僕の自由研究 ~ マッチョマンの生態についての一考察 ~

小田島匠

第1話 小田島昇君の自由研究(抜粋)

~ 以下は、小田島昇(しょう)君(府中第一小学校6年)の自由研究を、大人でも読みやすく整理して、図鑑ふうに箇条書きに直したものです。自由研究では、彼の家に生息するマッチョマンの写真が沢山引用されていましたが、ここに掲載できないのが残念です。 ~


1 マッチョマンの動物としての分類

  ヒト科ヒト目、いわゆるホモ・サピエンスのうち、特異な嗜好を持つ一部の個体が、特殊な運動と栄養摂取を長期継続した結果、徐々に変異した亜種である。雄が大半だが、雌も存在する。以下、「マッチョ」と略称する。


2 マッチョの生息分布

  北海道から沖縄まで、全国に薄く広く分布している。地方ごとの固有種はいないが、東京などの都会では、アジア、欧米、中東からの外来種も多くみられる。

 基本的に、衣類が薄くなる温暖な気候を好むが、マッチョのバルク(筋肉量)への情熱は厳しい気候をも凌駕する。雪が降ろうが、嵐だろうが、「ジム」と言われる巣穴に連日集合する。

 ジムは日本中どこでもあるが、特に金色のジムは、巣穴の規模及び充実度において他の追随を許さず、この巣穴に通う個体は「ガチ」と呼ばれている。


3 体長

  日本の固有種(雄)の場合、体長160㎝~170㎝が多い。

 これは、もともとマッチョの発生要因が「魅力的な雌を獲得したい」という生物的欲求に起因するためである。体長が短いことがむしろ幸いして、バルクがさほど多くなくとも見栄えがするため、多くの小さな個体が巣穴に集まることになる。逆に175㎝を超える個体は、同じフォルムを出すのに多量のバルクが必要であり、マッチョ化には適さない。

 もっとも、体長にかかわらず、3ヶ月も巣穴に通うと、雌へのアピールなど、どっかに忘れてしまい、バルクアップの虜になる個体が多い。そうなるともはや雌と交遊している時間もない。本末転倒である。


4 気性・性格

  真っ黒でマッシブな見た目と裏腹に、雄雌問わず、穏やかでまじめな個体が多い。巣穴での苦しい鍛錬を毎日継続できる個体であるので、当然とも言える。また、自身が、職場では変人扱いされ、家庭では遠ざけられるマイナーな存在であると理解しているので、周りとの関係が円滑に回るよう、自然と気配りの効いた性格となる。

 もちろん、マイナーな存在であるマッチョ同士の連帯感は非常に強く、しばしば駅周りの焼き鳥屋でササミを食べながらハイボールを飲む「筋肉飲み会」が開催される。


5 使役性

  ない。役に立たない。立派なバルクを備えているが、基本的に観賞用なので、肉体労働には向かない。単純なパワー自体はあるものの、活かし方が分からないため汎用性がなく、家庭でジャムの瓶を開ける際などに重宝される程度である。「プシュ!」「ワー、パパすごーい!」「フフ、そうかい?」くらいが限界である。


6 可食性

  ない。食用には適さない。食べた者もいないが、特に「コンテスト」と言われる秋口の集団行動時期には脂肪分が極端に少なくなり、食味に欠けると思われる。


7 飛翔性

  ない。飛べない。よく、広背筋を大きく発達させたマッチョが、巣穴の仲間から「お前、そろそろ飛べるんじゃないか?」などと褒められるが、羽など生えていないのだから、飛べるはずがない。


8 食物

  雑食性である。が、基本的に油ものや炭水化物オンリー(麺類、チャーハンなど)の食物は避ける傾向が強く、肉や魚の定食を一日4回食べるのが一般的である。またその合間に「プロテイン」と呼ばれる魔法の飲み物を摂取するマッチョが多い。ミルクから出来ているので、基本、チョコ、バニラ、イチゴなどの甘味と合わせることになるが、連日飲んで飽き飽きしたマッチョは「ラーメンとかカレー味はないのか? せめてコンポタとか‥‥‥」などとブツブツ不満を漏らす。


9 着衣

  巣穴ではTシャツもしくはタンクトップに短パンが基本形である。が、巣穴での活動後、身体を清めた後は、ロッカー内を全裸で徘徊する習性がある。他の個体も気にしたりしない。

