虐げられた従姉が魔女になったので、虐げていた両親を鉱山に送りました

ひよこ1号

虐げられた従姉が魔女になったので、虐げていた両親を鉱山に送りました

その大陸では、霧の中から魔物が現れる。

主に山や海の近くで発生するが、都市や町でも発生する事があり、集落や町村では防壁を築いて人々は肩を寄せ合って生きていた。

大きな都市では壁の内部も安全とは言い切れず、歩哨があちこちに配備され、異常があれば鐘や笛を鳴らして騎士団を呼んで対応する。


侯爵家にエミーリエが来たのは五歳の頃だった。

父の兄である伯父夫婦が相次いで亡くなって、一人娘のフリーデリンデが残されたので、父がその世話を任されたのだ。

だが、父も母も従姉を冷遇している。

積極的に嫌がらせをする訳ではないが、甲斐甲斐しく世話をする事もないし使用人扱いをしていた。

部屋は取り上げて、庭にある小さな小屋を使わせている。

抗議をした使用人は解雇され、口を噤んだ使用人と新しく雇った者達で屋敷は回っていた。

従姉は抵抗することなく、打ち萎れて全てを受け入れていたのだ。


そんなある日事件は起こった。

階段からフリーデリンデが落ちてしまったのだ。

使用人の悲鳴を聞きつけて、部屋を出ると階段の下にフリーデリンデが倒れていて、階段の上では従僕のアルバンが真っ青な顔をして立ち尽くしている。

彼は従姉をよく突き飛ばしていた男で、何やら言い訳めいた事を言い始めた。


「違う!俺はただ、振り払っただけで……!まさか落ちるなんて……!」


階段の上でそんな事をすれば、落ちる可能性があるのは子供のエミーリエにも分かる事だった。

何処かでぶつけて傷が出来たのか、頭の下には血だまりが出来ている。


「なんてことをした!」


父のバルナバスが叫んで、従姉の元に走り寄った。


「ねえ、あなた、これでこの子が死ねば、この家はわたくし達の物に…」


「なる訳ないだろう!寧ろその逆だ!この子が死んだら我々は後見人でなくなるから追い出される。次期侯爵は分家の者が選ばれると決まっているんだ!」


「えっ」


母は驚いた声を上げて、あわあわと辺りを見回して命じた。


「早く医師を呼びなさい」




医師は程なくして現れて、従姉の治療を始めた。

ところが、医師だけではなく騎士達まで付いてきたので、父と母は顔色を蒼くして慌てたのである。


「いえね、階段から足を滑らせた、ただの事故でして」


普段は横柄な父も身分的には今も平民である。

当然騎士の方が身分が高い。

愛想笑いを浮かべてそう言い訳するも、若い騎士は冷たく言い放った。


「それはご令嬢が目覚められたら確認致しますので、お気遣いなく」


「で、では目覚めたら呼びますわ。ねえ、あなた?」

「ああ、そうだな」


ギロリ、と凄みのある視線を向けられて、母はヒッと喉を鳴らした。


「余計な口出しは無用である。侯爵令嬢が事故に遭われたのだ。しかも、この粗末な服は到底まともな生活を送っていたとは思えぬが、どういう事か」


腹に据えかねた様子で、熟練といった風貌の騎士が厳しく問い糺す。

改めて従姉の様子を見れば、粗末な白い布地の大きめの服で、身体と合っていない。

手足は細く、指先は水仕事で荒れているので、こちらも貴族として扱われていた様子にも見えないだろう。


「それは、その……」


もごもごと父が言い訳をしようとしたところで、医師が治療を終えた。


「頭に負われた傷はごく僅かで、治癒も終わりました。いつ目覚めるとは言えませんが、命に別状はありません」


医師の言葉に、ほう、とエミーリエは安堵の息を漏らした。

ここに来てから二年、煩い母の目を盗んでエミーリエはフリーデリンデと時折過ごしていたのだ。

大人しい従姉は、優しく教養もあって、エミーリエに時々本を読んでくれた。


本当なら父と母のしてきた行いは罰せられるべきかもしれないけれど、エミーリエにはまだそれを口にする勇気はない。

ただ、従姉が助かって本当に良かったと安心していた。

医師の言葉に頷いた年上の騎士の方が医師を連れて出て行き、若い方は部屋に残ってフリーデリンデを見守っている。

エミーリエは椅子から立ち上がると、年若い騎士の方へと歩み寄った。


「騎士さま、お従姉ねえさまが目覚めるまで此処にいて頂けるのですか?」


「……ああ、その心算だよ」


