車窓の霧【短編】

雛形 絢尊

第1話

いつものように私は車両に乗り込んだ。

外苑沿いを走る列車は定時運行で走る。

影のような人の流れ、

様々な人々が乗っている。

平日の昼間とは思えぬ、

談笑が飛び交ったこの車両。

突拍子もなく彼は乗り込んできた。

扉が閉まる。

彼奴はどこかで見たはずだ、

どこかで見たはずであるが、

妙に名前が思い出せずにいる。

彼は私の左隣、アナウンスが鳴り

ドアが閉まる。

「今日は天気が悪い予報、

傘なんて持ってきてはないよ」

それを片耳私は淡々と、自業自得だと考える。

名前の知らない彼のこと、

濃霧がよりこの街を覆った。

深い霧に映る街頭、正午を回ったとは思えぬ。

灰色の景色にライト、彼は続いてこう呟く。

「なかなかうまく行かないよな、

まるでこんな濃霧と一緒だな」

「そう思っているうちが華だ」

短絡的に私は言った。

「なあ、もしこの霧の中からさ、

見えない明日が見えたらどうだ?」

「何を言っている正気じゃないのか?」

頭の片隅では考えた。

それでも尚、走る電車。

急行とすれ違う人はまだら。

向かい側の列車に映る。

骨身になった私がいる。

吊り革を持って綽々と、

こちらすっと見続けている。

気味が悪いったらありゃしない。

彼の言う通りだとは思えない。

「なあ今見えたろ、あれが明日(あす)」

そんなわけあるかと彼に言う。

「いやあ、でも見るからにあれが明日(あす)」

手の甲を見ると汗が立つ。

「でも見るからに妙なもんだった、

お前も間違いなく見たんだろ?」

「いや、見てない」と嘘をついた。

何故かそれを認めたくはないと。

「そりゃなんだ今更何を言う。

この車両にお前と俺しか乗ってない」


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