものじゃない」


「時間制限あるタイプの霊はやっぱり難しいんですかね?」


 会話が面倒になった星野は、おにぎりを取り出す。


「星野さん並みになれば――」


「食事中は話しかけるな」


「いいじゃないですか〜っ!」


「近所迷――」



 電灯が点滅し始める。気づけば、霧が立ち込めていた。昨日より少し早い。

 また、あの日が繰り返されるのだろう。


 おにぎり片手に星野は目を瞑る。

 ふわりと黒髪が舞い上がり、空気が振動した。


「松田見えるか?」


「はい、バッチリです。来ましたね」



 また繰り返す。


 女の子が落ちて、真っ赤な花を咲かせる。これは変えようのないこと。

 摩衣が星野と、声をかけ続けていた松田の存在に気づいたのは、スマホを取り出した時だった。


「摩衣さん、摩衣さ〜ん、摩〜衣〜さ〜〜ん。摩衣さん」


「だ、だれ? あっ、昨日のおにぎりの人」


「おにぎり……?」


 松田が訝しむように星野を見る。星野はそんな彼を押し退けて、摩衣まいの前に立った。

 おにぎり片手で話すようだ。


「昨日の記憶はあるようだな。君はいつまでここに縛られているつもりだ」


「何を言ってるの?」


 ジリジリと摩衣が下がっていく。

 大人二人に迫られれば怖い、という気持ちも分かる。だが、摩衣には誰も触れられないし、ここは彼女の空間と言っても過言ではない。

 いまの彼女ならば、星野と松田を吹っ飛ばすことも可能だろう。


「この風景は何年も前のことだ。君は毎晩を繰り返している。昨日、俺と出会ったのは何をしていた時か。覚えているな?」


「…………うん。病院に電話をかけようとしてた。今みたいに。デジャブじゃ、ないんだよね…………?」


「ああ」


 摩衣は手を下ろして俯いた。

 奇妙なほどに素直な少女の前へ、松田は膝をついて笑う。


「摩衣さん、あなたの未練は――」


摩衣まいっ!!」


 隠れていた男が走ってくる。

 ずっと二人をつけていたのは片倉かたくらだった。タイミングが最悪すぎるのと、やっと出てきたかと二人は片倉の方へ視線を向ける。

 しかし、彼は二人など眼中にないようだ。


「摩衣、本当に君なのか!?」


「片倉、あゆむくんだよね」


 彼に付き纏う悪霊たちが騒ぎ始めている。

 二度も見たからわかった。片倉についている悪霊たちは、先ほど一緒に遊んでいた子供たちだ。


「片倉さん、霊は不安定な存在だ。あんまり刺激しないでいただきたい」


「退いてくれ。俺は摩衣に伝えなくてはならない事があるんだ」


 あまり双方を近づけたくはなかった。

 だが、片倉がなにを言う気なのかと、不服ながらも星野は下がる。


「君はいつまで俺に縛られているつもりだ!?」



 刺激するなと言っているのに、なんて言葉をかけているんだと、星野は頭を押さえる。その側で、「殴りますか?」と拳を握る松田は笑顔だった。

 いまは、片倉に憑いている悪霊たちの顔が見えているからだろう。

 星野は頭をよこに振る。


「やっと会えた。君が俺のことを好きだったってことは分かってる。でも――」


「ねぇ。全然違うよ。私は私の意志で飛んだの。楽しくなりすぎて高低差を考えられなかった私の責任だって分かってる」


 片倉は今までの怪奇現象が全て、摩衣が起こしたと思っているのだろう。

 だがそれは間違いだ。彼女のやっていることは、夜中同じ時間に電話を鳴らすということだけ。


 その時。摩衣に触発されたのだろう、強い風が吹いた。

 ギギギとそばでイヤな音が鳴る。電灯がパチパチと激しく点滅して、松田と片倉は狼狽える。


「お前はもう慣れろ」


「急になるとびっくりするじゃないですか!」


 一切動揺しない星野の方がおかしいと、松田は抗議の目を向けた。

 しかし、幼い頃より幾度となく同じような状況にあってきた星野にしてみれば、日常ですらある。


「ところで」


 前に立つ摩衣まいが、指を差す。


「みんなはどうしてそこにいるの?」


「みんな?」


 片倉から冷や汗が垂れる。すると、霊たちは口々に言った。


「摩衣だ」


「摩衣摩衣摩衣」


「最初に殺された可哀想な摩衣」


あゆむくん。貴方を明けない一夜へ誘いましょうね」


 半透明の手が、片倉に近づいていく。


「うわぁぁああ〜〜っッ!!?」


 片倉にも見えたのだろう。彼は尻餅をついて、霊たちから一目散に逃げ出していく。松田がまともに聞き取れたのは四人だけ。片倉には何人の声が聞こえただろうか。

 逃げる彼にぴったり憑いていく何人かの霊たちは、バイバイと摩衣に手を振った。


「みんなおかしいよ……。どうしちゃったの?」


「恨みでこの世に残った奴らは、ああなる」


「……そうなんだ」


 邪魔者が消えた。

 進み出た星野は、あたらめて摩衣に問いかける。


「摩衣。どうして片倉に電話を?」


「だって、私のわかる限り。あの人しか生きていないから」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る