可とか

『体調を崩したので今週の放送はお休みします。すみません』

 送信ボタンをタップすると、私の文章がタイムラインに表示される。息をついてスマホをテーブルの上に置いた。

 ベッドに横たわる私の腕から半透明の管が伸びている。

 今まで放送を休んだことはなかったが仕方ないだろう。こんな状態で演奏なんてできない。

 あれからすぐに駆け付けてくれた羽住さんに助けられて私はなんとか呼吸を取り戻した。脈も乱れていたようで「とにかく今は安静に」とのことだ。

 来週のライブについても羽住さんは賛成しなかった。

「できるときに、できることをしてほしい」

 ごもっともだ。そして今がそのときでないことくらい私でもわかる。

 ひとまず今週の放送は休むことで話を収めたが、来週も再開できるかわからない。

 結局、彼には返信していない。

 返す言葉もなかったし、羽住さんにも止められた。そんなの相手にしなくていいと。

 わかってる。急に現れた新人に対するやっかみなんて気にするだけ損だ。調子に乗ってるうんぬんは私ももう気にしていない。

 それでも彼が雑に投げたナイフの一本が、私の急所に突き刺さっていた。

 偶然だろう。私は自分の病気について公表していない。

 だから彼は知りもしないはずだ。それがどれだけ私の欲しかったものか。

 学校に行って、勉強をして、テストを受けて、部活動をがんばって、友達と恋バナして、ケンカして、仲直りして。

 そんな普通の青春を送りたかったよ、私も。


 やめちゃおうかな、このまま。


 ふと暗い思いが脳裏をよぎる。

 普通に生きてないと反論すら許されない。普通じゃないと認められないなら私はもう何もできない。足りないものを突き付けられて傷を増やすだけだ。

 せっかく防音室作ってもらったのに怒られちゃうかも、と考えたところでテーブルの上のスマホの振動音が聞こえた。

 また彼からのメッセージかもしれない。

 目を逸らし聞こえないふりをしていたら、スマホがまた震えた。何度も何度も振動する。さすがに私はスマホを手に取った。

 SNSの通知だった。おそるおそる画面を開いて、私は息を呑む。

『え、トーカちゃん大丈夫?』

『あらら無理せずにね』

『今週は火曜日なしかあ……お大事に!』

 さっきの私の投稿への返信だった。それも大量のだ。

 メッセージを読んでいる間にも次々と返信コメントは増えていく。

『来週いけるかな。楽しみだけど無理せずで』

『俺の火曜日を灯してたのはトーカだったと実感』

『焦らすねえ。来週のライブますます楽しみになっちゃうな』

『トーカさんお大事に!!』

 振動とともに現れる言葉の数だけ胸の奥に火がともる。やわらかく揺れる炎は温かいのに、手の震えは止まらなかった。

 画面が見えなくなって私は一度スマホを置く。なおも通知は鳴り止まない。

 ……バカだなあ、私。できるとかできないとかどうでもいいのに。

 小さな画面に次々と咲くコメントを見ながら涙を流す。

 こんなとこで何してんだよ。

 抜け落ちたナイフを蹴り上げて、私は再びスマホを手に取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る