かとか

 指で弦をはじくと、ぴゅんと音が転がり落ちた。

 コメント欄に『ちゃんと聞こえるよー』と表示される。マイクの調子は上々のようだ。

 私はひとつ息を吸う。

「さてさてみなさんこんばんは! ついにこの日が来ましたねー!」

 画面の中のトーカが笑うと、法被が揺れて黒髪がさらりと流れた。

 コメント欄が『待ってた!』『ついに!』『俺の火曜日!』とたくさんの投稿で溢れる。

「先週は急に休んじゃってごめんなさい。でもそのぶん今日がんばるので楽しんでいってくださいね!」

 テンション高めに声を張る。また一段コメント欄が盛り上がる。

 視聴者数は過去最高を記録していた。

 火曜日の二十一時にこれだけ大勢が集まってくれただけでも嬉しいが、ここで満足するわけにはいかない。お祭りはこれからだ。

 私がライブの決行を決めたとき、意外にも羽住さんは反対しなかった。

「やりたいの?」

 ただ一言そう尋ねただけだ。できるの、ではなく、やりたいの、と。

 私は彼女の目を見て頷いた。

「はい」

「うん。わかった」

 そう言った翌日、羽住さんは病院の許可が下りたことを伝えてくれた。今回に限っては二時間の放送を許してもらえたのだ。

 最後に彼女は「院長からの伝言だけど」と付け加える。

「ライブ楽しみにしてますだって」

「もしかして院長フォロワー?」

 このコメント欄のどこかに院長がいたりして、と私が笑うとトーカも同じ笑顔を見せた。

 コメントはなくとも、あのナイフ投げ名人の彼もここを見ているかもしれない。呆れた目で流し見しているかもしれないし、私を蔑むポイントを探しているかもしれない。

 けどもうそんなのどうでもよかった。

「なんとこの日のために新曲も用意してきたんですよ。さっそく一曲目から披露しちゃおうと思います。みんな、いいかな?」

 私の声を掻き消さんばかりに文字の濁流がコメント欄を泡立てた。彼の言うように、私は今調子に乗っている。ノリノリだ。

 傲慢だっていい。私の花火でみんな沸け。

 私は今、生きている。

「いつも私の歌を聴いてくれてありがとう。みんなのおかげで私は今日も歌えます」

 ギターを抱え直して息を吸う。カメラを見つめて、目を閉じた。

 可とか不可とか関係ない。過去も未来も関係ない。

 今、この一瞬だけでいい。

 彼らの瞳に焼き付けるほどの輝きを。

「それでは聴いてください。──『かとか』」



(了)

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かとか 池田春哉 @ikedaharukana

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