神斬りのアヤメ

佐上蛍

神斬りのアヤメ

 世は神戦国時代。ここ蓬莱の国では各地の守り神が突然人々の命を奪う様になり、人類はそれに対抗すべく神を殺す武器、『神殺器』を生み出した。そうして神と人類が生きるか死ぬかの戦いを始めてはや六十年、強大な力を持つ神には人類では一歩及ばず、人類は絶滅の危機に晒されていた。


ーーーーーー


 私が初めて刀を握ったのは、確か六歳の時だったと思う。あの夜、私は村を襲った神に殺されないために兄の死体が抱えていた刀を奪い、そのまま皆殺しにした。その時の感触は今でも忘れることができず、深い眠りには当分つけていない。


 初めて握る刀は不思議と重くなく、血まみれになった着物は重くなって動きにくかった。日が暮れてから村にきた神を殺す組織、『神斬り舞台』の連中が私を見るなり神童だなんだと喚いていたが、そこはあまり覚えていない。ただ、その日から私には自由はなく、好きだった花の匂いも忘れてしまい、人間と神の血と死臭だけが忘れられない呪いへとなった。


ーーーーーー


 私はアヤメ、『神斬り舞台』に所属する『神斬り』だ。齢十五で神斬り舞台の四幹部にまで上り詰め、『史上最も神を殺した女の神斬り』として嬉しくもないのに名が通ってしまった。そんな私は組織長からの呼び出しに応じて本部へ向かっている最中だ。


 これでも幹部の一人。そう易々と派遣されないためかなり強い神が現れたのだろう。神の位だと最高神か大神だろう。それより下の新神と式神の討伐ではまず呼ばれない。


 本部の屋敷は森で隠されており、これまで見つかった事は一度もないらしい。何でも三年に一回引っ越しをする事で行方をくらませ続けているそうだ。

 今の屋敷はもうすぐ引っ越すため、我が家から然程離れていないうちに用事を済ませておきたかったのだ。何せ、前々回は片道に一週間もかけなければいけなかったのだから、もうごめんだ。場所は知らないが。


 そんなこんなで屋敷へ着くと、召使が門の前で待っていた。顔馴染みのゲンさんだ。


「お待ちしておりました、幹部殿。ささ、組織長様がお待ちでございます。中へお進みください」

「うん、ありがとう。それにしてもゲンさん、また痩せたんじゃない? ちゃんと食べてる?」

「はは、若いもんに心配されるなど、私も落ちましたな。これでも現役の時の体つきに近づいたのですぞ」

「なら安心だ。それじゃあ、アキちゃんによろしくね」


 アキちゃんとはゲンさんの娘さんだ。まだ五歳と幼く、しょっちゅう泣いているがそれも可愛くて仕方ない。また会いたいなあ。


 ゲンさんに別れを告げると私は中へと進んでいった。帰りは裏口から出る決まりなので、当分ゲンさんには会えなくなってしまうのだ。


「よく来たな、アヤメ。ここまで来てくれたことに感謝するぞ」

「ご命令とあらば当然です。それより、何故文じゃなくて直接任務内容を伝えるのか、意図を聞いても?」


 組織長は立派に生やしたヒゲを撫でながら「うむ」と頷いた。


「実は、これからお前に極秘任務を言い渡す。これは命令だ、他人に漏らせばその首が飛ぶからな」

「承知」


 組織長は真剣な顔つきで私に封筒を渡した。私も背筋を自然と伸ばしていた。

 封筒の中を改めると、そこには「神様集めてます」と書かれたチラシと手紙が一枚ずつ入っている。


「神様集めてます、鎮め屋クルリです、生きたまま渡してくれればどんな神でも賞金二百礼……何ですかこれ?」

「詳しくはそっちの手紙を読めばわかる」


 そう勧められたので手紙に目を通すと、一行目にはまた「神様集めてます」と書かれていた。


「神様集めてます、神様が人類への虐殺を始めた理由を突き止めた者です。素性を明かす気はありませんがあなた方が協力体制をとるというのなら神の怒りを鎮め、元の善良な神様に戻す手伝いをします。殺す事しか脳にないならあなた達とは協力しません。鎮め屋クルリ……妙な人ですね」

「だろう? こちらが下手に回らなければいけないという条件で我々の欲する餌をぶら下げてくるのだからな。相当肝が据わっておいでだ」


 こちらが何としてでも手に入れたかった情報を二つも持っている正体不明の鎮め屋。怪しさ満点だが、私は何故か強い魅力を感じてしまった。


「……お前も魅力を感じるか?」

「ええ、まあ。こちらから敵意を全く出せませんね。不思議な物です」

「だろうな。これは、彼女の力らしい」


 つまり一種の洗脳状態だ。これだけ怪しいのに疑えない文を作っている。運用方法次第で国が滅んでも違和感はない。それより、彼女と言ったか?


