後編
思わず指を差して声を上げた。気付いた正寅が得意げにあごを上げた。
「おお、博巳か。どうだ。ドローン収穫。言ったとおりだろ?」
正寅は博巳がひとつのマンドラゴラを収穫する時間で、信じがたいことに六つもマンドラゴラを収穫していたのである。思わず、父に顔を向ける。辰臣はあれほど正寅に辛辣な態度を見せていたのに、今はまるで正反対で、ホクホクの上機嫌な顔をしていた。
「おお、博巳! 兄ちゃんはやっぱりここぞというときに頼りになるなぁ! 大したもんだ。俺が現役のときだってこんなに早く収穫したこたぁなかったぞ!」
辰臣は博巳がマンドラゴラを手に持っていることに気づくと、あごをしゃくった。
「おう、おまえも無事に採ってきたか。よかったよかった。マンドラゴラはそのあたりに置いておけ」
父は博巳の無事に安堵したようだが、危険を犯し時間をかけてようやく収穫したマンドラゴラには、ただの一瞥をくれただけだった。
談笑する父と兄の様子を見て、博巳は敗北を悟った。まだ日没までは時間がある。これから山に戻ればあと二つは収穫できるだろう。だが、それがなんだというのだ。正寅はすでに六つのマンドラゴラを収穫しており、それでもダブルスコアなのだ。
「大将、すみません……」
長七郎の元で学んだその技が、テクノロジーに完全敗北した瞬間だった。博巳は収穫したマンドラゴラを父の手の上に置いた。
「父さん、兄ちゃん、俺の負けだ。兄ちゃんのドローンはすごいよ。たぶん、これでうちの農業は復活する」
博巳は正寅の肩を叩く。
「あとは頼んだよ。俺はまた長七郎の大将のところにでも戻って、自然薯掘りの道を進むよ」
「お、おいおい。博巳。まだ日没までは時間があるだろ」
正寅が言うと博巳は声を荒げた。
「時間があったって勝てるわけないだろ! 時代はドローンなんだよ! ちまちま土を掘る意味なんてないんだよ! ドローンがありゃ解決すんだよ!」
馬鹿馬鹿しくなった。なにが自然薯掘りだろうか。一体、自分は今まで何を考えて土を掘っていたのだろう。自然薯はともかく、マンドラゴラを収穫するのにはただ効率が悪いだけの方法を思いついて、救世主になれると思い込んでいた。
「ごめん。熱くなった。ドローン馬鹿にしてごめんな、兄ちゃん」
軍手を乱暴に脱いで兄の胸に押し付けると、博巳は踵を返した。
「待て、博巳」
辰臣が呼び止める。勝負を途中で投げ出したことを説教するつもりだろうか。聞きたくもなかったが、博巳は一応足を止めた。
「おまえ、これ、どこで採ってきた」
辰臣が問う。おかしな質問だ。裏山以外にどこで採るというのだろう。
「そりゃ、裏山で採ったに決まってるじゃないか。それがどうしたのさ」
億劫そうに博巳が答え、振り返る。父は険しい目で博巳を見ていた。
「博巳。おまえが採ってきたのはマンドラゴラじゃない」
「は?」
「見てみろ。わかるか?」
辰臣は博巳の採ったマンドラゴラと、正寅が採ったマンドラゴラを両方手に持ち、博巳に渡した。博巳がふたつのマンドラゴラを見比べる。形や大きさに個体差はあるが、どちらも同じマンドラゴラに見える。だが、よく見ると一点、違うと言えば違う点があった。
「もしかして、父さんはこれのことを言ってるわけ?」
博巳が指差したのは、自身が収穫したマンドラゴラである。人型であるマンドラゴラの言わば両足の間、股と言っていい部分に小さな突起があった。それが、正寅の収穫した方には存在しない。
「そうだ、博巳。おまえが収穫したのはマンドラゴラじゃない。これは幻のマンドラゴラの雄株、通称チンドラゴラだ」
「チンドラゴラ!?」
「チンドラゴラ!?」
兄弟の声が重なった。
「マンドラゴラは雌株で、ごく稀に雄株が収穫される。非常に珍しいことで、昔からマンドラゴラの十倍ほどの高値で取引されている。古代ローマじゃこれを巡って戦争が起きたって昔話もあるそうだ」
「親父、それ本当なのか? だとしたら、博巳、一体どうやってチンドラゴラを見つけたんだ?」
「いや、兄ちゃん。俺は普通にマンドラゴラを探して収穫しただけだよ。チンドラゴラの特徴を知ってて見つけたわけじゃない。本当に偶然なんだ」
辰臣はチンドラゴラについた土を親指で優しく撫で落とした。
