第13話 レスタール家の事情

 広大な領地を有する帝国の中南部。

 大陸随一の大河、オウリス河の支流、アグリス川の辺に広がる南北50ライド(約40㎞)東西に48ライド(約38㎞)もの広さを持つ帝都のさらに中心に、全ての政治と軍事を司る帝城がある。

 帝城の内部には元帥府、内政府、外政府、財務府、法政府という帝国の運営を統括する各行政府とそれに付随する内政省の建物や帝国議会場がある、それだけでひとつの街に匹敵するくらい広い。

 

 そんな帝城の一番奥の、帝城の周囲よりもさらに高い城壁に囲まれ、近衛騎士団によって守られた宮殿がこうぐうだ。

 その宮殿の前、いったいどんな巨人が通るんだとツッコみたくなるほど巨大な門の前で、俺は近衛兵にバレないように溜め息を吐いた。

 だってなぁ、第2皇子様に喧嘩を売られた直後に呼び出しとか、絶対いい話じゃないじゃん。

 かといって逃げるわけにはいかないし、皇帝陛下直々の呼び出し無視なんてしたら不敬罪で牢屋送り間違いない。

 

 同行者を連れてきちゃ駄目だって釘も刺されてるから、リスに擁護してもらうこともできない。

 ……詰んでない?

 叱られたり罰金くらいで済んだらいいなぁ。

 最悪、処刑されそうになったら逃げよう。うん。

 

 そんなことをウダウダ考えながらウロウロしてたら不審者と思われたらしい。

 門を守る近衛兵のひとりが険しい顔をしてこちらに歩いてくる。

「ここは皇帝陛下の住まう皇宮である! 階位と所属、名を述べよ!」

「無位、レスタール辺境伯令息フォーディルト・アル・レスタール、皇帝陛下のお召しにより罷り越しました!」

 覚悟を決めて堂々と声を張り上げる。

 ここで狼狽えたりして本当に不審者扱いされてしまったら困る。

 俺は昨日使者から渡された書状を広げて近衛兵に見せた。


「……確かに、皇帝陛下の正式な書状と認めます。ただ、そうであれば怪しい行動は慎んでいただきたい」

「あ、はい。ごめんなさい」

 そりゃそうだ。

 俺が素直に頭を下げると、近衛兵の人は苦笑いを浮かべて、門にいる他の近衛兵に合図を送ってくれた。

 ほどなく皇宮の門がガラガラと音を立てて開き始める。

 結構騒々しいのだが、別に建て付けが悪いわけじゃ無く、音が出るのも開く速度がゆっくりなのも意味がある。と、レスに教わった。


 門が半分開いた時点で止まり、近衛兵に促されて中に入る。

 するとすぐに閉まり始めた。

 通るのがひとりだけだからな。全部開く必要は無いのだろう。時間の無駄だし。

 門の内側に居た近衛兵にも書状を見せ、案内に従って皇宮の本殿に。

 謁見の待機部屋に通されるかと思いきや、何故か奥まで連れて行かれた。

 エントランスを素通りして階段を上り、さらに廊下を進んだところにある扉の両側に立つ近衛兵に武器などを持っていないか確認された後、扉の向こうに。


 ……ここ、確か皇帝陛下の私的な場所じゃなかったっけ?

 友人や皇宮に住んでいない皇族を招くための場所だったはず。実際に皇帝陛下が暮らしているのはさらに奥だとは思うが。

 俺の困惑を余所に、案内の近衛兵はさらに歩みを進め、とある部屋の前で立ち止まる。

「この部屋でお待ちください」

「……承知しました。案内、感謝します」

 そう礼を言ってから部屋に入る。


 部屋の中はそれほど広くなく、大きな窓と、その脇にもの凄く値の張りそうな作りのキャビネット。部屋の中央にはテーブルと3人掛けくらいのソファーが向かい合わせにふたつ。その他はいくつかの調度品が置かれているだけだ。

 全てが相当な高級品なんだろうが、華美ではなくむしろかなり落ち着いた雰囲気にまとめられている。

 この部屋と比べるとウチの領主邸の応接室の酷さがわかるな。


 部屋で待つように言われたけど、さすがにソファーに座ってというわけにはいかないだろうなぁ。

 多分近衛兵か侍女が呼びに来るだろうから、その時に寛いでいるのを見られるわけにはいかない。

 そんな風に考えながらソファーの脇に立ってぼんやりと調度品を見ていたんだけど、唐突に部屋の奥にあるドアが開いて壮年の男性が入ってきた。

 その顔を見て慌てて跪く。


「フォーディルト・アル・レスタール、お召しにより参上いたしました」

「うむ。ライフゼン・フォル・レント・アグリスである。よく来たな。堅苦しいのは貴様には似合わん。楽にしろ」

 アグランド帝国皇帝、ライフゼン陛下はそう言って奥側、つまり上座のソファーにどっかりと腰を下ろすと、俺にも座るように促した。

 いや、普通に対面に座るとか、逆に緊張するんですけど?

 

 とはいえ、皇帝陛下にそう言われれば従う以外に選択肢はない。

 なので、対面のソファーにちょこんと遠慮がちに座る。

 普通なら居るであろう護衛の近衛兵はどこにもおらず、俺が入ってきた入り口にふたりほど立っている気配があるが、それだけだ。

 これが普通とはとても思えないが、最初の謁見以外こうなのでこれが今代の皇帝陛下のやり方なのかもしれない。まだ直接会うのは3回目だけど。


「昨日は余の息子、モルジフが迷惑を掛けたようだな」

 やっぱりそのことかぁ。

「心配せずとも貴様を責めるようなことはせん。あやつは少々どころでは無く思慮が足りん。それに視野も狭い。情けないばかりだな」

「いえ、そんなことは。剣術の鍛錬はかなり積んでいるようですし」

 実の息子をめっちゃこき下ろす陛下だが、そんな言葉を聞いても同意するわけにいかないじゃん!