「あの、その方は女性なんですか?」

「そうだ、それもまだ子供だ。お前は今十八歳だったな。ちょうど八個下だ」

「……そんな幼女いますかね? 俺の目の前には同じ様な幼女がいたがな。それじゃあお前を呼んだ訳を話す」


 そういえばそうだった。手紙を読んでから頭の回りが悪い気がする。


「まず我々はこの手紙の主に協力する事にした。この手紙を読んだ以上抗えんしそれはいい。問題は彼女がとある要望をしたせいでな……何だと思う?」

「難しいですね。私を呼び出したということは、死んではないけど無抵抗になるくらいに痛めつけられた神をよこせといった所でしょうか」

「ふん、惜しいが違うな。正解は実力者を一人よこせというものだ」

「……は?」


 今このおっさんは何て言った? 実力者を? 一人? よこせ? つまり呼び出しを食らった私は……クビ?


「驚くのもわかるがそれは断った。実力者が減ると最高神でも出たら相当な痛手だからな。それも笑えないくらいの。結局、任務をこなしつつクルリ氏の護衛として旅に出てもらう者を一人手配する事に落ち着いた。それで、選ばれたのが……」

「私……なんですね」


 うれしい様な、悲しい様なそんな気持ちだ。恨んでもここは私の家。離れるのは気が引ける。


「本当にすまんと思っている。しかし、お前ならやってくれるはずだ。頼む」

「わかりました……これって昇給ですよね?」

「当然、今の倍くらいになるな。なにしろ極秘任務なのだから」

「そういえば大事なことを聞き忘れてました。何故極秘なんですか?」

「それは、彼女の存在を大っぴらにしたくないからだ。その辺は察してくれ」


 この人が察しろと言うことは相当面倒くさい事だ。あまり聞かないほうが得策である。

 そうして洗脳状態にあった私は、この三日後に旅立つ事となった。


ーーーーーー


 久しぶりの屋敷だ。まだギリギリ引っ越してなくて本当に助かった。次の場所は前々回よりも遠い場所に決まったのだ。


 今日はついに噂の鎮め屋さんとのご対面だ。まだ子供とは家、巧みな術を使われたのだから実力は間違いないだろうし、あとは本当は敵なのか味方なのかが分かれば済む話である。


「よし、来たなアヤメ。紹介するぞ、こちらが鎮め屋のクルリ殿だ」


 前と同じ様に客間へと通された私は、前に座る幼女を見る。ダボダボの着物に特徴的な髪色をしている。そして、あんなものを本当に送りつけてきたのかと疑ってしまうような、オドオドとした印象だった。


「よろしくお願いします、クルリ殿。本日から同行させていただいます、アヤメと申します。以後お見知りおきを」

「あ……クルリです。えと、あんな手紙送っちゃってごめんなさい。迷惑だった思うんですがこれ以上、神様にも死んでほしくないので、えっと、お願いします」


 クルリ殿は少し顔を赤くしながら私に頭を下げた。おとなしい雰囲気だが、この子からは覚悟が感じられる。そんな自己紹介だった。


「ごめんなさい、今も洗脳してました」


 侮れなすぎるこの娘。


「それで、私達はどこへ旅立つのでしょうか?」


 現在地は『江戸の町』、皇帝が暮らす土地であり、私を含め幹部が二人暮らす土地だ。本部はここのお隣である、『埼の町』にある。


「はい、ワタシ達はこれから『雅の町』を目指します。神様がお怒りになっている原因は雅の町に祀られている神様、不動明王で間違いありません。その不動明王の怒りを鎮めることができれば他の神様達の怒りも鎮まります」


 雅の町。かつて皇帝が暮らしていた土地であり、蓬莱で最も最高神の多い町だ。おかげで雅の町に暮らす住民はおらず、今は町を丸ごと封印している状態になっている。


「わかりました、では参りましょう」

「あの……ワタシの方が年下ですから敬語は不要ですよ?」

「そういうわけにはいきません。我々はあなたの下についている身分ですから」

「うーん、そういう契約なんですがワタシが落ち着かないので敬語無くしてください。命令です」

「……わかった、では改めてよろしく頼むよクルリ殿」

「殿もいりません!」


 そんなやりとりをした後、組織長に挨拶を済ませるとついに出発した。


ーーーーーー


 雅の町を目指してはや三日。私が知らないうちにあれこれ契約したそうで、私が相手をする神は殺すなとの命令が下った。他の隊員に対してはそうしてもどうにもならないからとクルリが折れたらしい。