「俺も長年マンドラゴラを収穫してきたがよ、チンドラゴラを採ったことはなかった。一体、どうしておまえが」
自然薯掘りを懸命に学んだことに対する神の贈り物なのか。だが、博巳はある可能性にふと気が付いた。チンドラゴラを父の手から半ば奪うように取ると、その突起に触れる。
「もしかしたら、この収穫方法が関係しているのかもしれない」
「収穫方法が?」
正寅が繰り返す。
「うん。これは仮説だけど、もしかすると、マンドラゴラは地中に埋まっているときはすべて雄株なんじゃないかな。それを引き抜くとき、突起が土にひっかかって折れるんだ。だから、マンドラゴラは悲鳴を上げる。あれは収穫の際の痛みに対する悲鳴なんだよ!」
それを聞いて正寅は顎をさする。土が付着するのも気付いていない。
「たしかに、この形で土に埋まっているとすると、手足は地表に対して垂直なのに、おちんち、もとい、突起だけが並行になる。そのまま無理に引っこ抜くと折れるかもな。なんせ繊細だ」
「マンドラゴラは植物学的にまだ分かっていないことだらけだという。もしかするとその通りかもしれん」
辰臣は神妙にうなずいた。
正寅は博巳の両肩を力強く掴んだ。
「博巳。マンドラゴラ農家を続けろ! 俺はドローンで大量に収穫ができる。だが、そのやり方ではチンドラゴラは収穫できない。無事にチンドラゴラを収穫できるのは自然薯掘りの経験を活かせるおまえしかいない!」
「で、でも」
「おちんちんのついたマンドラゴラを収穫できるのはおまえしかいないんだ!」
「兄ちゃん」
向かい合う兄弟の肩を父、辰臣の両腕が包んだ。
「正寅、おまえのドローンを使った収穫方法は革新的だ。おまえがションション言う理由もわかった気がする。一方、博巳のやり方もマンドラゴラ農家に新しい常識を生むに違いない。これは父親の願いだ。どうか、ふたりで那須川家を、いや、マンドラゴラ農業を盛り上げていってくれないか?」
「父さん」
「親父」
「競わせて悪かったな」
三人は笑い合った。
「さっきは途中で投げ出そうとしてごめん。よくないよね。日没まで時間がある。ふたりでできるだけ収穫しよう」
「馬鹿野郎、三人だろう。俺にも手伝わせろ」
辰臣は二人の背中を力強く叩いた。
後日、博巳は収穫したチンドラゴラを手土産に師匠、長七郎の元へ向かった。
「改めて、お世話になりました」
大きな平屋の縁側で茶をすすっている長七郎へ、博巳は初めて自らが掘り出したチンドラゴラを恭しく差し出す。
「これが、大将に教えてもらったやり方で採ったマンドラゴラの幻の雄株、チンドラゴラです。これは、大将の技術がないと収穫できません」
「幻か。こいつはたまげたな。まさか、俺の技術が早速結果を出すなんて鼻が高いぞ」
長七郎がかかかと笑った。
「ええ。でも勝負には負けました。兄のドローンを使ったマンドラゴラ収穫は本当にすごい。兄はいずれ、上空からカメラでマンドラゴラを見つけてワイヤーを操作して引き抜く。完全遠隔収穫を模索すると言ってました」
話を聞いて長七郎がすすっていた茶を置いた。
「いいか。世の中はずいぶん様変わりする。俺もな、科学だのなんだのはよくわからん。それに、今は昔と倫理観も価値観も、常識だって違う。大昔には良しとされてたものが悪になることだってあるんだ。だが、おまえが身に着けた技術は間違いなく確かなものだ。周りに翻弄されるんじゃないぞ」
博巳は思う。正寅の模索するドローン技術がさらに進歩すれば、マンドラゴラ農業は劇的に変わっていくだろう。今はまだ人間の手による作業でしかチンドラゴラを収穫することはできない。いずれそれも機械やAIによって可能になるかもしれない。ただ、自然薯掘りは今も人間の手で行われている。だから、博巳が手にした技術が不要になるのも、また、当分先になりそうだ。
まずは兄弟で那須川家の家業を立て直す。ひいてはマンドラゴラ農業そのものを盛り立てる。革新と伝統の融合でだ。これからは誰の悲鳴も聞かずに済むように。
マンドラゴラ農家 三宅 蘭二朗 @michelangelo
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