第14話 蛮族貴族の爆誕
元々我がレスタール家は帝国北西部に広がる広大な森林地帯の中に集落を作り、狩りをして生活していたらしい。
とはいえ、その森林地帯は近隣から『魔境』なんて呼ばれるくらい危険な場所だった。いや今でもそんなに変わらないけど。
体高2.5リード(約2m)を越える森林オオカミや体長20リード(約16m)の大蛇、4リード(約3m)の大熊などの魔獣が跋扈する危険地帯。
そんな場所で暮らしているからなのか、それとも魔獣たちを狩れるだけの力があるからそこに住み始めたのかはわからないが、森のあちこちの集落で穏やかな? 暮らしを続けていたそうだ。
帝都にいる頭の良い学者さんたちの話によると、その森林地帯は地脈が集中していて『魔素』? とやらが極端に濃いとか。
そのせいでそこに暮らす生き物が影響を受けて、普通より遙かに強靱な体と高い魔力を持っていて、野生動物が巨大化したり凶暴になったりするとかなんとか。
だったらなんでその森で生まれ育った俺の背が小さいんだっての。
とにかく、狩猟民族だったご先祖様は日々命がけでお気楽に、好き勝手に暮らしてたわけだけど、さすがに森の中だけで生活の全てをまかなうのは無理だったようだ。
衣服は動物の毛皮、生活用品は木を使えばなんとかなるかもしれないけど、肉や木の実、果物以外の食糧、特に塩が無かった。
んで、どうしたかというと、定期的に森を出て近くの村や町に行って奪って帰って行ってたんだと。
マジで蛮族じゃん!
当たり前だけど襲われた村や町を治める領主たちはご先祖様たちを討伐するために警備を強化したり、討伐隊を編成したりした。
けど、ただでさえ頑健で化け物じみた膂力を持っていた森の狩人に太刀打ちできず、とうとう帝国は大規模な軍を送り込んで征伐に乗り出した。
んだが、道なんて無い深い森。大部隊を展開することはできず、神出鬼没で桁外れの戦闘力の狩人に翻弄されて戦闘どころじゃない。
ならばと森を焼こうと火を放てば、テリトリーを侵された魔獣たちが帝国軍に襲いかかり、尋常じゃない被害を出したらしい。
そんなことが何度か繰り返されること数十年。
当時の皇帝が急逝したことで、まだ20代半ばだった皇太子が即位。第12代皇帝ファルエクス・フォル・レント・アグリス陛下が決断を下した。
ファルエクス陛下は自ら魔境に赴き、ご先祖様たちと交渉の場を設けた。
その時に提示された条件は、塩や食糧を始めとした必要物資を5年間無償で提供すること。狩人たちの部族をまとめた部族長に爵位を与え、帝国北西部の森林地帯を領地として認めること。帝国の協力の下、森の開拓を進め、6年目からは物資を自らの財貨で購入すること。代わりに、要請があれば狩人たちの武力を帝国のために使うことだったらしい。
しつこく攻めてくる帝国軍にうんざりしていたご先祖様はそれを受け入れた。
ご先祖様たちからすれば必要だからあるところから持ってくるというごく単純な理由で近隣を襲っていたわけで、抵抗すれば危害を加えたが、素直に塩と食糧を差し出せばそれ以上のことはせずに立ち去っていたということだ。
本質的に狩人たちは欲深くないし、粗野ではあっても粗暴ではない。
女性を攫って乱暴するようなこともなかったそうだ。まぁ、そんな真似をしたら同族の女衆からどんな目に遭わされるか想像もしたくないしね。
狩人各部族の代表は、当時最も多くの氏族を抱えていた俺のご先祖様に決まり、皇帝陛下から子爵に叙された。
まぁ、多分爵位なんか気にしてなかっただろうし、わざわざ森の外で村を襲わなくても塩や食糧がもらえるならそれで十分だったんだろう。
それが今から150年ほど前の話だ。
それから20年ほど経って、森もある程度開拓が進んだ頃、帝国の北にあった国が大規模な軍で国境を越えて帝国の街を侵略する。
特に関係が悪かったわけではなく、完全に油断していた帝国は北部の領土をかなり蹂躙されたと伝わっている。
そこで、ファルクス陛下は軍の半数で侵略を食い止めると共に、森の狩人に戦列に参加するように要請した。
それまで帝国は狩人たちと交わした約束を守り、物資や開拓の資材などを提供し続けており、狩人たちは皇帝陛下の要請にすぐに応じた。
恩には恩で報いる。帝国が約束を守った以上、今度はそれを返すとばかりに送り出されたのは3千人の狩人たち。
数だけで言えば当時の記録で敵国が4万、帝国軍は3万ほど。とても戦況を覆せるとは思えなかった。
が、なだれ込んだ狩人3千人は、膠着状態だった戦場を縦横無尽に駆け回り、瞬く間に北の国の軍を蹴散らした。
なにしろ手に蛮刀や剣、槍を持ているだけで、ろくな防具も身につけていないむくつけき男たちが、馬よりも速く走り、武器を振るうたびに複数の兵士が宙を舞う。
囲んでも意に介さず暴れ回り、傷一つつけられないまま被害だけが増えていった。
一応歴史の教科書には、少し遅れて帝国軍が突撃してトドメを刺したって書いてあるけど、実際には帝国軍が動いたときには既に大勢は決まっていたと歴史学者は考えているそうだ。
その時の功績で、ご先祖様はレスタールの家名と辺境伯の地位を与えたれた。