 私はまだクルリが超能力を使う所を少ししか見ていない。本人曰く、これは神の力を模倣した呪術らしいのだが、洗脳は封印する事に決めたらしく他にはまだ何もしていない。神との戦闘もまだだ。


 こうして徒歩でもそれなりに進んでいたら、鷹が私の肩に乗っかってきた。見ると片足に紙が結んである。


「わわ、なんですか? 鳥?」

「この子は任務を伝えてくれる伝書鷹だよ。それも青い羽だから緊急の物だ」


 紙を解き、内容を改めるとそこにはこんなことが書かれてあった。


「緊急、『集の町』にて最高神『金神』が目覚めた模様。直ちに処理せよ……急いで行くよ。金神は『金神社』で祀られてるはずだから、そこにすぐ向かおう」

「は、はい」


 金神社は集の町の中央部、ここからそう遠くない場所だ。急げば十分で着ける。

 ……が、今回は違う。クルリは私と同じペースで走れないだろうし、どうしても時間が遅くなってしまう。


 考えていた事が顔に出てしまっていたかもしれない。クルリは申し訳なさそうに口を開いた。


「ワタシは大丈夫です。先に行ってください。ワタシにはワタシの移動方法がありますから」

「すまない……では後で落ち合おう」


 クルリを後に全速力で走ると、すぐに巨大な神がいた。六本の金の腕に巨大な目玉、そして禍々しく原型がわからなくなった金の身体。金神だ。


 ヤツはあらゆる物質を金へと変える能力を持っている。三年前に施した封印が破られた結果、近くの村一体は金色の大地へと変化してしまっていた。


「おいお前、私を覚えているか?」

「なんじゃ? ……おやおや、これはこれは。三年前に朕を殺せなかった神斬りではないか」

「物は言いようだな。お前は私に封印されたのだから実質負けただろう?」

「それこそ物は言いようじゃろうが。……まあよい。この場で貴様を殺させていただくぞ」


 殺されるのはそちらだ……と言おうとしたところでクルリの顔が頭の中に流れてきた。そして、口が開かなくなった。何か仕組んだな。


「なにも言い返せぬとはな。やはりそちは雑魚じゃ」

「同じ部類と思われたくなかっただけだ。今回も勝たせてもらうぞ!」

「ほざけ!」


 ヤツは六本の腕のうち二本を地面へつけると、大地が金の刺のように変化しこちらへ迫ってきた。

 私は刀を抜き、ひたすら斬りまくった。みじん切りだ。


 金神は別の二本の腕を金の刃に変化させると、近づく私を凪払うように振り回した。

 回避しても地面が迫ってき、一息つく間すらなかった。コイツ、三年前より強くなってる。


「どうじゃ、朕の力! 三年間力を溜め込んだおかげでありあまっておるじゃろ! このまま死ね!」

「強くなってるのはお前だけじゃない! なめるな!」


 そうだ。私も強くなった。三年前の雪辱を果たすのだ。

 そう自分を奮い立たせ、高速で移動する。ヤツの攻撃をすべていなし、隙をついて背後に回り込んだ。


「くらえ!」


 私の編み出した奥義を叩き込もうと構えたが、ヤツの残りの腕二本に捕まれてしまった。


「いやあ、危ない危ない。三年前もそれで封印されたからのう。同じ手は食らわんて」


 金神は高らかに笑っている。完全に油断した。

 そのまま私はヤツの目玉の前に持っていかれた。一つ目だが身体の割合の半分は締める大きさをしている。


「そちには朕のもう一つの能力を食らって貰うとしよう。前は使えなかったが今回は余裕そうじゃなあ」

「くっ……! 離せこの巨大目玉!」

「ふぉふぉふぉ! 惨めじゃのう!」


 柄にもなく足掻いている私を完全に馬鹿にしやがった。何とかなったらやっぱり殺してやる。

 そう思っていると、突然金神から火が出た。


「ぐおう! 熱い! なんじゃ!? 何故燃えておる!?」

「アヤメさん! ようやく追い付けました!」


 空からクルリの声が近づいてきた。

 金神が火を消そうとしてか私を離すと、大きな鳥のような生物の背中に乗った。目の前には御札を持ったクルリがいる。


「遅くなってすみません。早速ですが、今からあの神様を鎮めます。ワタシの言う通りに行動願います」

「ああ、問題ない。それで、何をすればいい?」

「はい。まず鎮めるには神様の動きを止める必要があります。ワタシも攻撃するのでできるだけダメージを与えてください」

「わかった。だがどうする? ヤツの身体は黄金でできている。私の刀ではダメージを与えるのに時間がかかるぞ?」

「そこは大丈夫です。あなたの刀を強化するので」


