第3話  アハッ……こんなおっきいの、無理ィ……

 魔王オーマ・ダレヤ第2形態は、ごうごうと雄たけびを上げた。

 血膿のごとくだらだらと熔け落ちる溶融鉄を身にまとう翼竜と化して壁面を駆けくだる。

 ギュルン! とケツをひねり振った。丸太を10本たばねたよりもまだ太い尻尾を打ちつける。そのたびに真っ赤に溶けた溶銑と緑の毒雲とスラグ滓が飛び散った。クソったれがァおまえ血便かそれやべえだろマジで体調大丈夫すけ。


 眼もくらむ暴虐。悪逆。燃えさかる憤怒ウンコを体現する魔王オーマ・ダレヤ第2形態を前に、俺はただただ無力に立ちつくした。

 これは死ぬ。

 絶対死んじゃう。

 アハッ……こんなおっきいの、無理ィ……


 瞬間。

 灼熱の爪が溶岩のスピン痕を引いて地面を切りつける。筋肉が眼に見えてグゥッとたわんだ。

 くろずんだ鉄の鱗がけたたましい音をたてた。

 ブシャァァァァァ! 5000兆度の灼熱ゲロ粒子砲がらせんを描いて突っ込んでくる。できたばかりの友達100人を盾にしてもこれは防ぎきれない。

「責任取って何とかしになさいったら!」


 お姉さんがいきなり俺を突き飛ばした。音声が走馬灯のコマ送りに変わる。お・前・え・え・え・ええええええそれ犯罪ぞーーーー!


 風圧と熱風で俺はお姉さんとは反対方向へと吹っ飛ばされ、ぐちゃぐちゃに丸めた雑巾みたいになって跳ね転がった。偶然にも華麗なる後転ローリングで回避回避回避連続成功。フフフフ今のが俺を倒す最後のチャンスだったが残念だったなグボアァッーー!


「オメーー今死になさいって言ったー!」

「空耳よあんたがぼーっとしてるから助けたんでしょーがっ!」

「ダマされんぞ偽乳ぃ!」

「乳は関係ない殺すぞオラアーッ!」

「ひとを肉壁代わりにして自分だけ助かろうとかサイッテー! ひっどおい裏切者ォあんたなんかもう絶交よ!」

「うっさいわねばーかばーかこっちこそあんたみたいなうんこたれのポンコツ勇者の巻き添え食らって死にたかねーわよ、どうせなら……どうせならッ!」


 俺とお姉さんは、痴話げんかの応酬にはばまれていたたまれないオーラ全開の魔王の頭越しに、レベルの低い悪口雑言の限りを尽くし合った。


 ありえない。

 まぢで無理。


 隙あらば背後から手のひら返しで襲ってくる卑怯な裏切者と初期状態なレベル1の二人組ごときにいったい何ができるというのか。というのに。


 そんな痴話げんか中の俺を突然、オヤジのゲンコツに似た頭痛が襲った。頭がギリギリと搾り上げられる。

「ぐぎぎぎ……!」

 頭痛が痛い。何だこの頭蓋骨の中で厨二病が暴れ回るような耐えがたい苦痛は。俺の中の闇がうずくッ……

「がああああ……!!」


  


 脳が割れるように痛い。万雷の声が響き渡る。だからそういう誘い受けはやめてくださいってさっき(心の中で)言いましたよね俺は記憶喪失なのさっき全部アッカーンポッカーンスッカラカーンときれいさっぱり忘れちゃっ……


  


 いや待て。聞き覚えがある。この声はもしや……!


 きよらかな光の糸が中空に結ばれ、女神トンデモネーナの姿をかたちづくった。気のせいかどこかで見たことあるお姉さんにそっくりだ。両の手にそれぞれ金の剣と銀の剣をささげ持っている。背中にこっそり隠した髑髏の杖がチラ見えしているのはわざとらしい伏線ポンコツのあかし。


 あなたが《記憶の泉》に落としたものはどちらの剣ですか……?


 鈴を振るかのごとく可憐な声が語りかける……

 いかにも盆暮れ正月の3日間でまちかど掲示板に萌えイラストが大量アップされそうな女神が俺に微笑みかける。その間、魔王オーマ・ダレヤ第2形態はフィールドの端っこでちんまりと肩身のせまそうな体育坐りして待っていた。お前案外いい奴だな。よく分かってるテメェの出番を。よしよしいい子で待ってろよすぐに終わらせてやるからなこの茶番を。


 この光り輝く聖剣エターナルフォースレーヴァテインですか、それとも光と闇の加護を併せ持つ業剣ダークフォースデスブリンガーですか……


 えっと、そもそも何か落としましたっけ? 女神の頬がピクリとひきつる。

「マジで空気読めテメーブッころしますのよ」

「ハイ」

 読んだ。テイクツー。

 ……俺が落としたっぽい聖剣ははたしてどっちだったか。そもそも聖剣に名前とかついてましたかしら覚えてねえのだが、でもたぶんこんなキラキラネーム剣ではなかったはず。それにしてもなんだか頭がめちゃくちゃ痛いお……ウッ……俺が落としたのは……なくしたのは……。


 瞬時に広がる純白の波紋が光となって俺を包み込む。

 俺がなくしたのは——記憶。


 思い出した。

 俺の真の能力。それは。


 敵にかなわぬと知るやふるき己を捨て新たなる才を天よりす。 《記憶もろともすべてを新たに生まれ変わらせる力》——《天賦創zリ・セ・マ・r》——



「……どうせならッ!」

 回想シーンがぶった斬られる。お姉さんはまだ叫んでいた。どうやらさっきの痴話げんかが続いていたらしい。忘れてた。そして、それが。


 致命傷だった。


「どうせなら使いぃぃ!」


 性癖つよすぎィ!

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魔王と最終決戦真っ最中ですが記憶喪失になりました 上原 友里@男装メガネっ子元帥 @yuriworld

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