「レスタール家を特別な地位に置いているのは、野に放たれぬようにするためだ。義理堅い貴様等のことだ、帝国が裏切らぬ限り役目を果たしてくれるだろう?」
ライフゼン陛下がそう言ってニヤリと笑う。
つまりは頭絡(頭部につける馬具)とか首輪みたいな意味合いだろう。
実際、俺たちは今の状況に不満は持っていないから、その方針は正しいと思う。
あ、事務官が足りないのは不満だわ。
帝都常住でも良いから何人か借りられないだろうか。
「とにかく、迷惑を掛けたのを詫びねばならん」
あ、そうだ、余計な事考えてて忘れかけてたけど、俺が呼び出されたのはモルジフ殿下に突っ掛かられたのが理由だった。
「ふむ、なにがよいか。そういえば聞くところによると、結婚相手を探しているとか」
げっ! そんなことまで知られてたのか。
すっげぇ嫌な予感が。
「なんなら余が紹介してやろうか? さすがに配偶者や婚約者が居る者は駄目だが、貴様の好みの令嬢を探させるぞ」
「そ、それは遠慮させていただきたいです」
とっさに断ってしまう。
とても皇帝陛下に対する口の利き方じゃないので焦る。
だが、ライフゼン陛下は面白そうに口元を歪めるだけで、気分を害したようには見えなかった。
「その、陛下の口利きとなればどんな令嬢でも断ることはできません。自分は思い人のいる令嬢に横入りする趣味はありませんし、貴族家の柵は我が家にとって良いことではありませんから。なので、ありがたいお言葉ではありますが」
皇帝陛下の紐付きがお嫁さんとかさすがに勘弁してほしい。
別に探られて痛い腹なんかないけど、皇室と貴族の綱引きに巻き込まれたくないし、足を引っ張られるのも困る。
本音は滅茶苦茶紹介してほしいけども!
勅命で無理矢理嫁がされた女の子なんて間違いなく好感度ドン底じゃん。
俺は領地でイチャイチャほのぼの暮らしたいんだよ!
「くくく、やはり貴様はガリスと似ておらんな。奥方譲りのようではあるが。まぁ良い。そうそう、商務省の行政官にひとり優秀なのだが少々頑固者らしく持て余している。平民出ということもあって上司と上手くいっていないそうだ。帝城の一室とその行政官を貴様にくれてやる。どうせ机の前に座っていることのできないガリスの奴に仕事を押しつけられているのだろう? 好きに使うが良い」
うわぁ、どこまで把握されてるんだろ?
ありがたいけどめっちゃ怖いわ。
前述したとおり、帝都への常駐は免除されている我が家だけど、それで中央行政府への報告書や様々な手続きが少なくなるというわけではない。
他の辺境伯の場合は委任行政官が数人窓口を構えているんだけど、非常に残念なことに、うちの領地は事務系の仕事が得意な奴が少ない。
もちろんそれなりの数いるのは確かなんだが、そういった連中はすでに領の行政官や商会ががっちり囲い込んでいて、手放す気がないんだよなぁ。
ただでさえ、
そんで今はそれを全部俺に丸投げしてきてる。
学院の勉強もしなきゃならないのに、おかげで毎日遅くまで事務処理に追われて慢性的な寝不足だ。
だから専属の事務官がひとりでも居てくれれば俺の負担はもの凄く減る。
ひょっとしたら陛下にはなにか目論見があるのかもしれないけど、別にウチは見られて困るものは何もない。
貴族家としてそれはそれでどうなんだと思わないでもないが、ウチに謀略仕掛けたところで得られるものなんてほとんどないし、皇帝陛下からして暴れ馬や猛獣のような認識をされているから、わざわざ手の込んだことはされないだろう。
最終チェックはちゃんと俺がやるし。
なので、ありがたく受け取ろうと思う。このくらいなら他の高位貴族に睨まれることもないだろう。
「ありがたく」
「それだけで良いのか? ガリスなら、ケチケチしないでもう2、3人寄越せくらいは言うぞ?」
「あの馬鹿親父の言うことは真に受けないでください」
あ、思わず本音が。
「ふっ、ようやく素が出たな。良い。今後も余に対して過剰に気を使わぬよう。それと、息子たちにも思うさま振る舞うが良い。余が許す」
んなことできるか!
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今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。
そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。
数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。
本当に嬉しく、執筆の励みになっております。
なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。
それではまた明日の更新までお待ちください。
嫁取物語~婚活20連敗中の俺。竜殺しや救国の英雄なんて称号はいらないから可愛いお嫁さんが欲しい~ 月夜乃 古狸 @tyuio
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