 クルリはそう言うとさっきまで持っていた御札を金神へ投げ、新たに御札を取り出した。


「この御札をあなたの刀に貼ります。その刀、伝説級に良い代物なので御札の力を存分に発揮できるようになりますよ」

「伝説級だと? これはそんなに良い物なのか?」

「気づいてなかったんですか? それ、最高神の『阿修羅』の骨でできてるんです。切れ味も良いし、呪術との相性も最高です。流石は神斬り舞台ですね」


 この刀は一般人の兄が護身用に持っていた物だ。そんなすごいもの、一体どこで手に入れたのだろうか。

 そう疑問に思いつつ、私は刀をクルリに差し出した。


 クルリが刀に御札を貼ると、刀が御札を吸収し、赤く発光した。クルリが続いて三枚の御札を刀に貼ると、それぞれ青、緑、黄に発光した。


「これでこの刀は炎、水、風、土の力を纏えるようになったはずです。私は上から炎の御札を投げまくりますから、アヤメさんは刀に炎を纏わせて戦ってください。金は炎で溶けるので有効ですよ。纏わせ方は多分、直感でわかると思います」

「直感で……とにかくやってみるよ。狙うは足……はどれかはわからないな」

「狙うところは任せます。ある程度ダメージを与えてくれたら、洗脳してからこの痺れさせる御札を投げますから」


 洗脳って神にも有効なんだ。というか封印したんじゃなかったのか。

 そんなことを思いながら私はあの邪神へ向かっていった。


「おい、私との勝負の続きだ」

「ぬう、当たり前じゃ! この程度の炎、痛くも痒くもないわい!」

「そうか……強がるのも今のうちだからな!」


 私は刀に炎を纏わせた。本当に直感でできた。

 金神は明らかに動揺していたが、そんなことお構い無しにひたすら斬りまくる。


 ヤツの攻撃は全然怖くなかったし、あっという間に身体を溶かしてやった。目玉は金でできていないし、溶けはしなかったが凄い流血していた。おかげで白い着物が真っ赤になってしまった。


 私が斬ったのも効果的だったが、それ以上にクルリの御札が有効だったと思う。射程距離外から炎を投げられまくっていたからどうにもできなかったようだし。


「アヤメさん、もう大丈夫です! この子に乗って離れてください!」


 クルリはそう発すると、私の足元に御札を投げた。すると、その御札は狼のような獣に姿を変え、私を担いでどんどん離れていった。

 クルリが目玉の目の前に行くと、御札を目玉に投げて貼り付けた。


「なんじゃ、小娘! 朕に何をした! 何故身体が動かん! 再生できん! 後さっき色々投げまくったのはそちじゃろう! しかもそちが乗っておる鳥は朱雀ではないか! 何故人間の味方をしておる!」


「質問が多いですね……シズカニシテクダサイ!」


 クルリの発言によって金神は何も喋らなくなった。今さらだが、金神って口がないのにどうやって話していたんだ? 人間の言葉は最高神なら、誰でも使えると聞いた事があるからそこに違和感はないが。


「それじゃあ気を取り直して……カミヨ、イカリヲシズメヨ」


 クルリはそう言いながら御札をもう一枚投げた。今度の御札は先程まで使っていた白ではなく、黒だ。


 そういえば洗脳だけでは怒りを鎮められないのだろうか。あの御札はどんな効果があるのだろうか。そんな疑問がいくつも思い浮かんだ。が、急に考えられなくなった。

 金神は黒く発光すると、姿を消した。まるで、あの黒い御札に封印されたみたいだ。


「よし、これで鎮められました。今回の神様はこれからワタシが管理します。この子みたいにいつでも呼び出せるようになったんですよ」


 そう言って大きな鳥を撫でた。この鳥を金神は朱雀と呼んでいたな。


「それじゃあアヤメさん、今回はこれにて一件落着です。これからもたくさんの神様を救ってあげたいので位を問わず、ワタシに付き合ってくださいね?」


 可愛くねだるクルリに反論することもなく、私は頷いた。私は刀を鞘にしまうと、先程の戦いは狐に摘ままれた出来事のよつだったなと思うのだった。


ーーーーーー



 なろうに掲載していたものをこちらにも載せました。

 面白いと思っていただければ幸いです

 感想、ブックマークおねがいします

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神斬りのアヤメ 佐上蛍 @Hotaru_Sagami53254

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画