一瞬驚いたように青緑の目を瞬いてから、鋭い眼に柔らかさが滲んだ。

声音も両親に向けたものよりも格段に優しい。


「分かりました。では、椅子と軽食を運ばせますので、お召し上がりください」


「何、エミー、貴方勝手に……」

「そうだぞ、お前…」


両親が抗議をするが、危機感のなさにエミーリエは眉を曇らせた。


「騎士さまは、お仕事でいらしているのです。我が家の方でもきちんと協力しなければいけないのではないですか?」


既にもう追い返す事は出来ないのだ。

目覚めた従姉に話を聞くまで帰らないと言っているのだから。

よしんば、追い出す事が出来たとしても協力しない人々という不信感は拭えない。

実際に、虐待に近い冷遇をしていたのはもう見抜かれているのだから。


エミーリエの言葉に二の句の継げない両親は黙り込み、騎士の方を気にしながらも「着替えて参ります」などと言い訳をしながら出て行った。

暫くすると、椅子を持った従僕と軽食の乗ったワゴンを押した小間使いが部屋に入ってくる。


「お嬢様もお召し上がりください」

「ありがとう」


食事の匂いに刺激されてか、フリーデリンデの睫毛がふるりと震え、エミーリエは慌ててその手を取った。


「お従姉ねえさま!?」


「………ひっ、……ここは、何処……?」


素早く手を引っ込めたフリーデリンデは、辺りを恐々と見回して、それから漸くエミーリエをじっと見つめた。


「ああ、エミー……貴女ね。そう、何だか記憶が混濁しているようだわ……それに、このお部屋に入るのも久しぶり」


部屋をぐるりと見渡して懐かし気に言ったのは、2年前に取り上げられたフリーデリンデの部屋に運ばれていたからである。

そしてある一点に目を留めて、大きな紫の目をぱちくりとしばたたいた。


「…デニスお兄様?」

「やあ、久しぶり。覚えていてくれたかい」

「ええ、勿論ですわ」


首を傾げて、フリーデリンデはくすくすと笑う。

その様子にエミーリエは驚いた。

今までのフリーデリンデは控えめに微笑むだけだったので、そんな風に笑ったところは見た事がない。


「お二人はお知り合いなのですか?」


仲が良いからなのかとエミーリエが質問すれば、デニスが柔らかく微笑んだ。


「ああ、もう6年も前になるだろうか。侯爵殿にお世話になっていた時期があってね。ちょうど君と同じ年ごろだったかな」

「ええ。立派な騎士におなりになって。父も母もきっと喜んでいらっしゃるわ」


微笑んで言われたフリーデリンデの言葉に、僅かにデニスが苦しそうな面持ちになる。


「急な事故でお亡くなりになられたから、葬式に駆け付ける事も儘ならず、済まなかった」

「いいえ、職務が第一でございます」


職務、と言われた事でハッとしたデニスに厳しさが戻った。


「階段から落とされた、と聞いたのだが、誰に落とされたんだ?」

「いいえ、ただの事故ですわ。アルバンの手が偶然当たってしまっただけですの」


にっこりと微笑むフリーデリンデは、やはり今までとは違う、とエミーリエは確信を深めた。

昔だったら、もっと困ったように言い難そうに言っていた筈だ。


「だが、粗末な服を着せられて、部屋からも追い出されていたんだろう?」


先程のフリーデリンデの一言で、そう見抜くデニスは優秀な騎士なのだろう。

エミーリエはハラハラとしながら二人の会話を見守った。


「お庭に小さな小屋を戴いたのですわ。それに、雨露が凌げて矢が飛んでこない場所なら十分です」


「矢!?」


あまりの言葉に思わずデニスと一緒にエミーリエも聞き返してしまった。

驚いた顔のデニスと目が合って、きっと同じ顔を自分もしているのだろうなとエミーリエは思う。


「あ、いえ……ええと、危険がない場所、という意味ですのよ。他意はございませんの」


フリーデリンデはにこやかに言い直すが、そんな言葉あるのだろうか、とエミーリエは見守る。

デニスも、納得しないまでも頷いて、ぼそりと、いやそれは期待値が低すぎないかと首を傾げた。


「それに、痩せ細って、十分な食事を与えられていないのでは?」

「いいえ?一日に二食も頂けて、スープには野菜が入っている事もございますのよ。パンだって乾燥して固いだけで、カビなどは生えておりませんし」


にこにこと従姉の口から飛び出すのは、冷遇された話そのものである。