 巣穴外でも、特に夏場は薄手のものを好むが、これは頑張って鍛えたマッチョボディを外部にアピールするためである。夏はマッチョにとって身体を見せびらかす大事な季節なのである。が、中には、「タンクトップはイカニモでヤラシイ」と考え、ぴっちりしたTシャツで通すものもいる。ぴっちりしているのでとても暑く、汗もダラダラかく。本人が不快なうえ、雌へのアピール度も下がるので、本末転倒である。


10 繁殖

  一般のホモ・サピエンスと何ら変わらない。決まった繁殖期も特にない。が、コンテスト前は極端な低カロリーが続き、ガリガリのゲソゲソになり、駅の階段を昇ることすら困難になるため、「繁殖どころではない」という個体も多い。コンテスト時に、目の前に魅力的な雌の集団が並んでいても、なんの欲望も湧かず、一応目で追いつつも、頭の中は終演後のラーメンやギョーザのことで一杯、というような個体ばかりである。本来最も見栄えのする時期に、繁殖力を喪失するのは、なんとも皮肉な話ではある。

 なお、マッチョは巣穴に通うことで後天的に獲得した形質であるため、特に遺伝しない。マッチョ同士がつがいになっても、生まれる子供が最初からマッチョであったりはしない。


11 年間の活動領域

  マッチョの一年は初冬から始まる。

 全国各地のマッチョは、秋のコンテストが終わった12月初旬からは、冬眠に備えて、大量に食物を摂取し、脂肪とともにバルクも蓄える。オーバーカロリーにしないとバルクがつかないからである。そのため、春先にはジュニアヘビーのプロレスラーのようになってしまう。白くてムチムチになり、雌へのアピール度も著しく落ちる時期である。ちなみに春先の大型期には、バルクが邪魔して可動域が極端に狭まり、「立ったまま靴下が履けない(ので片膝ついて履く)」「手が届かず首の後ろが掻けない(のでボールペンで掻く)」「ゴルフがビックリするくらい下手になる(代わりに体幹が安定してパターは上手くなる)」等の、さまざまな実害が生じる。

 そのようにして、分厚い脂肪の下でバルクを育て、春のGWのあたりから、逆に極端に食物の摂取を控えて、体表の脂肪を削ることに専念する。まるで丸太から仏像を彫り出す作業のようである。平均で10㎏前後、大きな個体では20㎏程度の減量を、4~6ヶ月程度かけて行うことになる。

 夏場からは「地方大会」と言われる、ローカルのコンテストが開催され、集まった個体のうち優良の者だけが選ばれて、秋から冬にかけての「全日本」と呼ばれる晴れ舞台に進むことになる。出場できなかった個体も「応援団」と称し、口々に「デカい!」「キレてる!」などと、謎のかけ声を発しながら、全国から東京に集まってくる。まるでハタハタの大群が雷の夜に秋田沖に集合するかのようである。

 コンテストはまさにマッチョ最大の見せ場であるものの、ここでの肉体は、一日はおろか、半日維持するのも困難である。雌の個体などは、よく「これは一夜限りの舞踏会のドレスなのよ‥‥‥」などと、ため息まじりに言ったりする。実際に、終演後の打ち上げではっちゃけ、頭がパーになって大量に飲食すると、あっという間に腹筋のカットが失われて行く。半年かけて仕上げても、失うのは一瞬である。

 こうして、全日本のコンテストが終了すると、マッチョの一年が終了するが、単年種ではないので、鮭のようにそのへんでバタバタ死に絶えたりせず、また翌年に備えて、大量に栄養を摂取して冬眠に入ることになる。多くの個体は、1週間程度で、また巣穴に回帰することになる。


12 まとめ

  以上が、僕がひと夏かけてまとめたマッチョマンの生態です。主に、ウチに生息しているマッチョを観察して書きました。

  僕は、この研究を通して、マッチョに対する理解が深まり、僕もマッチョの巣穴に通ってみたいな、と思うようになりました。が、お父さんから「身長が伸びている間はやめろ」と言われているので、中学を出て、高校に入ったら始めてみたいと思っています。

  みなさんも、この自由研究を読むことで、マッチョに対する偏見を取り除き、今後暖かな眼で見守って頂けたら、これほど嬉しい事はありません。

 

  



  

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