第2話



 霧が晴れてきて、朝日が登っていく。

 男はおにぎりを食べ終えると、朝日の方を向いて伸びをした。


星野ほしのさん!」


 廃駐車場に行っていた、引き締まった体を持つ男性が登ってくる。彼、松田まつだは、探偵を営む星野の弟子であり、ルームメイトであり、同級生である。

 現在は霊を見るための修行中で、いまの光景も断片的であれど見ることができたはずだ。


「星野さんどうでした? 話しかけられました?」


「…………ああ。一言だけな」


「初日に波長を合わせられるなんて流石です!」


 星野は少女の座っていた場所を見下ろと、頭をガシガシと掻いた。


「面倒なことに、同じ日を繰り返している。……あれは自分が死んでることにも、飛び降りたのが自分だってことにも気づいていないな。……もう祓っていい?」


「ダ、メ、です! ちゃんと成仏させてあげなきゃでしょ」


 松田の否定に、星野は深いため息をついた。

 少女に自我がなければさっさと払ってしまえるのにと、面倒そうに駐車場の方へ降りていく。


「星野さん?」


 追いかけてくる松田を無視して、少女の落ちた場所の前で手を合わせる。

 何かしら未練があってここに縛られているのだろう。星野は少女を哀れむように、地面の汚れを見つめる。


 立ち上がると、男女が廃駐車場に降りてきた。50代ほどの男女で、手には黄色い花を持っている。


「あら。こんにちは」


「こんにちは」


 二人はにこやかに挨拶すると、花を置き、手を合わせる二人を見下ろす。


 少女のことを知っている人たちかもしれない。星野と松田は、彼らの祈りが終わるのを待つことにした。

 手を下ろしたふくよかな女性が、涙ぐんだ目をこする。そして、星野を見上げた。


「あの、私たちになにか?」


「お二人はどうしてここへ?」


「あぁ。そうですね……」


 女性は息を詰まらせるように、口を閉ざしてしまった。そんな女性を男性が優しく肩を包み込む。

 彼女らの様子から、あの少女の近しい人だろうことが窺える。


 男性は顔を上げると、悲しげに微笑んだ。


「十年前くらいですかね。ここいらで連続殺人が起きまして……。子供たちが次々死んでいくものだから、みんな引っ越してしまったんですよ」


 男性は目を伏せる。


「結局犯人は捕まらず。無念でなりません……」


「お辛いでしょう……」


 松田が共感するように手を合わせた。その様子を一瞥すると、星野は男性に問いかける。


「貴方方は彼女のご両親であるとお見受けしますが、この辺りにお住まいで?」


「いいえ。私たちもここを離れ、いまは熊の手の方に住んでいます」


「そうですか……」


 死に近い時間帯が、一番霊の力が強まる。

 星野は、一歩遅かった夫婦から視線を逸らした。


 希望のそばには絶望がある。夜明けに来れば会えるかも、などと伝えたところで、見えるかは分からない。いらぬ希望は持たせるべきじゃないだろう。

 星野はいつものようにそう判断して、朝日に目を細める。


「貴方方はどうしてここへ? 摩衣まいの友達……ではないですよね?」


「少々……声が聞こえたもので」


「声、ですか……?」


 星野はそれだけ言って踵を返す。


「あれ、星野さん? もう行ってる!? ……で、ではっ、俺も失礼します!」


 祈っていた松田は慌てて追いかける。

 駐車場を登ると、急な坂で少し息を切らした星野に言う。


「とりあえず、病院の方に録音してもらった物を取りにいきましょうか」


「松田、任せた」


「星野さんもいくんですよ! あんたの趣味でしょ!」


「俺ここで寝たい……」


「行きますよっ」


 元気のあり余っていそうな松田に押され、星野はしぶしぶ歩き出す。




 この事件を知るに至った事の始まりは、病院から受けた依頼だった。

 不可解な現象が相次ぐから、解決してほしいとのことだ。原因は明白だったのだが。院長である片倉という男から、とりあえず奇妙な電話からと言われたため。

 星野と松田は、あの場所にたどり着いていた。


 通された部屋の椅子に腰掛け、二人はしばし休憩する。

 カチャッと開いた扉から、中肉中背の男が入ってきた。


「どうも。星野さま、松田さま」


 星野と松田は、部屋に入ってきた男に頭を下げる。

 忙しい合間を縫って、彼が録音機を持ってきてくれたようだ。

 すぐに座った星野を見て、若干焦りを見せながら松田が録音機をうけとりに行く。


「ありがとうございます片倉かたくらさん」


「何か進展があったのでしょうか?」


「ええ、まぁ」


「本当ですか? 良かった。ここを開いてから毎晩毎晩、番号を変えてもかかってくる。本当にいい加減にしてほしいですよ」


 片倉は本当に困っているように見えた。確かに毎晩ノイズ混じりの電話がかかってくれば、嫌にもなるだろう。


「それで、もう解決したんでしょうか?」


「目星は着きましたので、これから解決に向けて動こうと思います」


 片倉はホッと胸を撫で下ろした。


『ジジジーーーッ、つた――――ジジ、なさい――――ジジジッーーーピーーーーッててく――――』


 録音機から、激しいノイズ音と、途切れ途切れの少女の声が聞こえてくる。

 いま録音を流す必要はないだろうと、松田は避難の眼差しを向けた。星野はどこ吹く風で、音に耳を傾け続ける。

 苦笑した片倉は、まだ話を聞きたそうに椅子に座る。そこで松田が気づいた。


「あれ、そういえば片倉さんって。摩衣さんにジャンプして着地してみろって言った人じゃないですか!?」


「声がでかい」


『ーーー――――。プツッ』


「あの、いま摩衣さんと……?」


 院長は前のめりとなって、目を丸めていた。

 星野はその問いには答えず立ち上がる。答えようとした松田を掴んで、出口の方へ。


「お待ちください。摩衣さんを知っているんですか!?」


 前を塞いだ片倉が、返答を求めるように二人を見た。その様子に、松田が星野を伺いながら言う。


「ええと、摩衣さんはいまも死んでしまった場所で彷徨っているんです。そして、彼女がこの音声の主かと……」


「摩衣さんが……。よろしければ、私もご同行させていただけませんか」


「もち――」


「いいわけないでしょう」


 星野は冷ややかに片倉を見つめると、彼を押し退けて歩き出す。


「また来ます。これ、ありがとうございました」


「あ、ありがとうございました〜!」



 病院を出て、松田は少し苛立ったように追いかける。


「ちょっと星野さん、あれはないんじゃないですか!?」


 スタスタと早足の星野は気にした様子もなく。輝く太陽に目を細め、病院に止めてある松田の車を目指す。


「……おおかた、摩衣の焼きついた死が忘れられなかったんだろう」


「はい?」


 戸惑う松田を放置して、歩く星野は録音機を眺める。


「もうほとんど力を失ってるようだな。毎晩力を使ってれば、そうなるか。むしろ、それだけの力を。祈りを献げてもらっていたことが意外ですらある」


「…………またそんなこと言って……」



 二人は車に乗り込む。

 後ろ座席を倒した場所にある、寝袋へ。


「それにしても、片倉さんが幽霊を信じるタイプであったことには驚きですよね……ってもう寝てる!?」




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