「は……?侯爵令嬢が野菜も入っているかどうか分からないスープを!?」


「ええ、お腹が空けば庭には草もございますから」


「草!?」


エミーリエは軽く眩暈を覚えた。

嫌味や告発なら分かるのだが、従姉は、助かりました、とか、恵まれていました、などとも言っている。


「それにですね?可愛いエミーが時折、お菓子もくれましたのよ。自分の食べ物を分けてくれるなんて何て優しい子なんでしょう」


そう言いながらフリーデリンデにぎゅっと抱きしめられて、エミーリエはどうしたらいいのか分からなかった。


貧しい食事をさせられているなんて知らなかったし、知っていたらもっとあげられたのに。


などと詮無い事を思い浮かべてしまうほどだった。


「ふむ……では、現状、侯爵邸での生活に不満はなかった、と」

「ええ、ございませんわ」

「……えぇ……!?」


抱きしめられたエミーリエから不満の声が上がったのには、思わずデニスも苦笑を返した。


「怪我の具合もあるし、暫くこの家で生活を看させてもらう。話を聞く限りでは侯爵令嬢が受ける扱いではない」

「でも、役立った事もございますのよ?料理や洗濯を学べましたし、お裁縫だって刺繍以外を致したことはありませんでしたもの」

「……益々以て度し難い……」


フリーデリンデは庇おうとしているのだが、口から出る言葉はもう虐待である。

ふう、とエミーリエは小さくため息を零した。


「私も捕まりますか……?」

「何故ですの!?可愛いエミー、貴女が何の罪を犯したというの?」

「だって……」


「いや、いい。その話は今すぐじゃなくても。それに、エミー?ちゃんはフリーデに優しくしてくれていたのに、罪に問われるという事はないだろう。フリーデもそれを望んでいない」


大きくフリーデリンデが頷いて、ぎゅっとエミーリエを力強く抱きしめた。


「折角だから、この食事を食べると良い。俺は後見人の方々と話をしてくる」


まだ湯気が立ち上っている皿を差し出されて、フリーデリンデの手がふわりと離れた。


「宜しいのですか?……だって、これ、お肉入りですよ?」


信じられないというように呆然と訊くフリーデリンデに、同じような顔でデニスが返す。


「いや、今まで具が少なすぎた方が問題なのだが?」


「こんなご馳走を分けて頂けるなんて、デニスお兄様は昔からお優しいですね」


「えぇ……」


困惑する視線を向けられたエミーリエは、ふるふると首を振って円卓テーブルに着く。


「お姉様頂きましょう。折角の温かいスープが冷めてしまいます」

「あ、温かい…ですって!?……お肉入りの具沢山な上に温かいなんて、今日はなんて素晴らしい日なのかしら……」


やはり、フリーデリンデは何処かおかしい、とエミーリエは上目遣いに見上げる。

デニスは、宜しく、というようにエミーリエに視線を送ってから部屋を出て行った。


「頭を打って、お従姉ねえさまは変わられました。……大丈夫ですか?」

「……うふふ。やっぱり、エミーにはばれてしまいましたね。……ええ、頭を打った拍子に、わたくし別の世界の記憶が流れ込んできましたの……とても長い記憶、人生を辿って来たのよ」


別の、世界の記憶。

物語の世界だったのかしら?


エミーリエは柔らかいパンを千切りながらフリーデリンデの話に頷いて、耳を傾ける。


「まあ!パンてこんなに柔らかいものだったかしら!?それに温かいわ……!」


わなわなと震えるフリーデリンデをデニスが見たら、また絶句しただろう。

でも今はそれよりも重要な事がある。


「そこでは矢が飛んでくるの?」

「ええ、そうよ。先に気づけないと、何処かから飛んでくるわ」


えっ。

物騒な話を笑顔でする淑女って怖い。

それに先に気づくって……?


目を丸くして驚いたエミーリエに、フリーデリンデは困ったように言う。


「最初は全員敵でしたもの。日々戦いの連続でしたわ」

「えっ!?」


今度こそ、エミーリエの口から驚きの声が上がった。


「大体の家は壊れていましたから、自分で建てるまでは本当に苦労致しましたの」


自分で!?

建てる!?


ぽかん、と口を開けたエミーリエにくすくすとフリーデリンデが笑う。


「壁も屋根も無い家なんて当たり前なのですから、それに比べてお庭の小屋も天国ですわ」


いえ、天国ではありませんけども!?