「世辞はいい。多少剣が振れたところで所詮は周囲から嵩上げされた虚像にすぎん。そんなことも理解できぬようでは皇族として話にならん。いっそのこと貴様が奴の身の程を叩き込んでくれれば良かったと思うぞ」

「ご、ご冗談を」

 なんつーこと言うんだよ。下手したら皇帝陛下が何もしなくても高位貴族の連中に俺が殺されるわ。

 

 そんな困惑を察したのか、ライフゼン陛下は俺を不満そうに睨めつける。

「ふん、ガリスの奴の息子とは思えんほど常識人のようだな。奴など既に皇太子の地位が内定していた余を半殺しの目に遭わせたというのに。まぁ、武術試合でのことだがな」

 そんなことしたのかよ、あのクソ親父。

 言葉どおりガリスは俺の父親、ガリスライ・アル・レスタール辺境伯だ。

 帝都から遠く離れたド田舎領地とはいえ、帝国貴族なのだから当然帝国高等学院に通って、卒業しているのは知っている。というか、卒業しなきゃ爵位を継げないしな。

 

 聞いた話では座学の成績は良くなかった、より正確に言えば散々なものだったそうだが、それ以外にも在学中は色々とやらかしていたらしい。

 俺が学院の一部の教授に嫌われているのもそれが原因じゃないかと思っている。

 けど、そのやらかしの相手に皇帝陛下まで含まれているなんて聞いてねぇぞ。

「そ、その、父が申し訳なく……」

「良い、良い。そもそもが適当にあしらわれるのに腹を立てて真剣勝負などと言いだしたのは余のほうだからな。それに、周囲には余の顔色を窺うばかりの者しか居なかったのが、奴だけは余に対しても好き勝手言いたい放題だったし、余もそれを楽しんでいたのだ。まぁ、近侍の者はかなり大変だったようだが」


 ライフゼン陛下は昔を懐かしむように目を細め笑みを見せる。

 今の口ぶりだとウチの親父と連んで随分とはっちゃけていたようだ。

「そもそも、レスタール家の者に面と向かって文句を言ったり、あまつさえ罰を与える者など居るわけがなかろう。何しろあの地を治められるのはかの家しかないのだからな。そのための特別な立場だ」

 陛下の言葉に俺は頬を掻くことしかできない。


 前にも少し話したが、帝国において辺境伯という地位は特殊な立ち位置にある。

 帝国には爵位と官位というふたつの身分が存在するが、爵位の頂点は一応公爵になるのだが、この爵位は皇帝の正妃の子息で一定以上の功績を挙げた皇族が議会の承認を得た上で陞爵する。そして原則として公爵を名乗れるのは子の代までだ。なので、事実上の最高爵位は侯爵となる。

 それに対して官位は別の表現をすれば職位というもので、皇帝陛下の名で任命された職務上の地位だ。

 最高位が第一階位の宰相、第二階位には主要四大臣や元帥、皇太子がある。役職を持たない侯爵は第四階位となる。

 

 そんで辺境伯なのだけど、爵位としては侯爵やや下で官位は侯爵より上の第三階位。公爵と同位と定められている。

 これは帝国と隣国の国境地帯かつ敵対国と接するなどの事情で独自の軍権と外交権を認められているから、らしい。

 他にも全部で四家ある辺境伯だけの特権として、本来、帝国の貴族は帝都に邸宅を構え、当主か後継者のどちらかが滞在しなければならない規定が免除されている。

 

 貴族の帝都滞在には主に三つの理由があって、ひとつは帝国議会に出席するため。

 皇帝が権力を掌握しているこの国だが、一応議会なんてものがある。

 伯爵以上の貴族家当主またはその代理人、それと帝国官位第四階位以上の文官武官が集まって皇帝陛下から委任された権限の範囲内で色々なことを決めたり、皇帝陛下に意見を上奏したりする、らしい。

 

 次の理由は、広大な帝国の領地に皇帝陛下と中央行政府が貴族家に直接命令や指示をするためだ。遠い領地だと早馬でも半月以上掛かるもんだから、いちいち個別に伝達なんてしてられないってことだろう。

 そして最後の理由、それは人質として。

 遠くの領地で悪巧みをしても目が行き届かないから、貴族家にとって重要な人間を近くに置いておこうというわけ。

 やだねぇ、家臣すら信用できないって。

 まぁ、一応特別な事情があれば一時的に免除されるらしいけど。


 その滞在義務が辺境伯だけは適用されない。

 これは辺境伯がそれだけ信頼されている、というわけではもちろんなくて、治める領地が隣国との国境に面していたり、うちみたいに災害みたいな魔獣が出没したりして領主と主要な家人が対応にあたらなければならないという事情を考慮してだ。

 まぁ、独自の軍やある程度の外交権、交戦権が認められているのでそれなりに信用はされているんだろうけど、レスタール領うち以外は皇帝直属の監査官が常駐してるんだよな。

 うちの領地も監察官は来るんだけど、だいたい数ヶ月で逃げ帰っていなくなってしまうのよ。

 


--------------------------------------------------------------------------



今回も最後まで読んでくださってありがとうございました。

そして感想を寄せてくださった方、心から感謝申し上げます。

数あるWeb小説の、この作品のためにわざわざ感想を書いてくださる。

本当に嬉しく、執筆の励みになっております。

なかなか返信はできませんが、どうかこれからも感想や気づいたこと、気になったことなどをお寄せいただけると嬉しいです。


それではまた明日の更新までお待ちください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る