否定してはいけないような気がしてエミーリエはパンと一緒に言葉を呑み込んだ。


「壁があるだけで、獣の侵入も防げますからね!」


期待値が低い、とデニスが言っていたけれど、これはそれ以下だとエミーリエは思った。

まるで自慢するように言うのだけれど、どう見ても庭の小屋は古びていて大きな嵐が来たら崩れそうな佇まいだ。


「最初は戦いの連続と言ってましたけど、だんだん敵は減ったの?」


「ええ、狼とも獣人とも意思の疎通が出来るようになってからは、なるべく殺さないようにしましたの。彼らは仲間意識が強いから、仲良くなっても仲間が傷つくと敵と判断しますからね」


まるで、小さい注意点よ、みたいな雰囲気で教えてくれるが、今の生活に役立ちはしなさそうで、エミーリエは眉尻を下げて笑顔のフリーデリンデを見つめた。


「もし、傷つけてしまった場合はどうするの?」

「全員殺すしかなくなるわ」


困ったように微笑まれて、背筋がゾッとする。


「……意思疎通出来ない敵は?」

「いましたわね。彼らは見かけ次第殺さなければならなかったわ。元々がそういう人達なのね。言葉が通じなくて攻撃的だから、彼らに飼われている獣達も殺すしかなかったの。見敵必殺サーチアンドデストロイですわね」


見敵必殺……!

この魔獣が跋扈する国内においても、令嬢がこんな言葉を発する事があるだろうか。

エミーリエは震えた。



侯爵と話が終わってデニスが戻ってくる前に、フリーデリンデは唇の前に人差し指を一本立てて言った。


「この話は、二人の秘密にしてね」

「はい。お従姉ねえさま」


夢や妄想にしては緻密すぎて、嘘とは思えず。

さりとて現世の記憶が無い訳でもない状態で、実は異世界の記憶があるなどと言える筈もない。

エミーリエはしっかりとフリーデリンデの目を見つめて頷いた。


デニスが来てからというもの、フリーデリンデの生活が一変したのは言うまでもない。

両親はこってり絞られたのか、エミーリエがフリーデリンデと過ごしても文句は言われなかったし、食事の席にも参加するようになった。

古い使用人達も安心したように過ごし、逆に肩身が狭い思いをしているのが、アルバンやイメルダといったフリーデリンデにつらく当たっていた新しい使用人達だ。


三日ほどが経った朝、そのアルバンが首を吊って死んでいた。

前夜は皆普通に過ごし、早目に就寝をしていたので、目撃者はいない。

一番最初に見つけたのは、露台テラスの下にある侯爵夫人の部屋を使っていた母と使用人だった。

事件性はないのか、とデニスが調べたが露台テラスに空の酒瓶が幾つかあり、捕まるのではないかと脅えた上で追い詰められての自殺だろうと片付けられたのだ。


更に三日後、今度は小間使いのイメルダが事故で亡くなった。

フリーデリンデが言うには、かつてのように料理をしようとして煮えたぎる湯の前に立っていると、後ろから来たイメルダに突き飛ばされそうになったのだという。

誤って熱湯に頭から突っ込んでしまったイメルダを、助けようとして手を火傷してしまったと右手の治療を受けていた。



エミーリエの中では、フリーデリンデが言った言葉が甦る。

見敵必殺サーチアンドデストロイ

戦いの記憶を宿したフリーデリンデは、明るく優しく元気になったが、その裏で。

容赦ない一面を見せたのではないか。

敵だと断じたからこそ、殺したのだとエミーリエは直感した。


だとしたら、次に殺されるのは、両親だろう。


どうしようもない親だとは思う。

欠点は挙げればキリがない。

だが、死んでほしいとは思えなかった。

エミーリエには優しい両親の姿も見せていたのだから、捨てきれない親子の情はある。

だから、エミーリエは両親を告発する事にした。


デニスは穏便に済まそうとしていたが、彼が居なくなった後の事を考えるとフリーデリンデの状況はまた悪化するかもしれない。

フリーデリンデやエミーリエの祖父が急遽、王都に呼び出されて、孫娘たちの必死の願いを聞くことになった。


「私はどうなっても構いませんから、悪い事をした両親は鉱山送りにして下さい!」


エミーリエの言葉に、侯爵は驚きを隠せなかったが、平民が貴族を虐待していたと知れれば死刑もあり得る中では恩情だとも思えるので、認めた。


「エミーリエは可愛い妹です。何処にも渡しません!」


フリーデリンデの必死の懇願に、こちらも二人の孫の不憫さを考えて、侯爵は養女として正式にエミーリエを侯爵家に迎え入れたのである。

二人は終生、寄り添うように仲良く暮らした。

フリーデリンデが皇后となり、魔女と呼ばれて恐れられるようになっても。

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